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特別な女の子【メラニー視点】 後編

 色々あるけど、やっぱりオレリーちゃんは特別な子だった。

 それだけじゃなくて、意地悪ばかりだったお兄ちゃんと仲直りのきっかけを作ってくれたのも、オレリーちゃんだったのだ。

 お兄ちゃんは、オレリーちゃんの前では縮こまってしまって、大人しい子みたいになっていた。だから、オレリーちゃんはずっと、お兄ちゃんが意地悪で悪戯ばかりしていたことを知らなかったんじゃないかな。私もわざわざ言わなかったし。

 だけど、オレリーちゃんが遊びにきた時に、お兄ちゃんがちょうど私に意地悪をしていたことがあった。私はそばかすだらけのブスだってからかってきたんだ。オレリーちゃんが私を傍に置くのも、引き立て役にちょうどいいからだって……。

 そんな風に考えたことがなかった私は、お兄ちゃんの言葉にショックを受けた。オレリーちゃんに気に入ってもらえているのは、私にとって密かな誇りだったから。それを根底から崩された気がして、ものすごく悲しかった。

 

 それを、たまたまオレリーちゃんが聞いていた。

 オレリーちゃんは怒った。

 

『はあ? 私が引き立て役になるかならないかなんて基準で傍に置く子決めるわけないでしょ? 私が一番可愛いんだから、誰だろうと私の引き立て役なのは確定だし。そんなことも分からないの? 馬鹿なの? でもその中でも私がメラニーを傍に置くのは、この子がよく気がついて、他の奴らよりも“分かってる”からよ。この子はトロい田舎者だけど、その中でも、あんたみたなグズに比べたら百万倍マシだからに決まってるでしょうが!』

 

 何というか、オレリーちゃんだなあって思った。


 しかも、その後オレリーちゃんはとりあえず謝った感じのお兄ちゃんを問い詰めた。それは何というか、犯罪者として尋問されるのってこんな感じなのかなというくらい、厳しくて容赦がなかった。

 私は、それまではオレリーちゃんの悪口は、「馬鹿」とか「グズ」とか「嫌い」くらいしか聞いたことがなかった。だから、オレリーちゃんは何だかんだいってお嬢様だから、悪い言葉なんてあんまり知らないのかなと思っていたけど、そんなことはなかった。

 お兄ちゃんの酷い言葉を聞き慣れていた私ですら、ちょっと言い過ぎなんじゃないかなあって思うくらいに、詰め寄っていた。

 

 しまいには、お兄ちゃんは泣きながら話していた。


『だ、だって……ソイツが生まれてから、父さんも母さんもオレに全然構ってくれなくなって……。ふたりともオレが可愛くないんだ!! ソイツばっか褒めて、オレは叱ってばっかで。だからそんなヤツ大嫌いだ!! ソイツがいなきゃ、父さんも母さんも今でもオレを可愛がってくれたはずなのに……』


 しゃっくりあげながら話したのは、そんな内容だった。

 

 私はびっくりした。お兄ちゃんの嫌がらせは、私にとっていつも突然でひたすら理不尽なもので。その陰で、お兄ちゃんがそんなことを考えているなんて知らなかった。ただ、人が嫌がることが大好きな、本当に意地の悪い人なだけだと思っていた。

 確かに、お父さんもお母さんもよくお兄ちゃんを叱る。だけどそれは、お兄ちゃんがふたりを困らせることばかりするからだ。

 逆に私は、あまり悪戯なんてしない。怒られるのが怖いから。

 何で怒られるのに悪戯ばかりするんだろうと思っていたから、私はお兄ちゃんの言っていることはおかしいと思った。

 悪いことばかりをするお兄ちゃんが怒られるのは当然だ。それに、私はうっかり失敗することはあっても、故意に悪いことなんてしないから、あまり怒られないのも当然じゃないんだろうか。

 

 だけど同時に、不思議に私はお兄ちゃんが可哀想にも思えてきた。

 村の同年代の子で、弟が生まれた子がいた。その子は、お父さんとお母さんが弟ばかりに構うんだと愚痴を言っていた。

 もしかしたら、兄弟姉妹の間で、そういったことを感じることはよくあることかもしれない。私には恐ろしいばかりだったお兄ちゃんの行動も、お兄ちゃんなりに構って欲しくてやったことなのかもしれない。

 物心ついた時から、ずっと嫌な思いや恐ろしい思いをしてきたから、簡単に許すことはできなかったけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに辛いことがあったのかなあって思っちゃったんだ。


『馬鹿じゃない?』


 と。

 同情する私とは別に、そんな言葉で切って捨てたのは、オレリーちゃんだった。全くもって、容赦がなかった。


『つまり、あんたは両親に構ってもらいたんじゃない。あんたの馬鹿げた悪戯でそれが叶うの? 逆じゃない? 困ったガキなんて嫌われるし、嫌がられて当然じゃない』


 偉そうに腕を組んだまま、オレリーちゃんは、キッパリと正論を——あまりに正しすぎて残酷なくらいの言葉を口にした。

 正しいことでも、あんまり真っ直ぐに言い過ぎると何だか酷いことをしているみたいだな、なんて思ってしまった。お兄ちゃんも、ぐうの音も出なかったのか、口をはくはくと動かして何も言えないでいる。


『あんたが本当に両親に愛されたくて、それでメラニーが邪魔だって言うのなら、事故にでも見せかけて殺せばいいじゃない!!』

『え……えええ?』


 てっきり、私の味方をしてくれているのだと思っていたオレリーちゃんの、まさかの私を殺せ発言に、私は変な声を出してしまったのを覚えている。


『森の奥に連れて行くのよ。適当に深くまで連れて行って、そのまま置き去りにしてしまえば、鈍臭いこの子のことだもの。迷っちゃってそのまま森の獣の餌にでもなるわよ。

 ——欲しいものがあって、他の人間の手に渡るのが嫌なら、方法はふたつしかないわ。このうちのひとつの手段は相手を蹴落とすことだけど、あんたみたいな馬鹿らしい嫌がらせに精を出すなんて馬鹿の極みだわ。嫌がらせなんてしても、相手が被害者になって自分が悪者になるだけだもの。だから、自分のせいだとバレないように、消すしかないのよ!』

『い、いやでも……こ、殺そうと、までは。だって、メラニーは妹だし、さすがにそれは可哀想というか。……ただオレはコイツがムカついただけで……』


 私は、ほっとした。お兄ちゃんはよっぽど私が嫌いなんだろうと思っていたけど、さすがにオレリーちゃんの恐ろしい提案には賛同しなかったことに安心したんだ。

 同時に、オレリーちゃんが怖いなって思っちゃった。

 森の獣——それは村の子供たちにとって恐怖の象徴だ。鬱蒼とした森の中には、恐ろしい獣がいるから子供たちだけで奥の方に行ってはいけないとはよく言われる。私なんて森の入り口の方でも怯えてしまうくらいだ。

 だから、例え言葉の上だけでも私を森の奥に連れて行って獣の餌にするなんて、オレリーちゃんはなんて怖いことを言うんだって心底びっくりした。

 恐れ慄いているお兄ちゃんとふんぞり返っているオレリーちゃんを見ながら、私はこれまでの考えが間違っているのかとまで思っていた。ずっと、オレリーちゃんは我儘なところもあるけどそんなに怖い子じゃなくて、お兄ちゃんは恐ろしい人だと思っていた。だけど、本当は逆だったんじゃないかなって。

 だけど。


『だったら! 努力なさい!』


 オレリーちゃんは、びしりとお兄ちゃんに指を突きつけてそう言い放った。


『——え?』

『言ったでしょう。"方法はふたつしかない"って。人より多くを掴み取りたいのなら、他を下げるか自分が上がるかしかないってことなのよ。あんたは妹のメラニーを排除なんてしたくないんでしょう。だったら、自分が上がるしかないじゃない』

『あが……上がるって、どうやって』

『まず馬鹿げた悪戯や意地悪はやめることね。周りの印象を下げるだけで何のプラスにもならないわ。あんたの場合、さっき言ったことをちゃんと親に話したほうがいいんじゃない? メラニーの両親なら、案外そういう弱みをちゃんと話たら悪いようにはならないと思うし。いいこと。弱みは強みなのよ。大人って、"子供に頼られている、必要とされている"と思わせると案外チョロいのよ』


 それから、オレリーちゃんは何というか、愛されるコツのようなものを教示し出した。

 オレリーちゃんは大人の前では態度が変わるなあと思っていたけど、そんなことまで考えているとは思ってなくて、私はびっくりした。

 すごく計算高いなあとも思ったけど、何だかオレリーちゃんの考え方って不思議だなとも思ってしまった。

 オレリーちゃんが言った、「人よりも多く掴み取る」ということ。それが、どういうことなんだか私には分からなかったんだ。

 全部周りの反応を考えながら生きていくのは何だか大変そうで、そんな思いをしてまで、それはそんなに大切なことなのか、やっぱりよく分からなかった。


 とにかく、その後お兄ちゃんは随分と大人しくなった。

 私への意地悪も悪戯もほとんどしなくなって、代わりに家の手伝いをよくするようになった。

 元々、お父さんたちが頭を抱えるほどだった問題児だったお兄ちゃんだ。急にいい子になったお兄ちゃんに、ふたりは大喜びした。お兄ちゃんの頭を撫でて、褒めるようになった。

 元々の反動から余計に褒められているようにも見えた。同じことをしていても、私がやるのは当たり前みたいになっていて、お兄ちゃんだけが前と比べて良い子になったからと褒められることもあったのはちょっとモヤっとしたけど、家族が幸せそうだからいいかなって思った。

 もしかしたら、お兄ちゃんは最初はちょっと無理をしていたのかもしれない。だけど、ちゃんといいことをすれば褒められるんだって気づいて、荒れてた部分が治ったのかもしれなかった。


  こういうのって多分、悪循環って言うんだよね。きっと、私のことがきっかけで拗ねて悪いことをしていたら、それで怒られて。怒られるからますます拗ねて悪いことをしていって、だからますます怒られて……。お兄ちゃん自身でも、もうどうしようもなかったのかもしれない。

 オレリーちゃんの言っていることはすごく乱暴だったし、怖いことも多かったけれど、お兄ちゃんにとっては必要な苦いお薬みたいなものだったのかもしれない。

 

 しばくしてから、お兄ちゃんは私に謝ってくれた。悪いと思うこともあったけど、どうしても私に対して僻まずにはいられなかったんだって。悪いと思っているんだったら、あんなに酷いことをしないで欲しかったなと思ったけど、過ぎたことを言っても仕方ないもね。それに、たったふたりきりの兄妹なんだし。

 だから、私はお兄ちゃんを許したんだ。

 お兄ちゃんは今でも時々ちょっぴり意地悪なことを言うこともあるけど、そんなに酷いことは言わなくなったし、酷いこともしなくなった。それに、私が重いものを持っていたら代わりに持ってくれたり、近所の子に揶揄われていたら庇ってくれるようにもなった。

 私は、今のお兄ちゃんなら嫌いじゃない。時々は、好きだって思うこともあるんだ。


 だけど、きっかけをくれたのはオレリーちゃんだ。だから、私はオレリーちゃんはすごいなあって思ったんだ。

 何というか、オレリーちゃんにとってはきっと「人よりも多く掴み取る」ことはとても大切なことなんだろうと思う。その熱量は本当にすごくて、だからオレリーちゃんの言葉はお兄ちゃんにも届いたんじゃないかな。


 オレリーちゃんの目は、本当に綺麗な赤だけど、それは火の色なのかなって思ったりした。オレリーちゃんの中では、きっと私には分からない炎が渦巻いていて、その激しさがあの子の真の部分なんじゃないかなって。

 私はその激しさに、憧れにも似た感情を抱くのと一緒に、時々どうしようもなく不安定で痛々しいものを見るような気持ちになる。うまく言えないけれど、あの子の激しさを見ていると、生々しい傷口を見るような気分になることがあるんだ。

 どうしてって思う。領主の子供で、とびきり可愛くて、皆から愛されている。頭も良くて、運動神経もいい。何だって持っている。誰よりも特別な子供。そんなオレリーちゃんが、どうしてそんな傷のようなものを抱かなくてはならないのか、私には分からなかった。

 

 ——だから、ただ。オレリーちゃんの毎日が楽しくて心安らかであるように。それを、ずっと願っていた。


 そして、洗礼の儀を終えて久々に会ったオレリーちゃんからは、その危なげな部分がどうしてだか薄らいでいるように思えた。

 何だか前よりも優しくなったオレリーちゃんも、私は好きだった。

 村で、誰よりも特別な子供なオレリーちゃん。そして、私にとっても特別な友達、オレリーちゃん。

 どうか、彼女がずっと私の大好きな笑顔でいられるように。私は、そっと祈った。

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