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3.私の両親

「本当に、お前が目覚めてよかった。原因が分からないのが不安ではあるが。

 オレリー、今はゆっくり体調を回復させながら、何か少しでも体に異変があったら私たちに言うんだよ。気のせいでも構わない。大袈裟だとか心配させるかもだとかも考えなくてもいい。

 私たちはね、99回大袈裟に騒いだとしても、1回の本当に危険なことに気づける方がいいんだ。分かるね、オレリー」


 言い含めるようにそう言うのは、父であるエドガーだ。暖かくて優しい瞳を私に向けてくれていた。父は、茶色の髪にはしばみ色の瞳だ。全体の印象としては、いかにも人が良さそうな——悪く捉えれば気弱そうにも見える容貌だ。どうにも舐められやすいらしく、それに若干苦労しているのを私としても薄々察していた。

 だけれど、娘の私の目から見れば、十分に頼りになる優しい父だった。


「はい、お父様。ありがとうございます」


 そんな父の腕を、母が引く。


「あなた、やっぱりオレリーを一度ウェルファスのお医者様に連れて行った方がいいんじゃありません? もちろん、ケドリックさんがいいお医者様じゃないとは言いませんよ。でも、やっぱり都会のお医者様のところとは設備というものが違うのではないかしら」

「アニュス、お前の言うことももっともだが……今のオレリーには長距離の移動は負担になるだろう」

「ええ……そうですわね」


 両親が純粋に私を心配していることが分かり、私は覚悟を決めることができた。


 この世界において、他者のスキルを調べる方法はほとんどないと言っていい。鑑定スキルというレアスキルもあるが、数が少ないらしい上に調べられた側はそうと分かるので勝手に鑑定することはできない。そして、原作にも少なくともヒロインが知る限り鑑定スキル持ちは存在しなかった。

 そのため、実のところスキルは基本的に隠し通そうと思えば隠し通せるのだ。原作において両親がオレリーにスキルを隠すように言い含めたのは、そういうことを前提においてのことだろう。

 もちろん私も自分のスキルのことは隠すつもりだ。——それが、目の前にいる両親からも隠すかどうか、というのは迷うところだった。

 動揺させるのは間違いない。あるいは、表立って切り捨てることはなくても、親子関係が変わってしまうかもしれない。そんな不安もあった。

 この胸の中に全て留めておけば、何事もなかったことになる。スキルがなかったと、世間に対してこれからつき続ける嘘を、両親にも告げることだってできる。

 でも、どんなスキルを持っていたとしても、こんなに心配してくれる両親が自分を見捨てないと私は確信した。

 それに、ここで告げなければ、きっと精神的にきついだろうと思ってしまったのだ。それはしこりとなって残り、本当は自分のスキルのことを告げたら両親の態度が変わってしまうのではないかという不安が心のどこかに残ってしまうだろうと。


 私はきっと、すべてを自分の胸の中に留めておけるほどに強くない。そして、きっと両親ならば私のスキルのことでも受け入れてくれるはずだ。


「お父様、お母様。そのことですけど、実は気を失ってしまったのはきっと精神的なことだと思うの。……その、さすがにショックで」


 むしろ、気を失ったのは前世の記憶を思い出したためだけれど、そこまでは言わない。


「ショック、というのは?」

「……動揺しないで聞いてもらいたいんですけど……私は、どうやら強奪スキル持ちらしいんです」


 私がそう言ったとたん、目の前の母と父は固まったようだった。母は何か言いかけて口を閉じる。


 流れた沈黙に、私の中の怯懦な心が暴れそうになる。やっぱり、受け入れられなのではないか、親子として致命的に何かが変わってしまうのではないか——そう思ってしまう。両親は信じられると思ったはずなのに。だからこそ、告げたはずなのに。


 私は、誰も信じずに生きられるほどに強かではなく、だけれど誰かを100%信じられるほどに強くもない。


「そう……か。オレリー、お前は強奪スキルのことを知っているのだな?」


 沈黙の後、静かに父は言った。


「全部かは分からないけれど、多分。人を殺して、スキルを奪う能力ですよね。だから、周りからも怖がられてしまう」

「ああ、そうだ。オレリー、お前はそんな力を持っているからといって、誰かを殺めたりする子ではない。だけれど、世間にはスキルに偏見を持つ人も少なくない。だから、私たちの他に誰も言ってはならない。……分かるね?」


 父は、抑えたような声で言う。


「分かります。……でも、お父様やお母様は、私が怖いとは思わないんですか?」

「怖いだなんて!! そんなことを思うわけがないじゃない! オレリー、あなたがどんなスキルを持っていたとしても、持っていなかったとしても。あなたが私たちの大切な子だということが変わるわけがないでしょう!」


 母は、叫ぶような声を出して、私を抱きしめてくれた。その暖かな胸の温もりは、私の心に確かな安堵をもたらしてくれた。


「アニュス、落ち着きなさい。そんな大きな声を出しては、ソニアあたりが様子を見にきてしまうよ。彼女たちのことは信用しているが、このことは本当に家族以外には気取られない方がいいと思うからね」

「ご、ごめんなさい。私ったら」


 それから流れた沈黙は、先ほどのようなものとは違い、周囲の気配を伺うものだった。父の言うようにソニアが様子を見に来ることはなく、遠くから馬の鳴き声がのどかに響いた。

 ほっと3人で息をついた。


「とはいえ、私もアニュスと同じ意見だ。オレリー、実のところ授かったスキルと本人の人格に関連があるのだと言う人はいる。だが、私はそんなものは眉唾だと思っている。

 ……例えば、氷結スキル持ちは冷たい心の持ち主だと言う者もいるが、学生時代からの私の友人は氷結スキル持ちで情に厚く、心の暖かい男だ。私がこの世で信じられる人間を5人数えるとしたら、あいつが絶対に浮かぶほどだ。

 あとは、お前も知っている伯父さんのヴィリエ準男爵がいるだろう。彼はお前も知っている通り立派な紳士だが、私の知っている中でも最も下卑た男と全く同じスキルを持っている。……つまるところ、スキルなど所詮はその程度のものでしかないんだ。

 それに、お前の授かったスキルが強奪スキルなのはある意味私譲りなのかもしれんな」

「……何でですか?」


 父の言葉に救われながらも、最後の言葉の意味は分からなくて私は首を傾げた。もちろん父のスキルは強奪スキルではない。

 すると、父は片眉をあげた。


「私の微風スキルも領主の仕事には全く役に立たないからね。スキル持ちの方が何かと便利だと言う者もいるが、持っていたところで仕様もないスキルだってあるんだ。私のスキルは使ったところで大した意味がなく、お前のスキルは使えない。全くもって、同じようなものだろう」


 おどけた父の言葉に、思わず私は笑っていた。


 確かに、父のスキルは微風スキルというものだ。これは、手のひらから微量な風を生み出せるというもので、正直なところ髪を乾かすのとかに多少便利かなという程度のスキルである。温風のない弱めのドライヤーみたいな感じだ。

 同じ風系のスキルでも旋風スキルとかだと、戦闘にも使える強いスキルなのだが、父のスキルは正直役立つ場面があまり思い浮かばない。何かを乾燥させる仕事なら多少役に立つかどうか……といったところだ。


「ふふ、お父様。でもお父様のスキルはたんぽぽの綿毛を飛ばして子供を喜ばせることができますよ」


 父に見せてもらって大はしゃぎをした記憶は新しい。


「だが、大きな風を起こすことについてはお前に負けてしまった」


 父が肩をすくめたのに、私はいよいよ笑ってしまった。見れば、母も笑っている。


 父が言うのは、対応意識を燃やした私が手頃な板を持ってきて仰ぎ、より遠くにたんぽぽの綿毛を飛ばしたとドヤ顔をしていた件だろう。

 今から思えばフィジカルで風を起こすにしても成人男性である父に勝てるわけがなかったのだが、そんな大人気ない主張を父がすることなく、私が勝者ということになった。すごいすごいと両親におだてられて、スキルを持った父より自分の方がすごいのだと胸を張っていた事実は今から思うとだいぶ恥ずかしいが、暖かな記憶でもある。


 それに、父が言いたいのは私のスキルが使用できなし、使用すべきでないものだとしても、それは大したことではないということだろう。

 実のところ、貴族でもスキルなしの人も少ないなりに一定数いるし、スキルを得られたとしても実用的なスキルであるとは限らない。つまるところ、その程度の問題でしかないのかもしれない。

 現に、はっきり言ってしまえば父のスキルはあまり使い勝手の良いものではないが、父はそれでも立派な領主だ。


「そうですね。私は板を持って風を作ることができます」


 私は安心してしまって、そう言った。

 私は今後スキルを使うつもりはない。もちろん、人を殺すなんてごめんだからだ。

 でも、別に便利なスキルがなくたって、世の中なんてどうにかなるものだ。風を起こすスキルがなくても、風を起こしたければ板で仰げばいい。存外にそれは物事の本質なのかもしれなかった。


 場が和んだところで、今度は母が口を開いた。


「オレリー。先ほども言った通りに私たちはあなたを信じているわ。だけれども、本当にあなたのスキルのことは私たち以外に言っては駄目よ。

 お父様があなたに言ったように、世間からの偏見もあるけれど……。それ以上に、あなたのスキルを悪い人に利用されるのが怖いわ」

「なるほど、アニュス。そういう輩もいるかもしれないのか……」


 母の指摘に、父は頭を抱えてしまった。


「ええ。かの破滅帝がなぜあれほどの暴虐を尽くせたのかと言えば、強奪スキルを持っていたからだわ。……オレリーのスキルは、悪魔になる覚悟さえあれば最強のものになり得ます。オレリー自身がそれを望まないとしても、あるいはオレリーを利用すればその力を手中にできると考える者がいてもおかしくはないと思いませんか?」

「破滅帝……?」


 初めて聞く単語に、私は首を傾げた。言いようからして歴史上の人物のようだが、原作でもそんな人物の話は出てこなかったと思う。


「……そうね、大昔の悪い王様よ。偶然あなたと同じスキルを持っていて……すごく、悪いことをしたの」


 母の回答に、父が言葉を続けた。


「私が考えるに、現在の強奪スキルへの強い忌避感情はその悪い王様のせいかもしれないね。

 でも、先ほど言ったように、同じスキルを持っているからと言って人格まで同じというわけじゃない。最も高潔な人格者と、最も卑劣な悪人が全く同じスキルを持っていることだって珍しくはない。だから、お前が気にする必要はないよ、オレリー」

「お父様の言う通りだわ。だけれども、あるいはあなたを利用すれば悪い王様と同じことをできると考える人がいないとは限らない。だから、本当に慎重にしなければね」


 両親の言葉に、私はなるほどと強くうなづいた。


 原作ではオレリー自身が悪魔のような所業を自らの意思で行なっていたけれども、確かに他人を利用して同じようなことをしようと考える人がいてもおかしくはない。正直なところ、そこまで考えてはいなかったので、やはり人に相談して多角的な意見をもらうことは大切なのだろう。

 それに、どんなスキルを持っていたとしても両親は受け止めてくれるのだと分かったことが、とても嬉しかった。

 

 嬉しいからこそ改めて思う。

 ——原作でオレリーの両親についての深い描写はなかった。しかし、娘が凶行を犯し、国家レベルの犯罪者として死んだのだ。彼らも無事に済んだとは思えない。

 身分剥奪で済んだらいい方だろう。下手をすれば、正当な裁きを受ける前に自業自得の死を迎えたオレリーへ募り切ったヘイトの矛先として、この優しい両親が。

 その想像は、あまりにも恐ろしいものだった。

 だから、絶対に。私は悪役令嬢として死んだりなんてしない。私は静かにそれを胸の中で誓った。

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