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「いらっしゃいませ、ジーク様! お待ちしておりました」


 圧倒された私が店の中をキョロキョロしていると、年配の男性が笑顔を浮かべながらサッと近づいてきてジークさんに声をかけた。後ろについて来ていた部下らしい二人の男性と一緒に深々と頭を下げている。


「先日はお問い合わせいただきありがとうございます。御希望のお品について、いろいろご用意させていただきました。別室でご案内させていただきます」

「ああ、よろしく頼むよ」


 こんな高級な店も、こんな丁寧すぎる接客も初めてで挙動不審になってしまう。しかしジークさんにとってはこういった店もこの対応も普通の事らしい。

 ごく当たり前だという顔で慣れた感じにお店の人と喋るジークさんを見ると、「やっぱり私達と違う世界の人ねぇ」と実感する。


「ティナさん、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 私はエスコートされる形で歩き出した。竜車からお店に入るまでの短い間にもされたけど、やっぱり落ち着かないわ。前世の記憶があるせいか、「わー、エスコートされる立場になるなんて」って自分を俯瞰で見ちゃってどうしても照れるというか……。

 しかも、ジークさんのエスコートだし。私より美しい……いや、周りにある宝石よりも美しい男性に手を取られるんだから、余計よね。友人になったから見慣れて来たけど、でもまだ毎回見るたびに「やっぱりジークさんって美人よね」と感心しちゃうくらいだもの。


 ジークさんが私を丁重に扱うものだから、お店の人の視線が私に集中してしまう。

 予想もしていなかったVIP対応に圧倒されながらも、ジークさんの後に続いた。

 店内で輝く宝石の光はあまりにも眩しくて、少し現実離れした場所に来てしまったかのように感じながら絨毯の上を歩く。

 通された先、映画かドラマでしか見た事の内容な立派な応接室に案内されると、そこの高そうなソファにおそるおそる腰を下ろした。

 ……ふぅ。

 ジークさん達が滞在している別荘の内装のおかげで耐性がついてたけど、それがなかったら危なかったわね。


「私はクライステイル支配人のネーマッドと申します。本日、お客様のご相談を担当させていただきます。よろしければ、お飲み物をうかがってもよろしいですか」


 支配人さんって、こうして接客するものなの?!

 年配の男性、只者ではないと思ってたけど、まさかこの店で一番偉い人だなんて。

 そして、高級なお店ってカフェみたいに飲み物も出してくれるのね……びっくりだわ。

 何でもないように対応するジークさんの態度に、この世界ではこれが普通なのかと知って軽くカルチャーギャップを感じた。前世はもちろん、クリスティーナとして生きてきた中でも、こんなすごい店なんて入った事ないから知らなかったし。

 ……あ、でも美容室では飲み物出してくれるわよね。私も将来お化粧品のお店開いたら真似してみるのも良さそうかも。


「どうぞご覧ください」

 

 この高級そうな店の支配人だと名乗ったネーマッドさんに緊張する私の前に、平たい箱が並べられる。

 次々と蓋を開けられた布張りの箱の仕切りの中には、様々な鉱石が整然と並べられていた。


「こちらがご相談の内容にありました、化粧品で使われている鉱石でございます。もちろんお客様のご要望に応じて、他の物もご用意しております」


 私は思わず仰け反った。

 まだカットされてないごつごつした石の形をしていたが、どれもとんでもなく高価だと値段を聞く前から分かる。

 こちらはアルメナイルの原石、エメルフィアの分泌液の結晶、ラビィ・スフィアの小さな塊。色分けされた石を手のひらで指し示して説明するネーマッドさんの声が頭の中の表面だけを滑って通り抜けていく。


「やはり身に着ける宝石とは違う色味の物が多いですね。化粧に使うのでしたら、不透明で発色の強いものの方がしっかりとお色が出ると思います。お化粧に使えるよう、お好みの形で……粉にしたり、クリームなどと合わせてペーストにしてからお渡しする事も可能です」


 何でも、化粧品するための鉱石や金属はこうした宝石店で扱っているのがこの世界の普通、らしい。装飾品に出来ない大きさの石を使うのだそうだ。

 しかしこの様々な宝石の前で、うかつに溜息出も吐いたらこれらを曇らせてしまうのではないか、そんな考えが浮かんで、息をする事すらままならなくなってしまう。

 ええ、ええ、そうでしょう。これらを粉にしてアイシャドウにしたり、チークに使うのなら素晴らしい化粧品になると思うわ。

 美しい色彩の原石は、私にとってはあまりにも高価で、当然手の届かないものとしか思えなかった。


「ティナさん、どうかな?  きっとこれなら素敵な化粧品が作れると思うよ」


 確かに、様々な色。この原石の状態でも、室内の明かりを反射してキラキラ輝いている。粉にすればそれだけで、前世にあったものにも負けない素敵な化粧品が出来るだろう。

 ジークさんはとても満足そうだったが、私は首を横に振る事しか出来なかった。


「た、確かにこれらの石はとても素晴らしいと思います。けど、素晴らしすぎるというか……私が化粧品を作るのに使いたいのは……比較的簡単に手に入る素材なんです」


 ジークさんは私の言葉に戸惑っている様子だった。


「確かに、商品にする程は手に入らないかもしれない。だからティナさんが使う化粧品を作ったらどうかな」

「自分用に?! もっと畏れ多いですよ」

「そんな事言わないで。私が用意するから、素敵な化粧品を作ってみて欲しい」


 完全に善意で言ってくれてるのは分かる。

 きっと、ジークさんは私が前に話した……「細かく砕くと光をよく反射してキラキラ輝いたり発色が良い石や金属が欲しい」を叶えてくれようとしたのだろう。

 けど私は「まだこの世界で注目されてないけど化粧品に使える素材」を見つけたいって意味で口にしただけなのよ。

 簡単に言えば、また前回みたいに金銭感覚が違う事が原因のすれ違いなのだが。私がなぜ化粧品のために安価な材料を求めているのか、それがきちんと伝わっていないのだ。


「ありがとうございます、ジークさん。でも、私はどんな人でも手に取れる、今までにない化粧品を作りたいんです。そのための材料を探してて」

「……安価な化粧品を作りたいという事?」

「何と言うか……私が作った色白粉は、今は私が少しずつしか作れないから値段が高いのは分かります。でも宝石を材料に使ったら、たくさん作れないし、今あるお化粧品と同じだし、化粧品は高いままですよね」


 私は言葉を続ける。


「お化粧品は今は限られた人達しか出来ないおしゃれです。それは、お化粧品がとても高価で、少ししか作れないから。私は、誰でもお化粧が出来るって選択肢を作りたいんです。それは、誰でも買えるくらいの量と値段の化粧品を作る事……そのために、手に入りやすい材料を見つけたい、という訳なんです」


 ジークさんは私の説明を聞いてしばらく黙っていた。

 私のために化粧品に使える素材を探そうと思ってくれたのはとても嬉しいのだけど、高価な宝石を使った化粧品を限られた人達向けに……今あるのと似たような化粧品を作るのは私の求める事と違うのだと、説明して分かってもらえたと思う。


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― 新着の感想 ―
安価なものを使うのも大事だけど、安価にする為にも貴族に価値を認めて貰わないといけないし、安定生産のための行程開発にはお金が掛かるし、著作権や特許のない世界で取れるときに取らないと結局は尻すぼみで一過性…
うーん母親の主張もそうですが、この世界の常識や価値観との戦いですね……
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