お茶会準備
そうしてお母様とちょっとした衝突があった翌日、予定していた通りにジークさんがやってきた。
出資してる事業とはいえ。人を遣わせてもいいのに、こうしてご自分が直接持ってきてくれるなんてとても熱心よね。社交的になったシアちゃんが会いたがってるから、というのもあるでしょうけど。
期待に応えられるようにしっかり事業で成果を出したいわ。私は気合いを入れ直した。
お母様が変なことを言ったせいで、何だか妙な罪悪感を思い出しそうになるわね。ジークさんにも悪いし、余計なこと考えないようにしないと。
「ティナさん、白粉の容器が完成しましたよ。お望みの通りになってますか?」
彼が取り出した箱の中には布が敷かれ、陶器の入れ物がぎっしりと納められていた。そう、白粉を商品として売るための容器をメイソン領の街で注文していたのだけど、それが完成したのだ。使い心地などを参考にこれから細かくアップデートをしていく予定なので、とりあえず20個ほど。
今までは街の問屋さんからトトラさんが仕入れてる、飾り気のない軟膏壺に入れていたのだが、シアちゃん達が可愛らしい白い陶器の壺に入れ替えて使っていたのを真似させてもらったのだ。
蓋の部分に取り付けられているリボンを持ち上げると、中は空洞になっている。ここに、村の女性達にお裁縫を発注して作ってもらったツノウサギの毛皮で作ったパフと、商品の色白粉を入れるわけだ。……うーん、心が躍るわ。
こうして出来上がったものを手に取ると、自分の想像を遥かに超えた美しい仕上がりになってると感じた。釉薬で白く塗られた陶器と、蓋に結んである、持ち手にもなるリボン。シンプルだがとっても可愛い。
「……すごい、本当に素敵……! ジークさん、ありがとうございます!」
私は目を輝かせ、色々な角度から白粉の入れ物を眺めた。シアちゃんも、そんな私の様子を面白そうに見てくる。
「ブラシじゃなくてこのモフモフを使って顔に塗るの?」
「ええ。もちろんブラシを使ったほうがしっかり着くんだけど、薄く全体に着けたいときはこのパフを使ったほうがキレイに仕上がるのよ」
「へー」
そう言いながらシアちゃんは、私が用意したパフを興味深げに触っていた。良い手触りよね、それ。
デザインを伝えたのは私だけど、実際完成したものを手に取るとやっぱり感動するわね。やはりお化粧品にはパッケージって大事だわ。
「これなら、貴族向けに売ってもおかしくないわ」
「素晴らしい商品でしたが、これでより手に取る女性が増えそうです」
私がはしゃいでるのを見て、ジークさんも嬉しそうにしてくれている。商品にまでこうしてちゃんと興味と熱意を向けてくれるなんて、素晴らしい後援者よね。
「そうだ、以前白粉の次に作りたい化粧品について話をしてたでしょう? その口紅の試作品が完成したんです」
私は用意していたものを取り出して、ジークさんの前に並べた。
「貝殻?」
「はい。これは昨日完成したばかりで、専用の入れ物が用意できなかったので」
私はそう言って、根本に穴を開けてリボンで閉じていた貝を開いて見せた。中には、赤以外にもピンクやダークレッドなどの口紅がそれぞれ入っている。
前世でも、口紅って貝殻が入れ物に使われてたことがあるのよね。きれいだからって砂浜でたくさん拾っておいて良かったわ。
「わぁ! 色んな色があって、キレイ!」
「確かに、こんな夕焼け色や深みのある赤い口紅は初めて見るね」
「さらにこの液を塗って乾かすと、石鹸で洗うまで落ちなくなるのよ。紅茶を飲んでも、カップに口紅がつかないの。見て」
「すごーい」
私は自分の唇を指し示した。もちろん、ジークさん達が来る前から口紅と、コーティング用のスライム液を塗って乾かしてある。それを見せつけるように、紅茶の入ったカップに口をつけたがピンク色の口紅は少しも落ちなかった。もちろん、カップの口元もキレイなままだ。
「……これなら、茶会に出る貴族の女性達に大人気になると思うの!」
「そ、そうですね……すごく画期的な商品だと思います」
「いえいえ、ジークさん、ちゃんと見てください。私の唇、ほら、今紅茶を飲んだのに口紅が落ちてないでしょう?」
「それは、はい、あの」
「ダメですよ、ジークさんが出資する商品ですよ。しっかり評価してください」
私は自信満々で商品の素晴らしさをアピールしてるのだが、ジークさんがこちらを見ようとしてくれない。しっかりこの口紅の発色や、いかに落ちにくいかをちゃんと分かってほしいのだが……。
「ティナちゃん、お兄様にはちょっと刺激が強いみたい」
口紅の何が?
疑問に思ったが、早速使ってみたいと希望するシアちゃんと、レナさんから口紅とコーティング剤の使い方を尋ねられたので、まぁいいかと後回しにしておく。
「まずは普通に口紅を唇に塗ってください。リップブラシか、指でも大丈夫です」
向かい合って、跪いた美女が美少女にお化粧を施している様子はとっても眼福だった。この映像で口紅の広告にできそうだわ。
「そしたら、このコーティング液を口紅の上に塗ってください。薄くで大丈夫です。乾くまで口をぱかっと開けておいてね」
ヒヨコみたいに口を開けたシアちゃん、不可抗力の姿だけどとても可愛い。
ひそかにその姿にキュンとしていた私だったが、しばらくしてコーティング液が乾いたらしく、自分の唇を触って指に色がつかない事に感激している様子を見せてくれた。
「すごーい、口紅が落ちない! それに、真っ赤じゃなくてピンクだから、とっても可愛い」
「ほんと、似合ってるわシアちゃん」
レナさんの取り出した鏡を覗き込んでニコニコしているシアちゃんはほんとに天使みたいに可愛くて、私もつられて笑顔になっていた。
「本当ですね、全然色が落ちず、カップにも着かない。素晴らしい商品ですね」
今度は、シアちゃんの唇をしっかり見据えたジークさんは感心していた。そうそう、さっき、こういう反応が見たかったのよね。
「お茶会にはこの口紅の試作品も持って行って売り込みたいと思ってるんです」
「きっと大注目を浴びますよ」
そうよね。でもまだ生産体制が整ってないから、しばらくは順番待ちが発生しそうで、申し訳ないわね。
私は早くもお茶会後の明るい未来を思い浮かべていた。そうだ、口紅の容器も考えないとね。こっちはどんなのがいいかしら。
「それと、お化粧品を売り出すお店としての名前なんですけど。商売の届け出を出す時に使った、うちの家名をそのまま使おうと思います」
「では、『ルミリエ』と?」
「はい。他にも色々考えたんですけど、響きも良いし、語源になった『光』って意味も素敵だし」
「僕もそう思います。良い名前ですね」
後は、「ルミリエ」はこの村の名前でもあるから。お化粧品が有名になったらこの村の宣伝になるんじゃないか、なんて下心もある。
「それとティナ様。テーラーに預けていたこちらもお持ちしました」
お化粧品についての話がひと段落したところで、レナさんから大きな箱を差し出された。こんなに上等で大きな包みを受け取る心当たりが思いつかなくて、一瞬固まってしまう。
「これは……ああ、そっか。サイズ直しを頼んでいたドレスね」
「ええ。本当にお似合いでしたので、次の茶会でぜひお召しください」
うちは貴族といっても貧乏なので、私はいつも親戚から融通してもらったお下がりのドレスを着続けていた。同じものを毎回着てるのは私だけだったけど、実際買い替える余裕はなかったし……魔力なしと一目で分かる黒髪で、美人でもない自分が着飾っても仕方ないと思ってたから、他の子みたいに新しい素敵なドレスが欲しいなんて、言った事一度もなかったし。
でも前世の記憶を取り戻した私の意識は違う。誰に認められるではなく、誰に見せるでもなく、自分がおしゃれしたかったらしていいのだと分かっている。もちろん、TPOは考えた上でだが。
このドレスは、私が自分で望んで初めてする「オシャレ」になるのね。夏の空みたいな鮮やかな青色の、素敵なドレス。すごく楽しみ。
ちょっと高い買い物だったけど中古だから新しく作るのと比べたらずっと経済的だし。何より、お化粧品の宣伝をするには私自身がある程度素敵な格好をしていないと訴求力が弱くなっちゃうもの。だからこれは必要経費なのだ。
「もう一着の方はこちらに」
レナさんから、私は今受け取ったのと同じ大きさの箱をもう一つ受け取った。もちろん、これも私がサイズ直しを頼んでいたドレスだ。ただし、私のものではない。とある目的のために用意したドレスだった。
「代わりに受け取ってきていただいて、ありがとうございます」
「いいえ、このくらいいつでもお力になりますわ」
色白粉も口紅も、私の商売の主力商品になるだろう。これを武器に、私は茶会の準備としてお母様に、化粧品を宣伝するための協力を頼むつもりだった。
女の子だからお嫁に行くのが一番幸せとか、商売で目立っちゃダメとか言われたけど、大人しく言う事を聞くつもりはない。
私が作った化粧品がいかに素晴らしいか、どんなに売れそうか、お母様にはしっかり分かってもらわないとね。それに、この商売がいくら利益を生むのかが見えたら、今よりは結婚しろって言わなくなるでしょう。