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「分かったよ、ティナさん。君が何のために化粧品を作りたいのか、ちゃんと理解出来たと思う」
私の話を受け入れて、納得してくれたようだ。
「ありがとう、ジークさん。嬉しかったのは本当です、それに、実際にお化粧品に使われているものを見せてもらえて、とっても参考になりました」
でも、こんなに丁寧に接客していただいたのに、お買い物するものが無くて申し訳ないわね。
「お客様は化粧品をお作りになっているんですね」
「ええ……その、まだあまりたくさん作れないんですけど」
しかし私が申し訳なさを感じてるのと裏腹に、とても丁寧な対応は続く。
「先ほどおっしゃっていた『いろおしろい』とはどのようなものなんでしょうか」
「肌と似たような色をつけてある、真っ白にならない白粉なんです」
「ほう?! そんなものがあるのですか」
私が簡単に説明すると、ネーマッド支配人は少し身を乗り出してまで驚いて見せた。
「そうよ! 実は私が今着けてるの。私は火傷の痕があるんだけど、ティナちゃんの作った色白粉のおかげでそんな傷痕は見えないでしょう?」
「お嬢様のお顔に傷痕が? そんな様子、ちっとも分かりません」
私の隣で果実水をお行儀よく飲んでたシアちゃんが会話に加わる。
自慢するように、胸を張って顔を見せている。こんな事が言えるようになるくらい、傷痕のコンプレックスがなくなって良かったわ。
「ティナ様、その色白粉の実物はありますか?」
「シア様、こちらをお貸ししてもよろしいですか? ……はい、良ければ支配人、こちらを」
「恐縮です。お借りします」
持ってないです、そう言いかけた私の前に、レナさんがすっと前に出る。
多分シアちゃんの白粉が取れたら着け直すためだったんだろう、どこからか取り出した容器を手にシアちゃんの許可を取ると、軽く頷いてから支配人さんの手に小ぶりで平たい壺を乗せた。
あ、私が白粉を詰めて渡した入れ物と違うけど……いいわね、あれ。軟膏用の茶色い壺じゃなくて、私も色白粉専用に素敵な入れ物を作ろう。これから作る他の化粧品にも。そう心の中にメモをする。
「こちらが……! 本当だ、真っ白ではない、お肌と似たお色味になっておりますね」
「はい。これはシア様のお肌に合わせて調整しておりますが、混ぜる粉の色を変えるとどんな肌の色にも合わせる事が出来ます」
「なんと!」
「赤と黄色の粉があってね、それを混ぜるの」
「ベースになっている白粉も、今まで使われていた白粉と違う成分なんですよ。良かったら少量ですがお試しください」
「とてもなめらかですね。それに……すごい! これは、私の手の甲の小じわやシミもほとんど見えなくなりました」
「そうでしょう! ティナちゃんの白粉はすごいのよ」
「こ、こ、これは! 売っていただく事は可能ですか?! 私にではなく、うちの顧客の皆様になのですが……!」
「ええ、ティナちゃんはお化粧品屋さんなのだもの。ね?」
手の甲に粉を指先で延ばしながら、支配人さんの驚きはやまない。レナさんとシアちゃんの賛辞も。
私をキラキラした瞳で見上げるシアちゃんの期待を裏切る訳にはいかない。ちょっと胸を張って答えた。
「ええ、お取引出来たら素敵だと思います」
「本当に! ありがとうございます。こちらは貴族夫人のほとんどが欲しがる商品になると思いますよ」
後日商談に伺わせていただいてもよろしいでしょうか、と申し出た支配人さんにルミリエ村の我が家の場所について説明をする事になった。
「大変有益なお取引が出来そうで、嬉しく思います。良かったら、これら化粧品に使われる石を何種類か、小さい物を資料としてお渡ししましょうか?」
「そんな、悪いです」
小さくしてもきっと高いだろう。サービスでくれようとするなんて、とんでもない。
遠慮してそう言ったのだが、またしてもこれを止める人がいた。ジークさんだ。
「じゃあティナさん、購入するのはどうかな? 化粧品事業に出資する身として、現存する化粧品の資料として手元に置くのはとても有益だと思うんだけど」
「たしかに、でも……」
「それがいいわ! ティナちゃん。今までにない化粧品を作るなら、比べるものがなくっちゃ」
「……なら、ありがとうございます。これを参考に、良い物を作りますね」
シアちゃんの説得もあって、私はこれらの原石の小さな欠片を、資料としていくつか購入してもらう事になった。
もちろん全種類と言う訳にはいかないので、化粧品としてよく使われてるものなど説明を聞いたうえで吟味していく。
「人魚の涙……こちらは、とても貴重な宝石なのですが、粉にして白粉に混ぜると肌に美しい光沢が出るとして好まれています。古では、肌に宝石のような艶とキメが出ると酢に溶かして飲む女王もいたとか。大きな丸い粒ですと、さらに貴重なのですよ」
私はその説明に釘付けになった。いびつな、丸っこい欠片。一粒は小麦と同じくらいだろうか、でも柔らかな虹色を帯びて、白く輝いている。
「こ、これ……貝の中から採れる宝石じゃないですか?!」
「さようです、よくご存じですね。マーテル・シェルという大きな貝の姿をした魔物の中からごくまれに見つかる、大変貴重なものなのですよ」
ネーマッドさんは柔らかく微笑んでいた。私はその……前世でいう「真珠」を見て、さーっと頭の中の雲が晴れるような気持になっていた。考えていたアイディアが繋がって、形になる。素敵な解決策を思いついて、今すぐこのお店を飛び出して探しに行きたいくらいの気分だった。
「あった! これです!」
丁寧な接客を受けてあの宝石店を後にした私は、この街の港に向かった。ネーマッドさんから聞いた話では、私が求めている者はほとんど商品価値がないとされていて、お店なんかには並んでいないそうだから。
海辺で作業をしてた人に話を聞いて、目的の物が「捨てられている」という場所にやって来た。
「本当に、砂浜に山ほど転がってるわね……」
私達は砂浜を眺めてポカンとしていた。こんなにあっけなく手に入っていいのだろうか、と思いながら。
「これは貝殻だけど、マーテル・パールそのものじゃなくて本当にいいのかい?」
「ええ、私この貝殻が欲しいんです」
私が探していたのは、マーテル・シェルの貝殻だった。真珠っぽい宝石が採れると聞いたので確信していたが……思った通り、真珠層がある! 無造作にそこらに転がってる貝殻を一枚拾ってみる。私の顔より大きい……でも内側が全部、真珠色にピカピカ輝いていた。
「ネーマッドさんは、捨ててあるものだから許可はいらないって言ってたけど、本当に好きなだけもらってしまっていいのかな」
「大丈夫だよ、そう言ってたんだから」
マーテル・シェルはこの港町では獲物として人気の魔物なのだそうだ。魔物と言ってもただの大きな貝なので、地上に持ってきて弱った所を簡単に仕留める事が出来る。
手なんかを挟まれないように気を付ける必要はあるが、コツを知っていればこの辺りでは子供でも倒せる。もちろん皆の目当てはごくまれにマーテル・シェルの中から見つかる真珠だが、実の方も食料としてそこそこ人気らしく、干物なんかも作られているらしい。
しかしそうしてたくさん仕留められたマーテル・シェルだが、貝殻はあまり利用されていないようで、こうして実を回収した後砂浜に放られてるのだそうだ。私にとっては宝の山だ。
「ティナちゃん。これがお化粧品の材料になるの?」
「そうよ。この内側のキラキラしている所を削って、白粉に混ぜるの。そうすると、お肌に塗った時にツヤと透明感が出るのよ」
私はホクホクした顔でシアちゃんに説明していた。
港町に来たかいがあったわ。求めていたものが手に入ったのだから。
「ジークさん、私をこの街に連れてきてくださってありがとうございます!」
「っう……ティナさんにそう言ってもらえてよかったよ」
「どうしたんですか? 胸を抑えて……」
「いや、何でもないよ」
呻き声を上げていたのは気になるが、何でもないと言うなら大丈夫なんだろう。
日差しが眩しかったのかしら? とちょっと空を見上げながら私は首をかしげる。
「ティナちゃん、見て。アクセサリーが売ってるわ」
「ほんとね。あの貝殻を使ってるのね」
貝殻を何枚か手に入れて竜車までの道を戻る途中。シアちゃんに手を引かれて市場を歩いていると、さっき手に入れた貝殻と同じ輝きを持ったアクセサリーが目に入った。
これが、ネーマッドさんが言ってた、数少ないマーテル・シェルの貝殻の使い道なのね。
私は、貝殻を割ってけずって作ったらしい平たいビーズを繋いだブレスレットやネックレスを眺めた。
幸いお値段も手ごろだし、せっかく港町に来たんだから化粧品の材料以外にも何か買ってもいいわよね。
「ティナさん、良かったら……」
「ティナちゃん! お揃いでどれか買いましょう!」
元気のいいシアちゃんの声で聞こえなかったけど、ジークさんも何か言ってた気がする。私はシアちゃんにちょっと待ってねとことわってから、ジークさんに聞き返した。
「すいませんジークさん、何か言いました?」
「いや……何でもないんだ。うん」
またしても様子がおかしいジークさんにちょと疑問を感じつつも、私はシアちゃんと、レナさんも交ぜてどれを買うか楽しく選んで三人でお揃いのブレスレットを買ったのだった。
私の化粧品開発に大きな一歩となる発見があったけど、それだけじゃなく。素敵なお店に連れて行ってもらうなんて自分じゃできない体験をさせてもらったし、海を間近で見るクリスとシアちゃんはとても可愛かったし、マーテル・シェルの他にも砂浜で小さな貝殻を探して拾ったり、とても素敵で楽しい一日を過ごせて……何だか夢みたいだったわ。




