表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/34

口紅開発


 この世界の金属や鉱石に詳しい人と繋がりを持つことが出来ただけではなく、新しいお客さんまで紹介してもらうだなんて、どこで何があるか分からないわねぇ。

 私は先日出かけたメイソン領の港町であった事を思い出しながら、大きな貝殻で出来た入れ物の蓋を開けて中身を眺めていた。そこには、色とりどりの欠片が入っている。あの港町の宝石店で資料として買っていただいた、実際化粧品として使われてる鉱石や金属である。


 どれもこれも、綺麗にカッティングされて貴金属の台座に納めれば、アクセサリーとして需要が生まれる存在だ。こんな貴重で高価な物を粉末にして使って、顔を洗ったらなくなっちゃうんだから化粧品の値段が高い訳よねぇ。

 しかし、私が発見した、色スライムから取り出した色素ならこれらの原料に比べるとかなり安く、そして安定した量を製造できる。まだ青や緑色は作れないけど、確実にこの世界の化粧品の歴史を変えるだろう。自惚れじゃなく、これは断言するわ。


 しかし当分は市場を作れるほど大量生産する事は出来ないから、しばらくは知名度と顧客を増やす事に注力しなければならない。けど条件さえそろえばすぐにでも化粧品の常識を塗り替えるのは間違いない。

 それまで、このスライムで作る色粉の製法を絶対に知られないようにしないとだわ。気を付けないと、また大きな商会に作り方を盗まれて終わりになってしまうだろう。ジークさんっていう後ろ盾がいるから、以前程軽んじらる事はないんじゃないかとは思うけど……。


 色白粉は今後も作っていくけど、当然、これだけで化粧品業界に切り込めるとは思っていない。

 スライムの色粉で作れる色はピンクがかった赤からオレンジ、鮮やかな黄色から茶色まで。これを一番活用できる商品。色白粉の次、私は口紅を作るつもりだった。やっぱり「お化粧する」ってイメージの中で口紅って大きい。私が記憶を取り戻したきっかけも、口紅だったわね。

 すっぴんでも、口紅だけ塗ってれば化粧してる感は出るじゃない? そのくらい、お化粧において口紅が持ってる役割って大きいし。


 もちろん既にこの世界にある口紅とただ同じものを作るつもりはない。たしかに、スライムの色粉を使えば今あるものよりも様々な色の口紅がすぐ揃えられるので、それだけでも目新しいものが作れるとは思う。


 けど私が作りたい「全く新しい口紅」として思い浮かべているのは、「ティーカップにつかない口紅」なのだ。

 前世でも落ちにくい口紅、グラスにつかない口紅として売りにしている商品はたくさんあった。けど、やっぱりああいうのも完璧って訳じゃないのよね。ほんとに絶対落ちない訳じゃなくて、「普通の口紅と比べると色持ち良い! 確かにあんまりグラスにもつかない!」って感じ。

 でも、この世界の魔法素材を使えば、ほんとに「ティーカップにつかない口紅」、作れちゃうと思うの。


 私がそのために目を付けていたのは、これまたスライムだった。使うのは、色成分を作る時に取り除いていてる水っぽい体液の方。これ、何もしなくても糊みたいな性質ではあるのよね。前世の文房具の液体のりよりは大分弱いけど、イメージとしてはあんな感じ。同じように、乾いた後濡れるともう一度べたべた状態になってはがれてしまう。


 でもスライムの色粉を作る時にやってるみたいに、私の魔力を流して「状態を固定」ってやつをすると、乾いた後水に溶けなくなるの。どういう理屈かはやっぱり分からないんだけど……。


 これがかなり強力な耐水性があって、一回乾くと落とすのには石鹸を使わないといけないの。鍋にこびりついたかと思った時は慌てたわね。逆を言うと、これで普通の飲食をしたくらいで落ちない口紅が作れるんじゃないかって思いついた訳よ。

 スライム、何て使い道が多いのかしら。他にも有効活用する方法がありそうだわ。


 将来的にはどんな人でもお化粧を楽しめる世の中にしたいけど、現在は、やっぱりほぼ貴族の女性のものなのよね。つまり、まず貴族の女性に売れる商品を作らないとお話にならない。化粧品が誰でも使える世の中にするのは私の商会が有名になって大きくなって世間への影響力が生まれてからになるだろう。


 そのターゲットになる貴族の女性、つまり化粧を装って着飾った女性が一番集まるのは、「貴族のお茶会」でしょ。だからお茶会で目立つ化粧品を作れればいい宣伝になると思うの。

 夜会にもお化粧した貴族女性はたくさん来るだろうけど……私はまだデビュタントは迎えてないからどういう場所かイマイチ分からないからなぁ。夜会で目立つ、宣伝できる化粧品……今の所思いつかないわね。作っても自分で宣伝しに行けないし……なので仮想メイン顧客は「お茶会に出るような貴族女性」としておく。


 この顧客に、「ティーカップにつかない口紅」というのは……とても売れるに違いないわ。食器を汚す事もなく優雅で、付け直す必要もない。絶対人気になる。

 私はそう確信して、お茶会で私の作った口紅を付けて微笑む貴族女性達を想像して今からワクワクしていた。


「さて、想像はこのくらいにして試作品を作ってみましょうか」


 口紅は、ものすごく乱暴に言ってしまうと「着色料をワックスに溶かして固めたもの」になる。前世の、お店でパッケージになって売ってたものは保存料とか乳化剤とかもっと色々入ってたけど、これからこの世界で私が作るものだし、ひとまずこのくらい簡単な理解で進めていこう。


 あの記憶を取り戻した日にしかこの世界の口紅は使ってないけど、夜顔を洗う前に紙に写し取ったものを観察した限りでは、同じように着色料と油が主成分で間違いないと思う。

 着色料、これはもうスライムの色粉を使えばいいだろう。前世では口紅って言ったらコチニールやタール色素、大昔だと赤土なんかも使ってる地域もあったけど……既に便利で安価に作れるスライム着色料が手元にある。

 タール色素の合成方法なんてさすがに知らないし、赤い色素が採れる虫もわざわざ探さなくても良いだろう。


 そうそう、コチニールって赤い色素は虫から採れるの。しかも、これって化粧品だけじゃななくて食べ物の着色料としても使われてるのよ。化粧品原料について勉強しててこの事を知った時、口紅だけじゃなくてチークやピンクのアイシャドウ、イチゴ系のピンク色のお菓子なんかが全部怖くなったのを覚えてるわ。

 まぁ、私は図太いから、結局そのうち大して気にならなくなってたけどね。

 あと前世での口紅って言ったらベニバナもかしら。こちらは油は使わず塗り固めたものをちょっとずつ水でといて使う。乾くと擦っても落ちなくなるそうで、その意味では私が作ろうとしている口紅と似てるかもしれないわね。


「一番大事なのは、基材にどんな油を使えばいいかって事よね」


 ネーマッドさんにこの世界で口紅として使われている原料は何種類か教えてもらったけど、それは「色」についての知識で、他の成分は良く知らないみたいだった。でも口紅を作るなら、この色をどんな油で固めるかが重要になる。


 常温で固体でいてくれて、でもある程度柔らかくて、温めると溶ける、肌に塗っても問題ない、そんな油が必要になる。例えばミツロウみたいな。

 でも養蜂ってものを聞いた事もない現在の状況では蜂蜜もミツロウも手に入るかは運次第で、そのうちたくさん生産することになるだろう商品の原材料として採用するには向いていない。

 なので、傷口の保護なんかに使われてる蝋や油をいくつか用意した。またしても薬師の知識が役立っている訳である。傷口に塗れるって事は、やはり唇に使っても問題ないと考えていいでしょう。今日はこれで口紅を作れないか試していくわ。


 口紅には前世では大豆やヤシ油のワックスが良く使われていたけど……私には油脂からワックス、蝋を作る知識なんてぼんやりしかないからなぁ……。

 油をどうにかして飽和脂肪酸ってやつにすると、融点が上がるから、常温でも個体になるワックスになるなんて見た覚えがあるけど、理屈も、どんな作業をするかも分からない。……まぁ、私が専門外の事で立ち止まるよりも、あるものは利用した方がいい。

 商品として作る時は改めて製造元とかに仕入れをお願いする事になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
コチニール色素を使ってるイチゴ系お菓子が怖くなるの、分かる!と、ウンウン頷きながら読みました。カイガラムシを見たことあると余計に「アレ」かぁ……ってなるんですよね…… そのうちそこまで気にしなくなる、…
いつも興味深く楽しませて貰ってます。 化粧品の需要についてですが、 貴族女性だけではないです。 価格に拘らず上質な化粧品は 娼婦男娼等、自分の肉体を商品としている人達が商品価値を高める為の必需品ですし…
ムシはムシでもカイガラムシだって言うからギョッとしますよね。ときどき街路樹にくっついてるフジツボみたいな白いアレ。たしかラック色素もカイガラムシだったような。 言われてみれば、たしかにカイガラムシの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ