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1.テンプレな祠破壊と、テンプレな悪役令嬢転生

 よろしくお願いします。

 私、小早川由紀は、現在非常に弱っていた。


「やっぱり……道、間違えた、よね……」


 独り言が出てしまうくらいは許してほしい。山道を歩き始めて数時間。疲労も募っているし、日傘をさしてもなお防げない暑さで汗だくだ。そして、何より心細くて不安で仕方なかった。

 私は喉の渇きを覚えてウォーターボトルに入れていた水を飲む。その際、塩タブレットでの塩分補給も忘れない。

 私はウォーターボトルの水の残量を見てため息をつきたいような心地だった。もうあまりない。そして、コンビニもないようなこんな猛暑の山の中で飲み物が尽きると言うのは最悪の展開だ。


 来た道を振り返る。やっぱり、戻って正しい道を行った方がいいのか。実のところ、行きとは違うように見える道に、もしかしたら道を間違えたのではないかとは少し前から思っていた。でも慣れない山道だ。気のせいだと思い込もうとしていたし、どちらにせよ道がある以上、下っていけばどこかしらの人里にはつくだろうという気持ちから進み続けてしまった。

 今も、ここまで来た道のりを考えると引き返すということは悪夢のように思える。同じ時間だけ戻るのだとしたら、山の中で日が暮れるのは確実だ。ましてや下り道ではなく登り道になるのだから、戻り道はもっと時間がかかるだろう。集落に戻るのだとしても、下手をしたら真夜中になってしまう。

 考えるだに最悪で、あと少し下ったら民家なり何なりが見えるのではないかという楽観的考えが拭いきれない。

 心のどこかでは、こう言うのも「損切り」の決断の一種ではないかと思う気持ちがあったけれども。ここまでの道のりを惜しんで、引き返す労力を惜しんだ結果、どんどんと間違った方向に進み続けてしまうのは馬鹿げた行動なのかもしれない。

 薄々そう考えつつ、もう少し進めば、山を降りられるのではないかと言う希望に縋って私は歩き続けた。

 よく分からない獣道を歩いているのならともかく、狭いとはいえ、きちんと舗装された道を歩いているのだからという意識もあった。

 しかし、この後に待ち受ける運命を考えると、私はここで引き返すべきだったのだ。そうであれば、真夜中に先ほど訪れた集落に無理を言って今夜の宿を借りるとかそういった迷惑はかけたかもしれないけど、あんなことに巻き込まれずに済んだのだから。


 私はとある出版社に勤めている。そこで、今回かなり大きな記事を任せられていた。初の出張つきの取材で、私は大いに張り切っていた。

 私の担当記事は、地方過疎化の現実について。農家の後継者不足問題とそれが今後の生鮮食品などに与える影響について、バスや電車などの公共機関の路線の廃止や数の減少とそのことによる生活の実態。そして、限界集落の現実と原因についてなどだ。

 その、限界集落に取材に行ってきたのが先ほどのことである。山の中にあるその集落は、なるほど、あまりにも不便だった。一応舗装された道はあるものの、ひび割れはひどいし道幅があまりにも狭くて曲がりくねっている。どうにも、バイクとかならともかく車は軽自動車でも走行はできないような道だった。

 原付バイクも運転したことがなかった私は、仕方なく山の麓近くに止まるバスに乗り、山の麓からはえっちらおっちら徒歩で集落へと向かったのだ。

 とはいえ、行きは暑かったとはいえ大した問題はなく、取材も順調。良い感じの写真も撮れて、満足して私は集落を出た。

 だけど、取材で得た情報をどのように記事にまとめ上げようかと思考しながら山を下っていたのが悪かったのかもしれない。途中、迷う分岐はあったものの、こっちだったはずだと自分の記憶を無駄に過信して通過してしまった。

 そして、現在に至る。

 私からすれば、とにかく山を降りて何らかの公共機関を経てホテルに戻ることさえできればそれで良かったので、同じ場所に戻ることにこだわらなかったことも悪かったのかもしれない。

 携帯は何度も確認したけれどずっと圏外で、現在位置も何も確認できないでいる。


 泣きそうになりながら道を下り続けていると、何らかの建物っぽいものが目に飛び込んできた。建物と言っても、人が入れるほど大きくはなく、途中の農村で見た野菜の無人販売所が木造であんな感じの大きさだったので、私はとっさにそれを連想した。

 だけど、私の心臓は高鳴った。

 もしもあれが無人販売所みたいなところだとしても、それがあると言うことは買いにくる誰かしらがいるのだろうし、管理者もいるはずだ。他の施設だったとしても、人がいるからあんなものが存在する可能性が高いと思えたからだ。

 長い間ひとりで鬱蒼とした山の中を下り続けていた私にとってそれは、地獄に仏のように思えた。

 私は、直感というものに優れている性質ではなかった。それでも気をつけていれば、それに近づくほど周囲の気温が下がっていたことに気づけたかもしれない。しかし、ようやく光明が差したと、それまでの疲労も何とやらで意気揚々と歩調を速めた私はそんなことには気づかなかった。


 それでも。


 ——木造の小さな家のような作り、朱塗りの部分は、かなり禿げてしまっていて歳月を感じさせる。そして、小さな扉の前にはしめ縄、そして……扉に貼られた何やらお札のようなもの。

 ……祠だった。

 道端にあるそれを見て、私は思わず喉の奥から「ひぃ……」と音をもらしていた。

 私は読書が好きだ。本好きが高じて出版社に勤めたくらいだ。

 傾向としてはファンタジー系の小説を好んで読んでいたけれど、ホラー系の小説も割と読んでいた。そのため、山の奥にある古びた祠……というのは、何やら恐ろしい感じしかしなかったのである。絶妙に打ち捨てられた感じがまた不気味な印象を増した。これは駄目なやつのような予感がひしひしした。

 あるいは、山奥でたったひとりというシチュエーションがことさらに恐ろしさを感じさせたのかもしれない。何やら曰くのありそうな古びた祠に遭遇したくないシチュエーションでも上位に来るだろう。

 それまで、遭難の恐怖と疲労や苦痛は感じていたものの、まだ明るいこともあって、ことさらホラー方面での恐怖は感じていなかった。しかし、この光景に一気に背筋がぞわっとした。

 今まで読んできたホラー小説や、ネット上での虚実入り混じった体験談なんかが頭の中をよぎる。山の中には得体の知れないものがいる、という怪談は本当に多い。

 私は怖い話は好きなのだが、ああいうのは読んでいる時はいいけど、夜道を歩いている時とか夜中にトイレに行く時なんかにふと思い出して読んだことを後悔してしまうことがある。今がまさにそんな状態だった。無駄に山の怪異の知識の引き出しが多すぎて自分でも嫌になってしまった。


 恐ろしさと、それまでの期待が見事に裏切られたショックで、私は祠を見ながら固まってしまった。

 どれだけ祠を見ながら呆然としていたのか、我に返った私は、この曰くありげな祠から早く離れた方がいいのではないかと考えだしていた。その時、私の耳にブオオという低い音が響いた。

 それは、日常で聞くのなら何でもない音だったけれど、ずっと山の中にいて、今まさに恐怖の中にあった私を震えさせるのには十分だった。

 だけれど、落ち着けばそれがよく聞くバイクのエンジン音であることが分かった。

 だからと言って、非日常感があまりにも強かったために即座に安心とはならなかったけれど、普通に考えたら怖がらなくていいものだと気づいてからは少しだけ平静を取り戻していた。

 様子を伺っていると、バイクに乗った数人の青年らがこちらに向かってバイクを走らせているのが分かった。私は咄嗟に祠のそばを避けて反対側に寄って様子を伺った。

 すると、彼らは祠のそばでバイクを止めた。

 見た感じ、大学生くらいだろうか。非常に騒がしく賑やかな印象でホラーじみた印象とは正反対だったので、実は人外なのではないかという非現実的な恐怖は薄らいだ。


「え、ヤバ。誰かいるんだけど。こっわっ」

「もう祟られてんじゃん、やべえ」

「ユーレイ出るの早くね? マジでウケる」


 しかも、私の方が怖がられていた。

 爆笑しながらだから、彼らも冗談半分なのだろうけど。

 それでも言われてみれば、こちらも怖かったけれど、曰くありげな祠のそばにひとりで佇んでいる女……怖いかも知れない。


「えっと、幽霊じゃないよ。道に迷っちゃって」

「えーマジか。おねーさん迷子だってー」

「迷子とかヤバ。ウケる」

「おねーさん何でこんなところ来たん」

「あー……あっちにある集落に用があって。来る時は別の道から来たから、多分途中で道を間違えたんだと思う」


 私はそう言って、ついでに集落の名前も口にした。


「え、あんなとこに集落とかあるん?」

「あ、なんか聞いたことあるわー。ジジババばっかのとこじゃないっけ。知らんけど」

「え、こんな山に人住んでんの? ヤバ」

「それ人間なん?」

「人間じゃなかったらやべえわ」


 ガヤガヤと話す彼らを見ながら、私は何となしに居心地の悪い思いを味わっていた。

 彼らは何というか非常に派手なタイプだ。バイクのことはよく知らないけど、塗装なんかにこだわってそうな感じだし。彼ら自身も派手な格好で、金髪だったり、ピアスをたくさんつけていたり、口や鼻にまでピアスをつけている人もいる。ヤンキーっぽいというか、賑やかにゲラゲラ笑いあっている様子は、いわゆるウェイ系というものなのだろうかと思わせられる。

 一方で私はといえば、幼少時からどちらかというとインドアで、読書や裁縫なんかを好んでいた、地味な感じの人間だった。

 正直言って、彼らのような人種は学生時代から苦手だった。


「つーかツッチーいなくね? 祟り?」

「何で来る前から祟られてんだよ」

「あいつなんか途中で信号引っかかってた気ぃする」

「マジで? やべえ」

「し、ん、ご、う」


 大爆笑をしているけれど、何がそんなに面白いのだろう。

 彼らのノリがよく分からなくて愛想笑いを浮かべつつも見ていると、中のひとりがふとこちらを見た。


「ちな、おねーさん、この祠知ってるー? シューラクの人なんか言ってた?」


 彼の質問に、私は首を振った。


「私にも分からないな。何だか怖いよね」

「え、おねーさん怯えてんの? カワイー」

「ばーか、知らんでひとりで歩いててこんなん見つけたら俺でもビビるわ。めっちゃヤバいやつらしいし」

「それな」

「……ヤバいやつなの?」


 思わず好奇心に駆られて私は尋ねてしまった。


「何か撤去しようとしたら事故ったとかそんな系?」

「やべえ」

「なんかヤバいの封印したとか聞いたよな。知らんけど」

「オレら祟られるんじゃね?」

「何か死人も出たとかー」

「ヤバすぎ」


 ヤバい祠だった。


「だから俺ら見にきたんだけど、おねーさんいてマジびびったわー」

「でも昼間って雰囲気でなくね?」

「まーそのうち日ぃ暮れるっしょ。したら肝試ししよーぜ」

「ねー、この扉の中って何入ってんの?」

「知らん。見れば分かんだろ」

「見んの? やっべえ」

「それもさー、暗い時の方が雰囲気出るくねー?」


 ヤバいことをしようとしていた。


「で、でもこの扉は開けたら駄目なんじゃないかなあ。開けたらお札破れちゃうし」


 私は思わず言っていた。

 そう、観音開きの扉の中央に何やら書かれたお札が貼られていて、ナニカを封印している雰囲気がバリバリなのだ。開けたらお札が破れるか剥がれるかする感じなのも、開けてはならないモノ感がすごい。

 それを平気で開けようとするあたり、彼らは肝っ玉が座りすぎているのか、禁忌の感覚が疎すぎるのかどちらなのだろうか。


「おねーさんマジメじゃーん」

「マジウケる」

「ばーか、おねーさん怖がってるんだからそんなこと言ってやるなって。なー?」


 私の忠告を揶揄っている様子だったが、私は怒ることもできずにヘラヘラとしていた。

 あんまりしつこく言うのは別の意味で怖かった。

 この手のタイプにあまり「優等生ムーブ」をかますと、逆上される恐れがあることを経験則上学んでいた。盛り上がりに水を差されるようなことを、彼らのようなタイプは何よりも嫌う。

 幸い、現在は彼らの機嫌は良さそうだけども、怒らせてしまったらどうなるのか分からない。

 場所は彼らと私以外誰もいない山の中。例え逃げたとしても、バイクに乗っている彼らと徒歩の私では勝負になるはずがない。極端なことを言えば、私がここで殺されても誰も助けられないし、発見されない可能性が高い。

 機嫌は損ねたくないし、男子の集団のノリは、ある意味で祠から感じるホラーの気配と同じくらい怖かった。

 さすがに殺すの殺されるのは極端だとしても、例えばすれ違いざまに卑猥な言葉を投げつけられて、驚いて振り向いたらゲラゲラ笑っていた男子の集団とか、彼らはそんな人たちと同じような雰囲気がある。

 しかも、この曰くありげな祠と組み合わされるとまた最悪だ。ネットミームにまでなった祠破壊系の話にまさに出てきそうなキャラクター性だという印象しかない。

 大人である自分が、年下の彼らにもっと忠告しないでいいのかという良心の咎めはあったけれど、正直なところ自分の身の安全を優先したい。成人はしているだろうし、最後は自己責任だろう。

 強く咎めて彼らに逆上されるのも、祠破壊に巻き込まれて祟られるのも本気で遠慮したい。


「うん……怖いの苦手なんだ。だから」


 そろそろ行くと告げようとして、その前に彼らにこの先の道とどれくらいで麓までつけるのかを尋ねようと私は考えた。

 そして、彼らが親切にそれらを教えてくれたら、その礼としての意味を兼ねて、やっぱりあと少しは説得をすべきだろうなと思った。情報を教えてもらった分の義理くらいは果たすべきだ。

 別れ際に、祠の中身を見ることは本当に禁忌に触れる可能性があること、ましてや祠を傷つけるような行為は厳禁であることは忠告してもいいかもしれない。止められるかは分からなかったけど、水を刺されたと怒らせない範囲でそれくらいは言ってみようと考えていた。

 だけれど私の言葉の途中で、再びバイクの走行音が響いたことで、彼らの意識はそちらに行ったらしい。


「あ、ツッチー来たくね?」

「信号引っかかっただけで遅れすぎだろ」

「それな」

「つか、ツッチー飛ばしすぎじゃね?」

「あいつ馬鹿かよ。山道であんな飛ばさねーべ」

「遅れたからって焦ってんじゃねーの?」

「ヤバ。焦ってんのウケる」


 ゲラゲラ笑いながら彼らはツッチーと呼ばれた人を評している中、本気のトーンでひとりが言ったのが、耳に残った。


「……つか、本気で飛ばしすぎじゃね」


 嫌な予感がして、振り向こうとした時、体に衝撃が走った。

 そう思うと、目の前に空が映った。——体が、浮いている。どうして、と思った瞬間に今度は地面に叩きつけられた。

 つう、と額に液体が伝うのがいやに不快だった

 だけれど、すぐにそんなことを考えられないくらい全身が痛くなる。

 周りで、先ほどの青年たちが騒いでいる。


「な、に……が」


 そう発声しながら、前を向くと横倒しに倒れたバイクの車輪がカラカラと回っているのが見えた。その先に、ヘルメットを被った人物が倒れていて、そこにも青年たちは集まっている。

 バイクにはねられたのだと気づいて、私は愕然とした。

 何で、こんな目に。本当に散々な1日だった。その最後がこれとは、あまりにもひどすぎると思った。

 祠が怖いとか何だとか、そんなことよりもこんなに直接的で絶望的なことがあるなんて。

 ——そう思って、ふと見たのは、件の祠だ。

 そして再び愕然とした。

 祠は、無惨に崩壊していた。きっと、あの祠にもバイクは当たったのだろう。

 思えば、そろそろいとまをして下り道を行こうとしていた自分は下りの道寄りの場所にいた。だから、バイクは自分を跳ね飛ばした後、祠に衝突したに違いない。

 激痛の中で、それでも私は肌が泡立つのを感じた。何とも言えぬ不吉な感覚は、迫り来る死がもたらすものか。いや、それ以上に。ありえてはならないことが、たった今起こったのだと、私の本能が訴えかけていた。

 それにしても。


 ——祠破壊フラグ、回収されるの早すぎ。

 

 薄まる意識の中、私が最期に考えたのはそんなことだった。





「世界を始めたるは尊き創世の神。そして、世界を見守りたるは6つの偉大なる精霊の王。すなわち、光を司どりしライジークス王よ、闇を司どりしアンドロアーズ王よ、水を司どりしフェルシチア王よ、土を司どりしミルドガーナ王よ、風を司りしルースファークス王よ、火を司りしファンティアナ王よ。願わくば、我らの真摯なる祈りが届かんことを。この新たなる命に、どうか祝福を」


 荘厳な神殿の中、司祭は言葉と共に祈る私の頭上に杖を翳した。

 その途端、私は私の中の何かが変わったことを感じた。頭に浮かぶのは、『強奪』の言葉。


 ——強奪スキル。聞いたことがない。


 一瞬の困惑も束の間、次の瞬間には頭の中に膨大な情報が溢れてくる。


 巨大なビルの立ち並ぶ風景、ガソリンで動く車、常に手元にあったスマートフォン。人類はアポロ11号で初めて月に着陸、暗記で覚えた1192作ろう鎌倉幕府、水兵リーベ僕の船七曲がりシップスクラークか。初めて任された大きな記事に張り切っていて、せっかく地方に来たのだから隣の県の祖母の家に顔を出そうとしていて、祠破壊ダメ絶対……。

 

 私の中に、私ではない誰かの記憶が怒涛のように流れ込んでくる。


 ——気持ちが、悪い。


「君、顔がまっ青だが大丈夫かね?」


 先ほど、私に洗礼を与えてくれた司祭が私の顔を覗き込む。

 そうだ。こんなところで座り込んではいけないのだ。今は厳粛な儀式の最中。こちらの都合で儀式の進行を阻むわけにはいかない。両親にも粗相のないように強く言い含められているのだ。


 そう思う一方。


 何故、こんな儀式になど参加しなければならないのだろうと疑問に思う心があった。私は、特定の宗教を深く信仰しているわけではないはずだ。クリスマスにはケーキを食べて、新年になったら神社に初詣、そして死んだら仏式のお葬式をあげることになるはずではあるが、こんな宗教は知らない。キリスト教っぽいけれど、それとも何だか違うし、キリスト教だとしても洗礼式なんて受けるはずがないのに。いったい何がどうなっているのだろう。


 自分の中に2つの自我があって、それがそれぞれ混ざり合うことなく混沌としていて。頭がぐるぐるとする。


「……気持ち、悪い」


 そう呟いた記憶を最後に、私は意識を手放した。





 それから私の意識は闇を彷徨った。

 その不思議な感覚の中、私は私の中で何が起きていたのかを漠然とだが把握していた。夢現を彷徨いながら、私は自分と不可解な記憶について整理しているような状態だった。

 その中で私は自分の中にふたつの自我があるという状態に気づいた。それは、日本という国でアラサーまで生きていた小早川由紀の自我と、レーニス王国の男爵令嬢オレリー・クラメールの自我である。年齢も考え方もまるで違うどちらもが「私」であり、その感覚に私は混乱した。


  これが噂に名高い「異世界転生」かと納得したのは小早川由紀としての自我だ。

 そうして、互いの記憶を整理しつつ、ふたつの人格が緩やかに統合するような感覚を味わっていた。

 その最中、自分がオレリー・クラメールであることを認識すると、小早川由紀は「オレリー・クラスメール」を知っていることに気づいた。それは、昨日読み終えたばかりの小説の登場人物として。しかも、その物語の中の悪役令嬢である。

 暗闇の中で、オレリー・クラメールの知っていることと、小早川由紀が読んだ小説の内容を何度も比べ、私は確信した。私は異世界転生をしたばかりではない。これは、つまりはあれなのだ。「転生したら悪役令嬢だった」という、ネット小説などで非常に流行ったシチュエーションのまんまだ。


 本当に待ってほしい。ホラーテンプレの祠破壊系に巻き込まれたかと思ったら今度は悪役令嬢転生かいと思ってしまうのは仕方ないだろう。私が一体何をしたというんだ。

 いや、別に前世で祠が破壊されたから死んだわけではないのだけれど。言うならばあれは単なる交通事故だ。交通事故で死んでしまって転生パターンは知っているけれども、祠崩壊要素は必要だっただろうか。もしかしてこの悪役令嬢転生が祟りだったりするのだろうか。

 

 ——悪役令嬢に転生させる祟りとか、そんなことある?


  暗闇の中で、私は大いに混乱した。だけれど、その混乱も何とか落ち着いて、ふたつの人格は緩やかに統合されていった。

 お気に召していただければ、下から、コメント、ブクマ、評価等していただけたら嬉しいです。

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