第1話:全知全能の不注意と、銀色の玉の福音
はじめて、自分の想像を言葉に具現化しました。
たのしいですね!
「アストラ、またか。貴様は一体何度、その純白の法衣をコーヒーの茶色で染めれば気が済むのだ」
天界の最高評議会場。
厳格な幾何学模様で構成されたその空間に、知恵の神・ソフィオスの冷徹な声が響いた。
私、アストラは、全知全能の神である。
世界のあらゆる事象、過去から未来、原子の振る舞いから銀河の終焉まで、私の脳内にはすべてが書き込まれている。
当然、カップを傾けすぎれば重力に従って液体がこぼれることも、0.0001秒単位の精度で予知していた。
「……あはは、すみません。でもソフィオス様、茶色って安心しませんか? 完璧な白は、どこか『始まりを待っている』ようで、全知全能の私には少し眩しすぎるんです」
私は、胸元に広がった盛大なシミを、あえて拭わずに微笑んだ。
他の神々は失笑し、あるいは軽蔑の視線を送る。彼らエリート神にとって、失敗とは「無能」の証だ。だが、彼らは知らない。私がわざと躓き、わざとこぼすことで、この世界の「あまりにも完璧すぎて窒息しそうな調和」に、わずかな**ノイズ(余白)**を与えていることを。
「言い訳はいい。さて、今回の『下界文化報告会』だが……。アストラ、貴様の番だ。また人間の無価値な『宗教儀式』の真似事でも持ってきたのか?」
ソフィオスが、効率を追求しすぎた結果、感情を削ぎ落としたような顔で促す。
私は、全知全能の脳内にストックされた、数多ある「人間の愛すべき愚行」の中から、今日のメインディッシュを選び出した。
「いいえ。本日は、人間界が生んだ不合理の極致――『パチンコ』という名の、魂の調律器についてご報告します」
私は指をパチンと鳴らした。
神聖な評議会場の中央に、場違いなネオンを輝かせ、不快な電子音を撒き散らす鉄の塊が出現した。
「……何だ、この下俗な騒音は。視覚情報が過多だ。非効率の極みだな」
ソフィオスが眉をひそめる。
「そう、これこそが素晴らしいのです。見てください、この銀色の玉を」
私は予備の玉を一粒、つまみ上げた。
「ただの鉄球です。これを射出し、釘の間をすり抜けさせ、中央の穴に入れる。それだけ。得られるのは、追加の鉄球だけです」
「……何の意味がある? 物質を増やすなら、我々なら一念で星一つ分を生成できる」
「意味がないから、面白いんです」
私は、全知全能の視点で「メカニズム」を説明し始めた。
「この玉の軌道は、カオス理論に基づいています。神の計算を以てしても、空気抵抗、機械の摩耗、そして打ち手の『欲』というノイズによって、結果は常に揺らぐ。……さあ、ソフィオス様。全知全能の貴方が、この玉が次にどこに落ちるか、完璧に予言できますか?」
「愚問だな。全知であれば、すべての変数は掌握できる」
ソフィオスは不機嫌そうに玉を放った。
だが。
玉は、彼が計算したはずの軌道をわずかに外れ、釘に弾かれ、明後日の方向へ消えた。
「なっ……!?」
「今、貴方の脳内で『不調和』が起きましたね? 予測と現実のズレ。それが解決されない不快感。ですが、もしこれが、計算を超えて……」
その時、液晶画面の数字が「7」で揃った。
パチンコ台が狂ったように光り、軍艦マーチをさらに暴力的にしたような爆音が会場を支配した。
「大当たり。おめでとうございます、ソフィオス様。今、貴方の脳内には『理解不能な幸運』という名のドーパミンが、銀色の玉と共に溢れ出しています」
茫然とするソフィオスの手元には、ジャラジャラと溢れ出す鉄球。
周囲の神々も、その異常な熱量に目を奪われている。
「全知全能の我々にとって、下界の娯楽は『不完全さ』を楽しむための贅沢品なんです。この無駄、この回り道、この不条理。……これこそが、世界を硬直させないための『調和の潤滑油』なんですよ」
私は再び、コーヒーを自分の靴の上にこぼした。
今度は誰も笑わなかった。
神々は、目の前の光り輝く「不合理」と、それを愛おしそうに見つめる「ドジな女神」の間に、自分たちが忘れていた**世界の深み(フレーバー)**を感じ始めていた。
「……アストラ。その、パチンコとやら。……もう一玉、貸せ」
ソフィオスの声は、どこか震えていた。




