良い手応え
「ふぁ~あ……よし、今日が勝負の日ね」
今日は私とクリスはお父様と一緒に、明け方に起きて街の市場にやって来ていた。
ここに、村で租税として納められた様々な物を売りに来たのだ。村人が私達の所に持ってくるのは作物だったり、小型の魔物の毛皮だったりと様々である。しかしほとんどの作物は傷んだりするからそのままずっとしまい込むなんて出来ないし、貴族が国に納める税はお金の形でなければならない。なので備蓄分を除いてこうして街の市場で売ってお金に換えるのだ。どこかの店にまとめて売ると楽だけど手数料の分値が下がっちゃうからね。
市場は賑やかで、大小さまざまな陶器、色とりどりの布が並ぶ店や、香ばしい匂いが漂う屋台も並んで人手ごった返している。「クリスティナ」にとって見慣れた風景だった。
種類ごとに作物が入った箱や袋を並べる父さんの隣で、細かい商品を並べるための組み立て式の机にこの半月あまりで作ったハンドクリームを並べていく。お母様の作った刺繍や縫い物も加えて……これで準備完了だ。
「姉さんは今月手に使う専用の傷薬を作ったんだっけ?」
「ええ。いつも売ってる刺繍よりも良い売り上げになると思うの」
「たくさん売れると良いね」
クリスは私とお父様に声をかけると、いつもの本屋に向かって行った。
さて、と。私は机を見下ろした。
私が前世の商品知識を参考に作った、傷を治す力のあるハンドクリーム達。ハンドクリームというもの自体が商品として存在しないこの世界では十分需要があるはず。実際、最初の方は村の女性に紹介したらすぐに売れてしまった。その後も順番待ちが発生したくらいだ。
今回持ち込んだのは四十三個。あれから、鉄串を束ねたものを泡立て器の代用品にしたり、油を少しずつ加えて作るなど手順も少し変えた事でかなり効率化出来た。でもやっぱり腕は鍛えられたわね。
ちなみに、五個は売れないと軟膏壺の容器代にもならないので内心冷や冷やしている。贅沢を言うと全部売れて欲しいけど……。
私は、お客さんに試しに使ってもらうために使っている開封済みの軟膏瓶を手に、深呼吸をした。こういうのは恥ずかしがらずに自信を持って声を出した方が良い。
私は前世で接客業のバイトをしてた時を思い出しながら、市場を行きかう人たちに向けて大きな声を出した。
「洗い物で手が荒れてお困りの方はいませんか? そういったお悩みを瞬く間に解決してくれる商品を持ってきたんです! ぜひお試しください!」
私の言葉に、心当たりがあるのか数人の女性が立ち止まった。私は彼女達の手を観察する。一番、ハンドクリームの効き目がよく分かりそうな手荒れをしているおばさまと目を合わせて、手招きをした。
「とっても良い物なので、ぜひ試すだけでも。すぐに効き目が分かりますよ」
私が実演販売をすると察したらしい他の人達も、おそるおそる近寄ってきた。
集まってきた五人と一人一人目を合わせてから、私は商品説明に入る。
「もちろん冬が一番つらいですけど、洗い物をしてると一年中手が荒れますよね」
女性達は同意を示すようにうんうんと頷く。
私は、手招きした女性に「この薬を手に塗ってもいいですか?」と確認を取ってから、彼女の片手をとる。
「お嬢さんみたいなすべすべの手の子には分からないでしょ」
ハンドクリームを塗る私の手の感触を見てか、女性はちょっと皮肉そうに笑った。
ふふん、しかしこの指摘は想定済み。むしろよくぞ言ってくれたというべきかしら。
「いいえ、私自身手荒れに悩んでいたです。これを作ってから綺麗に治ったんですよ。今でも毎日水仕事をしてます」
「そうなの?」
「本当に?」
私は自分のすべすべの手を、彼女達に見せるように誇らしげに掲げて見せた。手の平の裏と表どちらも良く見えるようにくるくると回す。
「ほら、見てください。今クリームを塗ったこちらのご婦人の手も、左だけすべすべになっているでしょう?」
「あら! 本当だわ」
「まぁ、右手と全然違うわ。すぐに効くのね……!」
観客達は女性の左手を取り囲んで声を上げた。
実際、ちゃんとした魔法薬だから、ただの傷薬と違って使えばすぐに傷は治る。冒険者でもなければ、普通外傷用の魔法薬なんて使った事ない人の方が多いだろう。
これは雑貨に売っているような「ただの傷薬」よりかは高い。でも普通の人の知る「魔法薬」と比べると驚くくらい安いと感じるだろう。
私も始めて見た時は感動したわ。魔法薬自体が持つ魔力を消費して、小さい傷を治す弱い魔法が働く、らしい。生憎私に魔力はないので原理を学んだだけだが。
「昨日の晩なんて、夕飯の支度の時に指を少し切っちゃったんですけど、そのくらいの傷もこれで治っちゃうんですよ。傷がある手で洗いものするのってすごいつらいじゃないですか」
「こんなにすぐ傷が治るの」
「たしかに、そう言われると。小さい傷でも、あると家事がおっくうになるわよね」
やっぱり。需要はあるのよね。
なんか、魔法がある世界だからかなぁ……魔法でわりと何でも出来るせいと言うか、工夫を考える人があんまりいないのよね。同じ事を素早く出来るように技術を磨く方向の工夫はするのよ? けど効率良くする工夫がないというか、便利になるように考えるのを放棄されてると言うか……。
例えば、なんらかの理由で不作が発生した時、この国で一番最初に取られる手段は「魔法使いに頼む」なのよね。水不足が原因なら、ため池や用水路を作ろう……とかじゃなくて、「魔法使いに畑に水をまいてもらおう」になる。で、また水が足りなくなったら魔法使いに依頼を……って感じ。
それが普通で、常識だと思ってた。魔法使いに頼むほどの事じゃなければ、我慢しよう……そう考えるのが当たり前だったのよね。
だから洗い物の手荒れも、薬師が売ってるような高価な外傷用の魔法薬を使う程じゃない、だから皆時間経過で治るのを待つだけ。
前世の記憶を得た私は、これって「魔法」「魔力」の価値を保つために貴族達に誘導されてたんじゃないかしら……なんて思ってりもするんだけど。
それは置いとくとして。今までそれが普通だっただけで、「しんどいのが解消する」と教えてあげれば……? その「快適」にお金を出そうと考える人はかなりいると思う。
「でも、こういう魔法薬って高いでしょう?」
「これは材料を自分で採ってきて作ってるので、お求めやすいお値段で作れてるんですよ」
それに、クリームに混ぜてるからかなり薄めてるし、血が出るような傷には使えない弱い魔法薬だしね。
軟膏壺の前に置いた値札を指し示すと、やはり思ったよりはるかに安いと感じたようで小さく声が上がった。
「あなたが作ってるの?」
「ええ。ウヴィリエ村の三本の薬さじの薬師に弟子入りして、ちゃんとお許しを得ています」
「あら、そうなの」
それを聞いたお客さん達の顔が安心して緩む。
薬師としての実歴を反映する「さじの紋章」、今のは「三十年薬師をしてきた師の元でちゃんと学びました」という言葉になる。
けど、この世界にはこうした医薬品を売るにも資格とか届け出とかは明確には存在しないので、後はこの商品と私を信じてもらえるか、みたいなところあるのよね。証明するのも難しいし。
まぁ、製造資格や届け出とかがない世界だからこそ、私が魔法薬のハンドクリームなんて作って売れるわけだけど……。
村で女性たちに人気だったように、商品を紹介して実演して見せた第一号の観客達は五人ともハンドクリームを購入してくれた。
これから手荒れやあかぎれに悩みながら家事をしなくて済むと考えたのだろう、皆笑顔だった。私もそれを見て嬉しくなる。
無事市場でも売れる商品だと確信できたわ。よし、この調子でどんどん売りたいわね。