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3


 ハローワークに通って3ヶ月。

 すでに6社から不採用通知を受け取った。


 この日も目ぼしい求人情報が得られず、肩にかけた鞄の中の履歴書は活用されることはなかった。


「…はぁ…」


 ため息混じりに足取り重く帰路につく。


 しかしどうにも今日は、いつもにもまして真っ直ぐ家へと帰る気にはなれなかった。


 少し進んでは何度も立ち止まる。


 止まるたび、弥栄はひび割れたアスファルトの歩道にばかり視線を落とした。


(…ああ、今日の夕飯、何にしよう…)


 立ち止まったところで日常からは逃れられない。


 その事実に一度固く目をつむり、再び開いた弥栄の目は、ふいに辺りをキョロキョロ見渡した。


 そして見つけた、脇へと逸れる一本の細い路地。弥栄は吸い込まれるようにその路地へと歩みを進めた。


(初めて通るわ。こんな道があったなんて。)


 そこは昼間とは思えないほど薄暗い路地だった。

 時折足元に視線を落とさないと、得体の知れない何かを踏んづけてしまいそうだった。


 こつこつと響く弥栄の足音以外は音もなく、しんと静まり返った古い商店街。閉じられたシャッターに貼られたテナント募集の看板が目立つ。道路脇のあちらこちらには、酒の空き缶やコンビニの袋が散乱していた。


 夜は一様に賑わうのだろうが、昼間のここはまるで社会から忘れ去られたように人の気配が無い。


「なんだろう、不思議だわ。私ここ、来たことあったかな…」


 そんな寂れた雰囲気が、不思議とどこか懐かしかった。

 

(…懐かしかった? …違う。懐かしいわけじゃない。これは、)


 弥栄はふいに歩みを止めて、薄暗い道の真ん中で小さく笑った。


(…ああ、情けないな…)


 この寂れた商店街が醸し出す敗北感は、今の自分によく似ている。そう気がついたのだ。


「…はぁ…」


 弥栄は再び深いため息を吐く。


 やがて重たい足を引きずるように再び歩き出したとき、ふと、弥栄は、足元に1枚のチラシが落ちていることに気がついた。


「……?」


 しばらく見下ろしたソレは、雑貨店オープンを告げるチラシのようだった。目を凝らし、前のめりに身を屈める。


「…なに、これ、」


 チラシから、ほのかに立ち上る違和感。


 チラシの表を彩る写真は、雑貨を写すというよりも、強い自己主張のような不思議な気概を放っていたのだ。


(…え、なに、ヘンなの)


 写真に写る商品が、どれもこれも個性的すぎる。


「えー………」


 好奇心に誘われて、弥栄はおもむろに手を伸ばし、地面に這いつくばっていたそのチラシを取り上げた。


 チラシに写る商品は、どうやら陶芸作品のようだった。


 それらは小鉢やマグカップ、花瓶のように見えるけれども、絵付けされた色合いがあまりにも斬新で、写真越しに見ても原色が目にまぶしい。


「すごいわね、」


 原色で彩られたこの派手なマグカップでは、おそらくカフェオレを優雅には飲めないのではないか。


「なんて、人を選ぶ商品ラインナップなの。」


 弥栄は思わず笑ってしまった。


 強すぎる個性は、きっと万人には受け入れられにくい。

 おそらく、この雑貨店は流行りの店ではないだろう。

 きっとここは、閑古鳥が鳴いているに違いない。


「…ふふ、」


 弥栄は、心のどこかで、自分を安心させたかった。


 惨めなのは、自分だけではない。そう自分を慰めたかった。


「……よし、」


 劣等感を誤魔化すように、ほんの少し背筋を伸ばす。


 弥栄はチラシを片手に、その雑貨店を探すため、先ほどよりは大きな歩幅で、薄暗い路地を歩き出した。


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