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失業保険の期間が終わるまでに、正社員としての再就職は叶わなかった。20社近く面接や書類選考を経たが、採用には至らなかったのだ。それでも幸い、前職の事務経験が活きて、派遣社員としての職にありつけた。
今は建設会社の事務として、パソコン業務に携わっている。
収入のない期間は、高校を卒業して就職した息子の給料で食いつないだ。それは弥栄にとって、とても息の詰まるような日々だった。
とはいえ、派遣の仕事が決まった今も、けして安穏とした日々とは言えなかった。
(…派遣の仕事もいつまであるか、わからない)
この建設会社への派遣も3ヶ月契約だった。それが終わると、次を紹介してもらわなければならない。そんな短い契約期間を繰り返す不安定な現状に、未だ息苦しさを感じている。
(仕方がないことだけど、)
派遣業務の傍ら、正社員の仕事を探してはいるが、40代後半の自分にはなかなかチャンスは巡ってこないのが実情だった。
(…前に進んでいる気がしないわね)
最近はご飯の味もわからなくなっている。
そんな日常から逃れたい一心で、休みの度に弥栄は、セレクトショップ「とまり木」へと足を向けた。
だが不定休の「とまり木」の営業日と弥栄の休日が合わないのか、何度足を運んでみても、店の前にはCLOSEDの札が立っていた。
「…まただめか」
そのたびに店の前に立ち尽くし落胆する。
(まさか閉店したのかしら、)
弥栄は何度となく心をざわつかせた。
そんな、セレクトショップ「とまり木」を知って3ヶ月、幾度となく肩透かしを食らったある日、
「わ、開いてるっ」
ようやく弥栄は、「とまり木」の前でOPENの札を見ることができた。
「やった、」
小さく感嘆の声を漏らし、胸の前で密かに軽く拍手する。
そして意気揚々と弥栄は扉に手をかけた。
だが、その手が一瞬止まる。
「………」
一度しか来店していない店で、しかも初対面の女店主を前に、弥栄は自分の過去を晒して涙を流したことを思い出したのだ。
(…えっと、)
いったい自分はどんな顔をして店に入ればいいのか、一瞬わからなくなったが、
(でも、やっと来れたんだ。ずっと来たかったここに、)
それでも弥栄は顔を上げ、前を向き、一気に扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
「………」
意を決して扉を開けたが、こころならずも店内からは響いた言葉は思いのほかぶっきらぼうなもので少々面食らった。
来店を拒否されているのかと、一瞬ひるんで弥栄の足が止まる。
「こ、こんにちは、」
それでも顔を引きつらせながら挨拶をする弥栄に、女店主はカウンターの向こうで顔を上げ、「あらー」と明るめの声で笑ってみせた。
つられて弥栄も微笑み、そっと安堵する。
「あらいらっしゃい、また来てくれたんだねー」
先ほどとは違い、来店を歓迎するような陽気な声音。
「えっと、」
嬉しい反面、来店時のぶっきらぼうな挨拶を思い出し、弥栄は内心、女店主の接客業としての心持ちを少し案じた。
とはいえ、ようやく営業日に巡り会えたのだ。
顔を引きつらせながらも弥栄は、おずおずと女店主に声をかける。
「あの、商品見てもいいですか?」
「どうぞどうぞー、ごゆっくりー」
女店主の言葉に、弥栄は、珍しく踊る心を胸に抱いて、相変わらずギラギラと派手な店内の商品を見て回った。