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「…え、…すごい、」
ここへ来たのは、自分の劣等感を慰めるつもりだった。
だが、古びた雑貨店の木製の扉を開けた瞬間、弥栄は絶句して思わず立ち尽くした。
セレクトショップ「とまり木」
あのチラシを拾った瞬間から、弥栄はこの店を、とまり木とは名ばかりの、閑古鳥の鳴く寂れた雑貨店だと想像していた。
確かに店内には、閑古鳥は鳴いている。
だが、
「すごいでしょ。まあだいたいのお客さんはそう言うねー」
そう言って笑う、カウンターの向こう側にいる女性の快闊とした瞳の強さに、弥栄は衝撃を受けた。
「…ええ、…すごいです。」
「でも売れないんだからね、すごさだけじゃ食っていけないんだよね」
店内に飾られている陶器は、どれもこれもが個性的で、原色のみのパレットの中にいるような派手さに包まれていた。
しかし、これらの陶器は派手だからすごいわけではない。器の一つ一つが、まるで物語が詰め込まれているかのように、なぜか「重い」のだ。
おそらく、作家の思いの強さが滲み出ているのだろう。
弥栄は思わず息を呑んだ。
「…売れない、んですか? こんなにすごいのに」
弥栄は、傍にあったカフェオレボウルらしき真っ赤な器を手にして、率直に思ったことを口にした。
すると女店主は豪快に「アハハ」と笑い、
「売れないねー ほんと、困るよねー マジで」
まったく困った様子もなく手を叩いていた。
弥栄も釣られて愛想笑いを零しながら、狭い店内に並べられた派手な器たちを一つ一つ見て回った。
店内は、ゆったりとしたジャズが流れている。
派手な器たちに似つかわしくないが、なぜか店の雰囲気にはしっくりくる。
この雑貨店はとても狭く、店内を見て回るのには5分とかからない。だが、店内商品を隈無く見ようと思うと、おそらく1日では足りない。
この派手な器たちは、日を改めるとまた違った表情に見える気がしてならなかった。それは、人間の心の機微を描いた小説を、何度か見返すと違った世界が広がる瞬間の心情に似ていた。
だが、売れないのだと、女店主は笑って話す。
(…商売を、道楽でなさってるのかしら、)
売れない器を売る店に、どんな意味があるのだろうか。
見たところ、自分と年端の違わない妙齢の女性だ。ゆとりの中でFIREして、自由気ままに、好きなものを作って売っているのかも知れない。
(…気楽なものね…)
一方で自分は、明日の糧にも困る無職の身。
弥栄は、手にしていた真っ赤なカフェオレボウルをそっと棚に戻した。
もう次の商品に手を伸ばすことができずに、店を後にしようと、一つしかない出入り口の扉に手をかける。
だが、なぜか、まだこの店内の派手な器たちを見て回りたい気持ちを誤魔化せない。弥栄は扉の前で固まったように立ち止まった。
(…悔しい…)
この胸を渦巻く感情は、嫉妬に近い。
自分にはできない生き方で、明朗に笑う女店主は満たされている。自分とは違う。
(…私はこんなに苦しいのに…)
「…いいですね、…売れなくても、お好きなことができるんだから、」
扉に手をかけたまま、弥栄は、自分でも嫌味とわかる言葉を口にして驚いた。
慌てて口を手で覆うが間に合わない。
もうここから出なければ。
もうこのお店には来ることができない。
恥じらいと焦燥感に負けて、扉をぐいっと開きかけたとき、
「好きなことをしてるわけじゃないよ。これしかできないからやってんだよ。」
「…え、」
「だから結婚もできずに、親の遺産で食いつないでるだけの穀潰しなのさ」
女店主は、「アハハ」とまだ笑っている。
その笑い声を、弥栄は、先程はただ楽しそうだと感じていた。しかし今は、
「…そんなことないと思います。こんな素敵な器を作れるんだから、」
あの明朗な笑い声が、笑ってないとやっていけない、女の悲鳴に聞こえた。