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まずは行動



 考え事がまとまった私は、気を取り直すと家事に戻った。通いの使用人が一人しかいない我が家は、こうして私やお母様が家事をする事も多い。

 でも何だか今は、「そもそも使用人がいる時点ですごいじゃない」って思っちゃうのよね。これは前世の感覚が強く出てるせいかしら。


「姉さん、具合はどう?」

「大丈夫よ。ちょっと立ち眩みしただけだったみたい」


 作った夕食を食卓に並べていると、二階から降りてきたクリスから体を気遣う言葉をかけられた。

 今日のメニューは芋と豆のスープとパン、牛乳、以上。……うーん、たんぱく質が明らかに足りてないのが分かる。クリスは成長期なのだから、もうちょっと良い物を食卓に並べたいわね。……と、私も同い年か。


「日差しに当たったせいかしら。ティナは肌も白いから、気を付けないとね。しばらく暑い日が続いているし」

「そうね、気を付けるわ、お母様」


 前世を思い出して混乱してるのを誤魔化すのに体調が悪いって事にしちゃったけど、失敗したかしら。明日森に行くのはやめなさいとか言われたらちょっと困るわね。

 少しひやっとしたものの、そこについての言及はなくて良かったわ。その後は普通に家族団欒が進む。

 日差しと言えば、ビタミンも取りたい。日焼け止めも無いし、紫外線には気を付けないと。自分とよく似ているお母様を見てそんな事を考えてしまう。私もお母様似で色白だから、シミが出来たら目立つわよね……。

 でもそもそもビタミンってこの世界にも存在するのかしら……? まぁでも、魔法薬でもっと効き目が良い物を作ればいいか。


「今日で翻訳がまた一冊終ったんだ。次の市が立つ時に僕もついて行くね」

「そうか、クリスはすごいな。知らない国の言葉が読み書き出来るなんて」

「父さんと母さんが本をたくさん買ってくれて、勉強を好きなだけさせてくれたからだよ」

「クリス……」


 父さんは畑仕事で日焼けした顔をおさえ、若干涙目になっていた。

 そう、クリスは本当に、天才なのにすごい良い子なのよ。だからこそ、私も全力で応援してるし、力になってあげたいと協力している。

 私もクリスもアルバイト代はほとんど学費用に貯めてて……。しかし「十四歳の子供が学費のために働いてる」って考えると児童労働が……とかつい考えちゃうわね。いやいや、前世と今の世界は常識が違うから……。


「今年は気温が高い日が多いから、収穫にも影響が出そうでつらいな……」

「そうね。でも天候はどうにもならないものね。今のうちに保存のきくものを多めに用意しておかないと……」


 確かに、森にも日差しで焼けてる葉っぱが目に付くようになってるかも。秋の実りに影響が出そうね。考えて採取しないとだわ。

 お母様も食事の手を止めて考え込んでいる。


「はは! なに、大丈夫だ。お金の事は俺とジェミーナに任せなさい」

「……そうよ、あなた達は心配しないでいいの。クリスも翻訳の仕事は控えても良いのよ。入学後の予習もあるでしょう?」


 そんな事言われても気にしない訳にはいかない。我が家のお金の内情は知ってるし。

 けど変に困らせたくもないから、私とクリスはその場は曖昧に流すしか出来なかった。




「よーし、材料を集めるわよ!」


 翌日、私は勇ましく森に入って行った。

 前世では山歩きなんてした事なかったけど、クリスティーナには慣れた山道だ。藪の隙間から、素人目には見分けがつかない細い道を見つけてさくさくと奥に入って行く。

 

 運が良い事にこの森には肉食の獣や怖い魔物はいない。いるのはスライムか、人間を見て逃げる臆病な草食のものくらい。なので比較的安全に森の恵みを採る事が出来る。

 今日探すのはメリアの種、いくつかの薬草、そして香り付け用にキシュの花かメトロトの葉が欲しいわね。

 薬草は、ちょっとした傷に使うような魔法薬の材料と同じ物。商品づくりとしてまず私はこれで、あかぎれや手荒れも治してくれるハンドクリームを作るつもりだった。


 普通、この一番効き目の弱い外傷用の魔法薬は薬師の工房では作っていない。私も今までは見習いの練習として習ったきりで、それ以来作ったことはなかった。レシピだって忘れかけてて、習った事を書き留めてる紙の束を見直したもの。

 だって、薬師が普通作るのはもっと高い薬だけだって思ってたから。現に商品として並んでいるのは冒険者が使うような、命に係わる怪我に使うような魔法薬だけで、「まぁこのくらいならほっといてもすぐ治るし」って怪我に魔法薬を使おうなんて誰も考えない。

 けど手荒れやあかぎれなら、この最下級の魔法薬で十分に治る。更に油を加えて保湿も出来るようなものを作れば、ハンドクリームは十分商売になると私は考えたのだ。


 洗い物の乾燥・手荒れは地味にしんどい。前世みたいな肌に優しい洗剤もない。お皿を洗う石鹸には汚れを擦って落とすためのやすりみたいな粉が入ってて、すごい手が荒れるのよね。しかも変な臭いがするし。

 なのでまず私もハンドクリーム欲しい、と考えてこの商品を最初に作ろうと思い至った訳である。今の状況で作れるもの、という条件にも当てはまるし。

 もちろんちゃんと汚れが落ちるけど肌に優しい石鹸も、ゆくゆくはシャンプーやリンスも欲しいけど。まずはこれだ。

 一応魔法薬だからそれなりにコストはかかるけど作るのも材料を集めるのも私だ。油で薄めて商品にする訳だからそんなに量を使わないでも作れるし。

 だから絶対売れると思う。皿洗いだけじゃなく、洗濯も手だし。もちろん手がバリバリに荒れる。


 私はハンドクリームに思いを馳せながら材料を探す。早速メリアの樹を見つけて、下に落ちている実を籠の中に拾い集める。あ、あっちの岩陰にダイロスタデも生えてる。これも採っておきましょう。

 採取はいつもしているので、考え事をしながらでも出来る慣れた作業だ。



「十分集まったから今日はこのくらいで帰ろうかな……」


 太陽が天辺に登った頃、私は目的の物で一杯になった籠を見下ろしていた。もちろん、依頼された採取の方も忘れていない。


「あ、ハチの巣!」


 帰る途中、来る時には気付かなかったハチの巣を見つけた。ミツロウ、蜂蜜……! なんて運が良いのかしら。ハンドクリームに加えたらよりしっとりした良い物が作れるわね。


「けど今日は何の準備もしてないから、また違う日に来ないと」


 私は注意深く、周りの樹の様子や遠くに見える山の角度を記憶して、近くの樹の幹に石で傷を付けてから上機嫌でその場を離れた。




「トトラおばさま、ありがとうございます! 圧搾機だけじゃなくて、魔法薬を作る道具まで貸してくれるなんて!」

「いいのよ。ティナちゃんの採ってきたものはいつも質が良いからね。代わりにその……ハンドクリームってやつが出来たら一つ分けてちょうだい」

「もちろん! 楽しみにしててね」


 メリアの種は、事情を話したらトトラおばさまの工房の圧搾機を使わせてもらえる事になった。それだけではなくて魔法薬を作る設備まで貸していただけた。刻んで煮込むのは家の台所を使おうかと思っていたので嬉しい誤算だ。飲み薬にも使う材料なので、よく洗えば平気だと思ってね。

 森から戻った私は魔法薬作りの手伝いを終え、今日の売り物を全部作り終わった後の工房の中を使わせてもらっていた。もちろん終わった後は洗浄と掃除も私がやる約束で。

 さて、流石に陽が暮れる頃には家に着かないとよね。私は気合を入れ直して作業を始める。


「んぎぎぎ……!」


 まず全身に力を込めて油を搾る。圧搾機のハンドルに体重をかけても、ちょっとずつしかとれない。これ以上は無理、って所まで搾り取ったら終わり。うーん、触った感じまだ油は残ってそうなんだけど。でも魔法なしのヒューマナルの腕力ではこれが限界よね。獣人やドワーフならもっと絞れるんだろうけど……。

 私は圧搾機の中から搾りかすを回収すると、中を丁寧に掃除した。

 最下級魔法薬は、正しい材料を刻んで正しい温度と手順で煮込むだけだ。魔力が含まれている素材を使えば、魔力なしでもこうして簡単な魔法薬なら作れる。

 絞った油と、作った最下級魔法薬、ここに香り付けのハーブと、レチ豆から作った乳化剤を加える。この量の油と水ならこのくらい……と計算した量を量って入れる。

 レチ豆の乳化剤は色々な魔法薬に使われているものだ。私でも作れるけど、結構手間と時間がかかるのよね。次補充する時は今使った分も含めて私が作りますと約束してある。


 そして、容器に入れて蓋をした材料を……ひたすら振る! 混ぜる!

 前世みたいに便利な業務用の攪拌機がないどころか、泡立て器も見た事ない。薬さじでかき混ぜるよりかはこっちの方がまだ効率がいいけど……。


「はぁ、はぁ、はぁ……重労働だわ」


 水、油、乳化剤、まぁマヨネーズと同じ原理。

 材料たちは中々混ざる気配はない。振り混ぜる手には「パチャパチャ」と軽い感触が伝わって来る。

 そうして頑張る事しばらく。

 

「そ、そろそろ乳化されたかしら……?」


 息切れして、手がだるくなって、小休止を挟みつつ……ようやく水っぽい音がしなくなって、クリーム状になってくれたようだ。

 これを、軟膏用の容器にヘラでならしながら入れていく。この軟膏壺はトトラさんの工房から買い取ったものだ。ガラスはあるけど高価なので、こうして陶器の方が広く使われている。


「ふー……何とか、完成したわ」


 思ったよりかなりいい運動になってしまった。疲労困憊だ。

 今日採ってきた材料を使って完成したのは……軟膏壺八個分半か。この半端な奴は自分用、完成品はトトラおばさまに一個渡して……お母様にもあげるでしょ、試してもらう用にも一個確保しないと。商品になるのはとりあえず五個ね。

 掃除をしながら頭の中で材料採取にかかった時間、作るのにかかる手間、軟膏壺の代金、利益、いくらまでなら出してもらえそうか、そういった事を含めてとりあえず値段を仮で決める。


「よし、市場の日まで、全力でハンドクリームを作るわよ……!」


 良い未来が見えた私は、くたくたになって力の入らない腕の事なんて忘れてとてもご機嫌になっていた。翌日? 当然物凄い筋肉痛になったわよ。

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― 新着の感想 ―
搾りかすは、肥料になりませんか。 菜種や大豆などから油を絞った後のそれを、〈油かす〉と言いまして、有機質由来の肥料として活用されます。 その種の知識は、この世界では不十分であるかと。 肥料もお金になる…
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