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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なろうっぽい小説

お望みの結末をお届けに上がります

作者: 伽藍

王子様と婚約することになった幸運なシンデレラである男爵令嬢が幸せになるだけのお話。

 もともとは男爵令嬢であるセルマが第二王子と婚約することになったのは、決してセルマの望みではなかった。


 十二歳から始まる魔法教育で、セルマは非常に強い魔力の素養が認められた。それはこの国の誰よりも強く、それどころか高位の妖精にも匹敵するほどの、神代まで先祖返りしたのではないかと思われるほどの強大な魔力だった。


 強い魔法士を擁することは、国力に直結する。また、子どもの魔力量は、両親の魔力量に影響を受ける部分が大きいことが知られている。

 これによって、セルマは速やかにちょうど同じ歳であった第二王子との婚約が結ばれた。第二王子と婚約が結ばれるにあたって、セルマは生家である男爵家の寄親の侯爵家の養女になることになった。


 平民に憧れられるような見事なシンデレラストーリーだ。けれど、セルマにとってその婚約は嬉しいものではなかった。なぜならセルマは、幼馴染みの男爵令息と年頃になったら婚約をしようと約束していて、その相手を好いていたからだ。


 婚約者となった第二王子との相性も最悪だった。第二王子は傲慢な男で、もとは男爵令嬢であるセルマのことを根っから馬鹿にしていたからだ。口を開けば自慢話かセルマを否定する言葉しか口にしない第二王子にセルマは閉口して、ほとほと嫌気が差すまでにそれほどの時間はかからなかった。


 第二王子とセルマの相性は最悪だった。セルマが何をしても、第二王子はセルマを否定した。

 せめて嫌われないようにと愛想良く振る舞えば男に媚びを売る阿婆擦れと呼ばれ、ではと未来の王子妃として教育を受け始めた淑女の仕草をしてみれば卑しい身分の女が貴族の猿まねをしていると嘲笑われた。セルマは学園の実践魔法分野では当然のように突き抜けた成績で一位を取っていたのだけれど、それを第二王子に知られれば身のほどを弁えることもしない愚か者だと罵られ、ではと少しばかり成績を落としてみればやはり自分の婚約者には相応しくないのだと声高に叫ばれた。


 結局のところ第二王子は、セルマがセルマであるだけでセルマを嫌っているのだ、ということにセルマもすぐに気づいたので、やがて第二王子とのお茶会は穏やかに微笑んで第二王子の話を何もかも受け流すだけの時間になった。


 もともと子どもの頃から仲良くしていたはずの、友だちもみんな失った。低位貴族であった友人たちは第二王子の婚約者になったセルマを妬み、ありもしない噂をあちこちで言いふらした。高位貴族のご令嬢たちと新しく友人になろうとしても、もともとは男爵令嬢だからか低位貴族令嬢たちが言いふらしている噂を知っているのか、誰からも相手にされることはなかった。

 幼馴染みの男爵令息に話しかけようと思ったこともあるけれど、相手には眼が合っただけで嫌な顔をされてしまったので、話しかけることはできなかった。もう関係は壊れてしまったのだ、と気づいた。


 図書館の、誰も来ないような奥の奥の、埃を被った古い古い魔導書たちだけが、セルマの友人になった。


 十二歳から十五歳までの初等学園のころは、それでも何とかなっていた。いよいよどうにもならなくなったのは、十五歳からの高等学園に入ってからだった。


 もしかして、という部分はもともとあったけれど、第二王子が年頃になって、男性と呼べる体つきになると問題が浮き彫りになった。そもそも第二王子というのは、ひどく粗暴な男なのだった。


 ちょっとした粗相をしただけで、メイドを打ち据えることも日常茶飯事だった。メイドを打ち据えるときの第二王子のにやにやとした笑みは、見る度にぞっとした。セルマは気づくたびに止めに入ったので、面白くない様子の第二王子との仲はますます悪化した。

 学園に猫が迷い込みなどしてきた日には、嬉々として猫をなぶり殺した。セルマが気づいて止めに入ったときには猫はもう動かなくなっていて、セルマは泣きながら猫を生徒たちが誰もこない学園の敷地の隅に埋めた。後日に花を持っていったときにはどうしてかセルマ手製の猫の墓は掘り返されていて、遺体はどこにも見当たらなくなっていた。


 もう無理だ、と思って、セルマは生家の実母に話だけでも聞いて貰いたくて泣き言を漏らした。けれど実母はまともに聞いているのかいないのか、にこにこと笑った。


「王子妃になれるのは名誉なことよ、よく励みなさい」


 第二王子との婚約を解消したい、と泣きつけば、実母は途端に鬼のような顔をした。


「何を言っているの! 我が家門から王子妃が出るのよ、誇らしいことじゃない! 貴族なのだから婚約の不満くらい飲み込みなさい! あと数年もしたらあなたも成人するのよ、子どもみたいなことを言わないの!」


 昔から実母はおっとりとした性格で、そんな風に怒鳴りつけられたことなどなかった。セルマは怯えるよりも驚いてしまって、ぽろりと涙を零した。

 その様子を見て、実母は心から嫌そうな顔をした。


「いやだわ、この程度で泣き出すだなんて。殿下の前で粗相なんかしないようにね」


 実母はこんなひとだっただろうか、とセルマは自分の記憶を疑った。

 もともと子爵家の三女だった実母は、実父とはほとんど政略は関係のない恋愛結婚だったはずだ。だから、そもそもセルマには男爵家の跡継ぎである実兄がいるのもあって、セルマがほんの幼い頃は、セルマが本当に大好きなひとと結婚するのよ、といつも言ってくれていたのに。


 実母は、泣いている自分の娘に対して汚いものを見る視線を向けるような、そんな女性だっただろうか。

 セルマには、もう判らなかった。ただ一つ判るのは、あの優しかった実母はもうどこにもいない、ということだけだった。


 実母に泣きついた話が第二王子に伝わったらしく、それから数日後には第二王子に呼び出されてひどく殴りつけられた。その頃には、第二王子がセルマに暴力を振るうことも珍しいことではなくなっていた。


 そもそも魔法戦闘をすれば、第二王子よりもセルマのほうが圧倒的に強いはずだ。セルマにだってそれは判っていたのに、振り上げられる拳を見ると、真っ赤に猛った第二王子の表情を見ると、セルマの頭は真っ白になってしまって、防衛魔法の一つも張れなくなってしまうのだった。

 その代わりにセルマは、治癒魔法がどんどん得意になった。いつもいつもセルマは、大きな図書館のカビ臭い地下階で、第二王子につけられた傷をひっそりと治した。カビとインクの匂いだけが、セルマを慰めてくれた。


 養家に頼ることはできなかった。養家である侯爵家には二つ年上の義姉がいたのだけれど、その義姉が婚約しているのは侯爵令息だったから、第二王子と婚約しているセルマが気に食わないらしかった。

 その義姉がセルマについてあることないことを言いふらすものだから、養家の人間たちはすっかりセルマに呆れ果てて、冷たく接してくるのだった。


 そんなことをしている間に、ある日、実践魔法授業の一環で魔獣討伐を行うことになった。魔獣討伐といっても本格的なものではなく、学園で管理している土地にごく弱い魔獣を放ち、戦闘の真似事をさせるというものだった。

 その授業で、事故が起きた。授業で放たれた、ある子どもの鳥の魔獣を取り戻そうとして、親鳥が教師や生徒たちを強襲したのだった。

 よりによって、親鳥の攻撃は第二王子に向いた。第二王子は完全に硬直して、魔力を練り上げることも、護身に持たされている長剣を抜くこともできていなかった。

 だから、セルマが割って入って、親鳥を打ち斃したのだった。

 その様子は、多くの教師や生徒たちが見ていたはずだった。だというのに、翌日には、第二王子が親鳥を返り討ちにして、教師や生徒たちを守ったという話になって流布されていた。第二王子の武勇の話に民衆は大いに喜び、劇化の話まで上がっているらしかった。


 なんだかもう、セルマは嫌になってしまった。結局セルマが何をやっても、どうしたってセルマは認められないのだ、と判ってしまったからだった。否、ずっと昔から判っていたはずなのに、ずっと眼を背け続けてきたのだった。


 その数日後、未来の王子妃同士の交流を深める目的で催されている王太子の婚約者である公爵令嬢とのお茶会で、いよいよセルマは泣きついた。

 第二王子とセルマの婚約は王命だった。生家が男爵家であり、養家の侯爵家も味方とは言えない状況で、セルマ一人で王命を覆すのは難しかった。だから、公爵家から、第二王子の婚約に問題提起をして貰えないかと頼み込んだのだった。


 すっかり憔悴しているセルマに対して、公爵令嬢は道ばたに転がっているゴミでも見つけたみたいな視線を向けた。


「セルマさん、あなたは昔から考えが浅はかだったけれど、いよいよ本当におかしくなってしまわれたのかしら」


 いずれ王太子妃、そして王妃として相応しい、美しく完璧な笑みで、公爵令嬢は言った。


「貴族とは王家に従い国を守るもの。貴族の婚姻に相性や感情など関係ありませんわ。もとが男爵家であろうとも、貴族令嬢として生まれたのであればどんなに嫌な男とでも結婚するのが責務でしょう。あなた、十六歳にもなって、その程度のことすら判っておりませんの? 五歳の子どもだってもう少し物わかりがよろしくてよ」


 美しく完璧な笑みで、誰が聞いてもうっとりとするような優しい声で、公爵令嬢は言った。


 公爵令嬢の婚約者である王太子は、穏やかな人格者で人望の厚い男だった。

 あくまでも仮定のお話ではあるけれど、もしもその王太子が、十歳にもならないような女児を次々に攫って欲望のはけ口にするような男だったとしても、彼女は全く同じように揺るぎなく同じことを口にできるのだろうか。意味のないことを問おうとして、やっぱり意味がないなと思ったので、セルマは結局のところ口を閉ざしたのだった。


 それからしばらくして、セルマは第二王子に呼び出されることになった。憂鬱になりながらセルマが王宮に向かえば、案内されたのはいつもお茶会の会場になる庭園ではなく応接室だった。


 第二王子とセルマが部屋に入るなり、騎士やメイドたちが部屋を捌けていく。不穏なものを感じてセルマが逃げだそうとすれば、第二王子の手がセルマの首に伸びてきた。第二王子がセルマの首を絞めているのだった。


「お前、俺との婚約を解消したいと言っているらしいな」


 言いながら、第二王子がセルマを殴りつける。第二王子が腕を振り上げただけで、セルマの頭は真っ白になって体は動かなくなった。


「お前は何か勘違いをしているんじゃないか? お前の仕事は俺の子どもを産むことだろうが! お前はただ、家畜みたいに繁殖だけしてりゃ良いんだよ。お前の価値なんかその馬鹿みたいな魔力だけなんだからな。家畜なんかと婚約させられてる俺を可哀想だとは思わないのか!」


 セルマには全てを聞き取れたわけではないけれど、第二王子はたぶん、そんなようなことを言った。


 そのあと、セルマは第二王子に体を暴かれた。もう抗う気力はなくて、ただセルマは身を固くして、第二王子からの暴力が終わるのを待っていた。


 それから第二王子は、たびたびセルマを呼び出して抱くようになった。避妊薬なんて飲んでくれなかったし、飲ませてもくれなかったから、ほどなくして当然のようにセルマは妊娠した。

 セルマは学園を退学することになった。あの、セルマを優しく受け入れてくれた、図書館のひんやりと冷えた地下階の空気には二度と触れ合えないのだと思って、セルマは泣いた。

 それっきり、セルマは泣かなくなった。


 第二王子とセルマの婚姻式は、セルマが子どもを産んでからということになった。けれどセルマはもう第二王子の事実上の妃として、王宮に上がることになった。食事も第二王子と一緒になったし、セルマの寝室は第二王子の寝室のすぐ近くに据えられた。


 接する時間が増えれば、第二王子からセルマへの態度はますます粗暴なものになった。子どもが流れたら困ると思っているのか腹部を殴られることはなかったけれど、毎日のように殴られたし怒鳴られた。


 セルマは自分でも、自分がおかしくなっていくのが判った。未来の王子妃としてさんざんに叩き込まれたはずの、今までできていたはずの簡単なマナーができない。今まで使えていたはずの魔法が使えない。今まで理解できていたはずの言葉が理解できなくなった。

 セルマはたびたび食事のときに音を鳴らし、カトラリーを落とした。それを見た第二王子が舌打ちを一つするだけで頭が真っ白になった。


 歩く。転ぶ。殴られる。食事をする。カトラリーを落とす。殴られる。何かを話しかけられる。聞き取れなくて聞き返す。殴られる。名を呼ばれる。視線を向ける。殴られる。椅子に座る。音が鳴る。殴られる。礼をする。よろめく。殴られる。殴られる。殴られる。なぐられる。


 第二王子が同じ部屋にいるだけで、セルマの手足は震えて止まらなくなった。あれほど得意だったはずの治癒魔法が使えなくなった。さんざんに暗記したはずの、それどころか新しく開発さえしていたはずの簡単な詠唱一つ頭に浮かんでこない。王宮の魔法医師に間違いなく治して貰ったはずなのに、どうしても右耳が聞こえない。


 それでも、それでも、セルマの腹は大きくなった。腹が大きくなるのも、腹の中で何かが動くのも、子どもを産むのも、もうセルマには他人のことのようだった。

 生まれた子どもは、すぐに乳母に引き渡されたのでセルマはほとんど関わらなかった。訊けば教えて貰えたのかも知れないけれど、セルマは興味がなかったので自分の子どもが息子だったのか娘だったのかも、子どもの名前も知らなかった。


 国王からはお褒めの言葉を貰って、すぐに次の子どもを作るようにと言われた。

 それからセルマは、立て続けに数人の子どもを産んだ。誰の性別も知らなかったし、誰の名前も知らなかった。最初から興味もなかった。


 セルマが王宮に上がってから、たびたび実母がセルマを訪れた。実母はいつでも楽しそうで、けれど実母が何を言っているのか、セルマにはもう理解できなかった。

 だから言葉が言葉として聞こえたのは、随分と久しぶりのことだった。


「来年には第二王子殿下とセルマの婚姻式ね。王太子殿下の婚姻式がようやく先日に終わったから、次はあなたの番よ。待ち遠しいわ」


 セルマは妊娠していたので、王太子の婚姻式には参加していなかった。そういえばそんな話もあったな、とセルマは思い出した。


 そうか、と思った。

 そうか、自分は第二王子と婚姻するのか、と思った。


 セルマは笑い出した。






 その日、とある王国の王都が、ほんの一瞬で壊滅した。

 人間ならば数十万人分に匹敵するような冗談じみた魔力が、王都の何もかもを滅ぼした。それは魔法という形には至らず、ただ強大な魔力の塊を無作為に振り回したような、理不尽で圧倒的な破壊の力だった。

 生存者は少なく、何が起きたのか理解できたものなど誰もいなかった。直下に大きな龍脈が通っているわけでもなく、幻想種などが生息していたわけでもなく、後世になってもこの災害の原因は謎のままになった。


 そうして何もかもが瓦礫の山となった、王都の残骸で――。

 セルマはただ一人、無傷のまま座り込んでいた。セルマの魔力を受けて見る間に風化していく瓦礫を眺めて、ふふ、と肩を震わせる。


 そうしてセルマは、心底おかしいというように笑い出した。お腹から笑ったのなんて、本当に随分と久しぶりのことだった。

 セルマは笑った。笑った。笑った。


 セルマは笑ったまま、ふと思いついたようにふらりと立ち上がる。瓦礫から一抱えほどもある建材の塊を引っ張り出した。

 セルマは笑って、笑ったまま、その建材の塊に自分の頭を打ち付け始めた。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。セルマは自分の頭を建材に打ち付けた。何度も。何度も。何度も。躊躇いなどなく、まるでそうするために作られたお人形のようだった。

 やがて、セルマは、動きを止めた。セルマは死ぬ最後まで、笑みを浮かべたままだった。


 そうしてセルマは、ようやく幸せになれたのだった。

政略結婚が当たり前だった時代にはたぶんこういう女性が掃いて捨てるほどいたんだろうなあ、と悲しい気持ちになりながら書きました。まあでも作中世界は魔法があるだけ現実世界よりも随分とマシなはず。

勢いに任せてばーっと書きました。あとで見直しにきまーす。書いてたときは楽しかったけどちょっと疲れちゃった。


【追記20250606】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3453075/

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