第4話:承認の檻と、推しという名の聖域
タナトス率いる監査委員会までもが「あっち向いてホイ」の特訓に明け暮れるようになり、天界の規律はもはや形骸化していた。
だが、アストラは満足していなかった。
「……皆さん、少し『刺激』に慣れすぎてしまいましたね。パチンコもラーメンも、自分の快楽に過ぎません。そろそろ、人類が発明した最も甘美で残酷な不条理――『推し活』と『SNS』を教える時が来ました」
アストラは、神々の目前に巨大な光り輝く石板を並べた。
そこには、下界のアイドルやクリエイター、あるいは単に「可愛い猫」などの画像が流れるタイムラインが表示されている。
「これは、自分以外の誰かに『尊い』という感情を一方的に捧げ、見返りのない慈愛を注ぐ儀式です」
「見返りのない慈愛? それは我々神が人間に与えるものではないのか?」
軍神マルスが首をかしげる。
「いいえ。神の愛は『完璧な施し』ですが、人間のそれは『執着』です。見てください、この『いいね』という数字を。これを一つもらうために、人間は一日の大半を非効率な自撮りや投稿に費やすのです」
アストラは、試しに天界専用のSNS『テンスタグラム』を開設させた。
すると、神々は即座に反応した。
ソフィオスは「今日の知恵の格言」を投稿し、マルスは「自慢の筋肉美」をアップした。
だが、彼らの全知全能ゆえの完璧な投稿には、一つも「いいね」がつかない。
「なぜだ! 私の格言は宇宙の真理を突いているはずだぞ!」
ソフィオスが血眼で画面を更新する。
「ソフィオス様、完璧すぎるものは『ノイズ』がないから流されるんです。……ほら、これを見てください」
アストラが投稿したのは、『盛大に転んで鼻にクリームがついた自分の顔』の写真だった。
瞬間、画面の「いいね」の数字が、神々の全知全能の計算能力をパンクさせる勢いで爆増した。
「な……ッ!? 貴様のこの、見るに耐えん醜態が、なぜ私の真理を超える評価を得るのだ!」
「これが**『共感』**という不合理です。全知全能の貴方たちには欠けている、『弱さ』という名の魅力ですよ」
神々は衝撃を受けた。彼らにとって評価とは「力」や「正しさ」に付随するものだったが、人間界では「隙」や「失敗」こそが価値になるのだ。
やがて、神々の間で奇妙な現象が起き始めた。
監査官タナトスが、下界の地下アイドル「めろんちゃん」のライブ配信に、天界の全財産に相当する「聖なる輝石」をスパチャ(投げ銭)し始めたのだ。
「タナトス様!? 何をしているんですか!」
「……黙れ。彼女は、全知全能の私ですら予測できないタイミングで歌詞を間違えるのだ。その『不完全な輝き』を維持するためなら、私の神域など安いものだ」
沈黙の主は、ピンク色のペンライトを振り回しながら、無表情で画面をタップし続けていた。
全知全能の神が、一介の人間に「救済」を求める。これ以上の【予測の裏切り】はない。
「あはは、タナトス様、それ『沼』って言うんですよ」
アストラは、自分の投稿についた『お前バカだろw』というアンチコメントを見て、「あ、私の存在が他人の感情を揺さぶってる!」と、嬉しそうにコーヒーをタブレットの上にぶちまけた。
その瞬間、タブレットがショートし、天界に盛大な火花が散る。
だが、神々は怒らなかった。彼らは、その「火花」すらも、どこか愛おしい「ライブ感」として楽しみ始めていた。




