プロローグ 「ロクマとサニ」
初長編になる予定です。
ひとまずプロローグを。
コツコツと書いてなんとか完結まで続けたいと思います。
よろしくお願いします。
「ロクマ先生、あの八百屋さん寄っていきましょうよ〜!ほらワンちゃんこっち見てる!番犬さんですかね、めちゃくちゃ可愛いですよ!おっきすぎる!埋もれたい……!」
商店が立ち並ぶ道の真ん中を少女は自分2人分くらいの高さまで飛び跳ねながら、少し先を歩く男に声をかけた。
「……僕は寄らないけど、サニ1人で埋もれて来な」
「分かりました!ワンちゃんワンちゃんワンちゃんワンちゃん!」
ボフンッ!!!と大きな音を立てて、その少女サニは犬の胸元へと飛び込んだ。
ロクマは目の端にその光景を映すと、ほの緩む口元を抑えながら、歩く速度を落とす。
「ああああああああ(奇声)!えんええ!おおえんおういいえあう!(先生、ここ天国に似てます)」
まだ冬の毛が少し残る犬のもふっとした胸と完全に同化したサニが、気持ちそのままに叫ぶ。
「サニ、犬さんも多分耳痛いから声抑えな、天国もまだ知らないだろ」
小走りで駆け寄ったロクマは、すみません と店主に頭を下げながらサニの肩を掴んで剥がそうと試みる。
犬もサニの余りの勢いに怯えたのか四本の足を全て使って遠くへ蹴り飛ばそうとするが、「うぎぎぎぎぎ」と歯を食いしばりここから離れまいと抵抗するサニの力の前では、成人男性や大型犬の抵抗など無風にも近いものだった。
「サニ、お前の大好きな犬さんが、多分1000匹?くらい寄ってきてるぞ」
「うそ!」
一瞬力が緩んだサニの体を、犬の四肢が力強く蹴り飛ばした。
数m後ろで服に傷の1つもつかないほど完璧な受身をとったサニが「卑怯だぞ」と言わんばかりの目で睨みつけてくるのを尻目に、ロクマは店主の前に歩み寄る。
「店主さん、ご迷惑をかけて申し訳ない。お詫びにと言ってはなんですが、このお店で少し買い物をさせてもらっても?」
「も、もちろんです。何でもどうぞ、安くしますよ」
ロクマは軽く一礼し商品をぐるりと見渡した。
「では、あの赤い……いや、この奥の果実を紙袋いっぱいにいただけますか」
その注文に、店主はほんの少し不思議そうな顔をしながらも、馴れた手つきで紙袋に果実を詰め込んでいく。
「ありがとうございました!またお越しください」
「こちらこそありがとう、また来ます」
「絶対また来ます!次はこのワンちゃんも連れて帰るので!」
サニはロクマの腕から音もなく紙袋を奪い取ると、果実をバクバクと食べ進めながら犬に手を振る。
深くお辞儀をする店主と、牙を剥き出しに呼吸を忘れるほど吠える番犬に見送られ、2人はその店を後にした。
「ふぅ……すごい2人組だったな、もう紙袋空だったし……」
店主は地面にしゃがみ込み愛犬を撫でながら呼吸を整えると、先程は一度見逃したある疑問が頭に浮かんだ。
「あかい……ってなんだったんだろう」
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「ふんふふんふふ〜ん、ふふんふふんふふ〜ん」
「上機嫌だなサニ、怪我だけするなよ」
「分かってますよ先生!あんなに可愛いと美味しいを味わって不幸になった日は今まで一度もないんです!」
サニはスキップをしながら中身の無くなった紙袋を頭に被ると、自分の目がある位置を2本の指で貫き通した。
「んぎゃああああああああ!閉じたのに!閉じたのに痛かった!先生まぶたの上からでも目を突くと痛いです!気をつけて」
「ほら言わんこっちゃない!なんでそんな事するんだよ」
「女の子は全員、紙袋もらったら目と口に穴開けて覆面にするんですよ、何言ってるんですか先生!」
「見たことねえよそんな女の子!」
紙袋の穴越しに、激しく充血したサニの目が覗く。
「大丈夫か?サニ、なにもそんな目が赤くなってまですることじゃ……」
「赤!私の目今赤いんですか!どんな感じですか!」
手作り覆面の不審者が大きな声ではしゃいでいる。
「どんな……か……すごく、痛そうだよ」
「赤いは痛そうな色なんですね!なるほど……!」
サニは腰のポーチから手帳とペンを取り出すと、狭い視界の中で勢いよくメモをとった。
(赤 痛い)
「いや、赤が全部痛いってわけじゃないぞ、さっきの果物だって赤だったし」
「あれもそうなんですね!分かりました!」
サニは鼻息荒く手帳に書き足した。
(赤 痛い おいしい)
「ちょっと違うけど、まあいいか……」
目と果実のイラストを大急ぎで書きあげると、サニはパタンと手帳を閉じ、ふぅと息をつく。
「それにしてもやっぱり羨ましいです!私もいつか先生みたいに自分の目で色を見れるようになりたいです!」
「そんなに見たいのか……?いいじゃないか、色なんて無いなら無いままで生きていけるさ」
「見たいですよ!失色後に生まれた世代は私含め、全員そう思ってるんじゃないかなあ」
「そんなもんなのか」
「そんなもんです!」
「……また来るといいな、色のある時代が」
「きっと来ますよ!先生が居ればね」
(そんな時代来なくていい、来ない方がいい)
胸を刺すような痛みと共に一瞬吐き出しそうになった、目の前の少女を傷つけるための言葉を喉の奥にぐんと飲み込んで、ロクマは笑った。
「帰ろうか、少し暗くなってきた」
「はい!あ、ちょっと待ってくださいね、えいっ!」
サニが紙袋の上から口のある場所を指でこじ開けると、今空いたばかりのその穴から、水たまりができるくらいの血が勢いよく飛び出した。
「っ……!かっ……!のど……が……!」
「何やってんだ!この辺全部真っ赤じゃねえか!帰ったら薬草飲ますからな!」
「お……い……す……!(美味しくないから嫌です)」
後に手帳の内容は
(赤 痛̶い̶ おいしい めっちゃ痛い)
に修正されたという
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