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2.新たな朝

 私がオレリー・クラメールであることと、小早川由紀であることが無理なく両立するようになった時に、私の覚醒の時が訪れた。


 そっとまぶたを開けると、刺すような光が目に飛び込んでくる。それでも周囲の状況を確認したくて薄目を開けて見渡すと、ベッド近くの椅子に座って忙しく手を動かす影があった。


「……お母様」


 私の喉から漏れたのは、自分でも驚くほどかすれた声だった。

 すると、母——アニュスは手に持っていたものを取り落とさんばかりに驚いてこっちを見た。


「まあ、オレリー!! 目が醒めたのね!! ほら、お水は飲める? 体が驚かないようにゆっくりと、ね」


 そう言いながら母が差し出してくれた水を、私は一気に飲み干してしまった。忠告とは逆の行動になってしまったが、喉がカラカラだったのだ。

 母は気忙しく、私がコップの水を飲むのを見届ける前に入口の方に向かっていった。


「ソニア、ソニア!! オレリーが目覚めたわ!! お医者様を読んで! ああ軽い食事も……オレリー、あなた食欲はあるかしら」

「食欲はありますけど、お母様ったら。慌てすぎです。いつも口をすっぱくして言っている淑女の振る舞いはどうなったのですか」


 相変わらずかすれた声だが、私はおかしくなってしまって軽い笑いを含ませながらそう言った。いつも淑やかな母が、こんなに慌てふためく姿は初めて見た。見れば、母が編んでいたのであろう繊細なレースと編み棒も床に落ちてしまっている。

 母の趣味はレース編みだ。いつもは淑やかにレースを編んでいる人なのに、今はよほど動転しているようだ。

 ちなみに、母はピンク色の髪に赤い目をしている。由紀の意識からしたらいかにもファンタジー系の創作物らしい色彩と言えるが、この世界で生きてきたオレリーの意識からか違和感はない。

 ちなみに、この色彩は私自身に受け継がれている。現に、起き上がってみると胸元で揺れる毛先は母と同じピンク色だ。違いは、母の髪はストレートなのに対し、私の髪は父から遺伝したのか癖毛が強いということだろうか。

 そして、母は娘の贔屓目なしで可愛い顔立ちをしている。父の方がわりと平凡寄りなので、父は美人の妻を迎えることのできた果報者と思われている。

 私はといえば、そんな母によく似ていると言われるが、鼻筋は父似だ。繰り返すようだが父の顔立ちは平凡寄りだ。しかし、一方で父は鼻の形だけは完璧だと言われている。客観的に見て鼻の形の良さが父の顔面レベルを底上げしているまであると思う。それでなんとか、身なりを整えれば雰囲気イケメンくらいには入っている感じだろうか。——美人と言われる母似で、鼻は父似ということは、つまり私は両親のいいとこどりをして生まれてきた遺伝子の大勝利案件なのだ。

 ぱっちりとしたアーモンドアイは赤い色合いもあって、少し勝気そうとか生意気そうな印象を与えるようだが、それすらもキュートな印象を加えるアクセントになっている。そして、父譲りの完璧な形の鼻。鼻はわりと化粧でも誤魔化しにくい箇所なので助かる。輪郭もわりと綺麗な方だと思うし、口の大きさも丁度いい。全体的な印象としては、若干強気そうな可愛い系の美少女といったところだ。

 ……とはいえ、別に世界で一番の美女ではないよね、と心の中で思う。何でそんなことをわざわざ思うのかと言えば、可愛い可愛いとチヤホヤされてきたオレリーは自分が世界で一番可愛いと思っていたきらいがあるからだ。しかし、由紀の精神が統合された今、さすがにちょっと自惚れすぎていたかも……という客観性が芽生えていた。

 少なくとも、原作でのオレリーの周りの評価は「結構可愛いじゃん」的な感じで、「なんと美しい……!」ではなかった。ちなみに、ヒロインの方は正真正銘超美少女設定なので、「なんと美しい……!」という反応をされていた。

 自分が「結構可愛い」なのに、ヒロインが「なんと美しい……!」であることに原作オレリーがギリギリする描写もあったけど、別にコンテストじゃないから上の中だったらいいんじゃないかと今では思ってしまう。それは、本当に平均中の平均程度の容姿だった由紀の記憶があるからだろう。美人すぎる人には美人すぎるが故の悩みがあるということも、由紀は知っていた。

 

 そんなことを徒然と考えながら、私は母が落とした編みかけのレースを拾った。

 相変わらず素晴らしい出来栄えだ。幸い埃もほとんどついていないので、私は拾い上げてから軽く払う。母は、かなりのレース編みの腕前の持ち主だ。このレースも、繊細な薔薇の意匠が丁寧に編み込まれている。

 ——機械もないのに、こんなに緻密に編むなんてすごいなぁと自然に思ってしまうから、私はオレリーだけど今までのオレリーとは違う存在になってしまったのだと実感した。


「そ、そうね。でも、あなたったら3日も目を醒さなかったのよ。心配して当然じゃない。体調は大丈夫かしら」

「3日も……?」


 気絶してしまったのは認識していたけれど、3日も経っていたとは思っていなくて、私はさすがに驚いた。それは確かに母の言うとおり心配して当然かもしれない。


「体調は、お腹すいてたりとか色々あるけど……あ、もうちょっとお水が欲しいかも。でも、概ね大丈夫、かな。それよりも……司祭さんたちは怒っていませんでしたか?」

「神殿の方々はあなたを心配していたわ。後で目覚めたことを連絡しましょう。なんせ、翌日にお見舞いまで届いたのよ。きっと気を揉んでいるに違いないわ」


 何やら私の気絶は大事になっているようだ。

 私が内心で焦っていると、母はこちらを向いて改めて言ってきた。


「それで、オレリー。あなたが気を失った状況は神殿の方々から、洗礼を受けた直後に突然気を失ったと気いているのだけれど、それで間違っていないかしら」


 洗礼の儀は、基本的に神殿の人間と7歳になった子供が密室で行うことだ。保護者の立場では、詳しい状況なんかは基本的に知りようがない。神殿に対する信頼は基本的にあっても、それまで元気だった娘がいきなり人事不省になると言うのは一方のみの話だけでは納得しづらかったのかもしれない。


「ええ、そうだと思います。……いきなり、気分が悪くなってしまって」


 そう説明しながら、私はどこまで何を説明するべきか頭を整理した。ずっと脳を酷使していたせいかあまり考えていると頭が痛むが、両親に何をどう説明すべきかはあまり先送りにできる問題ではない。

 私は、自分の置かれた状態について改めて考えた。


 オレリー・クラメール、これはコミカライズ化もした小説『巻き戻り令嬢は聖女の力を隠して生きる』に登場する悪辣な令嬢だ。

 話が複雑になるのだが、そもそもの小説のヒロインが「悪役令嬢転生もの」と同様に流行したシチュエーションである、巻き戻りや逆行ヒロインと言われるジャンルの主人公に当たる。

 しかも、巻き戻り前は「善良なヒロインが真の悪女オレリーの策略によって悪女の汚名を被せられて断罪され、処刑される」という「悪役令嬢もの」の文脈を持っていたりする。

 ——つまり、私は「悪役令嬢もの」の「真の悪役令嬢」側に転生しているのである。ちょと意味が分からないよ。

 そのため、悪役令嬢転生ものと言えば、高位貴族に転生した主人公がテンプレだが、私の身分は男爵令嬢で高いとは言いがたい。比べて、小説のヒロインは高貴な公爵令嬢であり、はっきり言って貧乏男爵令嬢とは比べものにはならない相手である。


 とはいえ、ヒロインのことは現在早急に気にしなければならないことではない。今はそれよりも、自分のスキルをどう両親に告げるのかというのが喫緊の問題と言える。

 というのも、オレリーが授かったスキル。それこそが、原作で起こった諸問題の原点とも言えるものだからだ。小説の終盤で物語の裏側的なオレリー視点の話が入ってくるのだが、その話の最初のシーンがまさしく3日前の洗礼の儀からだった。


 この国の人間は皆7歳の時に洗礼の儀を受ける。この儀を受けることによって、それぞれスキルを授かるのだ。このスキルは本人が選べるものでもないし、そもそもスキルを授かれない者もいる。

 役に立ち重宝されるスキルもあれば、あまり役に立たないハズレスキルもある。そして、よくあるスキルも、珍しいスキルもある。貴族は血統からかスキル持ちが大多数だし、平民はスキル持ちの方が少ない。

 ほとんどの場合、どのようなスキルを受け取るかはかなり人生に影響する。

 例えば貴族でも長男がスキルなしだと、スキルを持った他の兄弟を跡取りとして定める場合もある。貴族社会ではスキルなしだと一段低い扱いをうけることも珍しくはない。

 あるいは、平民でも優れたスキルがあれば出世の道が開ける上に、スキルを見込まれ貴族との養子縁組や縁談が組まれることだってある。どのようなスキルを受け取ったのかが人生を左右すると言っても過言ではない。


 オレリーが受け取ったスキルは、「強奪スキル」と言われる曰く付きのものだった。これは、「人のスキルを奪うことができる」という、おそらく唯一無二の強力なスキルだった。——人のスキルを奪うということからして不穏ではあるが、もっと問題なのがその奪い方であり、相手を殺すことによって発動するスキルなのである。まあ、普通に考えてとんでもなくヤバい代物だ。

 そして、もちろん周りからもヤバいスキルとして知られている。原作では悪魔の能力のように言われていたように思う。そんなヤバいスキルを持っているだけで、ものすごくヤバい奴と見なされてもおかしくはないようなスキルなのである。

 原作では、オレリーの数々の悪行があってとはいえ、オレリーの所業とともに強奪スキル持ちであると明かされたシーンで「やはり、強奪スキルは悪しき魂に宿るのだ!」「強奪スキル持ちなど生きていてはならない!!」などと叫ぶモブもいたくらいだから、その偏見は推して知るべしといったところだ。——単なる偏見なのか、それとも事実として描いているのかは正直原作を読んでも分からなかったところではあったけども。

 個人的に言えば、私は小早川由紀の転生者であるとともに、間違いなくオレリー・クラメールなので、自分がそんな生まれつき悪しき魂みたいには思いたくはないのだけれども。とはいえ、原作オレリーの所業は確かに酷いので反論できないところではある。


 ちなみに、小早川由紀としての原作知識で私は強奪スキルのことを知っているが、今までこの世界に生きてきたオレリー・クラメールは強奪スキルのことを知らなかった。

 そして、小早川由紀としての自我などない原作のオレリーは、よく分からないなりにスキルを授かれたことに喜んで、両親に嬉々として自分のスキルを報告する。オレリーは当然両親も喜んでくれるものと思っていたのに、先ほど言ったように強奪スキルはヤバすぎた。なので、両親はオレリーに絶対にスキルのことは他者に伝えてはならないと怖い顔で言い含めたのである。このことが、オレリーに強いショックを与えた——というのが、原作での描写だった。


 自分ごとながら、ショックを受けたのは分からないでもないと思う。せっかくスキルを授かれたと喜んだのに、両親が全く喜ばず、それどころか主観的には叱責されたような感覚だっただろう。

 加えて、スキルを誰にも明かさないことは可能だが、そうなると必然的にスキルなしだと対外的に思われてしまう。貴族でスキルなしというのは少数派だし、それだけで軽んじられることも多い。ぶっちゃけて言えば生まれながらの負け組みたいな感じと言っても過言ではない。スキルを隠せというのは、そんな扱いに甘んじろと言われたのにも等しい。


 実際に、洗礼の儀を受ける前の自分にとって最も恐ろしいことだと思っていたのが、スキルを授かれないことだった。儀を受けるまで、優れたスキルを授かって周りに一目置かれる妄想と、スキルを授かれずに後ろ指を指される恐怖に揺れ動いていた。

 その上で、よく分からないなりにスキルはとりあえず受け取れたと安堵した後に、スキルは隠せと強い口調で言われるのは、7歳の子供にとっては相当にきついことだったはずだ。


 じゃあ、両親が悪いのかというと——それも違うのではないかなと、原作の知識を持っているからこそ思う。

 実際に、強奪スキル持ちというだけで悪しき魂の持ち主だとか、生きる資格がないみたいに言う人がいるのだ。……あれは、原作オレリーの所業が悪すぎたせいもあったけれど、「オレリーが悪事を行ったから生きていてはならない」ではなく、「強奪スキル持ちは生きていてはならない」という結論に達するのは中々酷いと思った記憶がある。

 子供をそんな視線に晒したくないと思うのは、親として当然ではあるかもしれない。

 確かに、両親の言い方は道理の分からない幼い子供にショックを与えるものだったのかもしれない。だが、愛娘がよりにもよってそんなスキルを受け取ってしまったことに動揺し、誰にも言っては駄目だと言い含める口調が強くなったところで、そこまで責められるものではないだろう。


 別にその後も親がオレリーを虐げたり見捨てたりしたという描写はなかった。つまりは、両親は娘を想って忠告しただけで、娘を見限ったとかそういう話ではなかったはずだ。

 原作での両親の言葉も、強奪スキルが周りからどう見れるのかが描写された原作を読んでいるからこそ、納得できなくもない。実際、普通に強奪スキルは隠した方がいいのだろうと思うのも事実だ。世の中のスキルに対する偏見と戦うといったような情熱があるのならまだしも、7歳の子供にそれを求められるものではないし、隠して平穏に生きてほしいのが親心というものだろう。

 そう考えるのは、私が実際にオレリーとして、両親を知っているからでもある。聖人君子というわけではないが、親としても人としてもかなりできた部類だと思うのだ。今まで愛されて育ってきた自覚はあるし、領民にも優しい両親は貴族としても人格者と言われる類だと思う。

 現に、今も私が目覚めるまで母は付き添ってくれていた。目覚めない娘を心配してくれていたのだろう。


 私は考えをまとめながら、侍女のソニアが持ってきてくれたオートミールを食べ、医者の診察を受けた。

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