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ジークさん達が帰った後、私は自分の部屋のへそくり袋の中のお金を数えていた。ここには今日引き渡した分の色白粉の代金も入っている。
これなら、来年までにはクリスの学費が十分どうにか出来るわ!
私は、とてつもなく明るい気分になっていた。
クリスの学費の分が溜まったら、次の目標を持つのもいいわよね。この調子でお金を稼げたら、ゆくゆくはどこかにお店を持てるかもしれない。
やっぱり貴族や裕福な人の多い街になるかしら。大通りから少し離れた道で、小さくて良いから化粧品店を……今の所私の魔法でほとんどの製造工程が行えるから、道具はほとんど必要ない。裏手に作る化粧品の工房は小さくても良いわよね。お店の方は、前世の本で見た外国の古い薬局みたいな感じの内装にしたいわ。
色白粉だけじゃなくて……その店には今あるものより改良した口紅や眉墨、それ以外に私が開発したアイライナーやアイシャドウも並べたい。店頭には商品の色が試せるように置いてあって……。
うーん、夢について妄想するのは楽しいわね。
「けど、その夢を実現させるにはちゃんと動かないとよね」
化粧品を作る時間が足りない、と嘆いている場合ではなかった。ではそのために何が出来るのか、そう考える事が必要だったんだわ。
私はそう決心して、へそくり袋を掴んで家族が寛いでいるリビングに向かった。
「お父様お母様……とクリス。話があるから、聞いて欲しいの」
真剣な面持ちで突然そんな事を言い出した私に、両親とクリスは顔を見合わせる。
私は暖炉の前のソファセットに座ると、目の前のローテーブルにへそくり袋を置いた。
「私、お化粧品づくりを仕事にして生きていくって前に宣言したわよね?」
「ああ……そうだったな。どうしたんだ急に」
私は袋の中を見るように両親を促した。
「まぁ、こんな大金……!」
「ジークさんと知り合って外国の貴族に商品を売れるようになったおかげでもあるんだけど、お化粧品でお金が稼げるようになってきたの」
「あなた、何か作ってるなとは思ってたけど……」
「これほど大金を稼いでいるなんて……」
二人が驚くのも無理はない。だって袋の中には七十万エメルが入っているものね。うちの村では物々交換が多いのもあるが、十四歳が持っているような金額ではないだろう。
私の事を驚愕した目で見つめるお母様に、私は簡単に今の状況を説明する。
「僕も、姉さんが作った化粧品は知ってたけど、すごいんだね」
クリスには化粧品を作るのに何かと使う「純水」に当たるものをいつも魔法で出してもらって対価を払ってのでちゃんと収支がプラスになってるのは理解していたようだが、私が具体的にどのくらい稼いでいるのか初めて知って驚いているようだった。
「このままいけば、十分クリスの学費も稼げるわ。お父様も、村に化粧品づくりを手伝う仕事を募集するって話をしたでしょう?」
「あ、ああ……」
「そのくらいしっかりお金を稼げているのよ」
まだちょっと困惑してる家族に私は畳みかける。
「そこで私、お父様とお母様にお願いがあります」
「何をだ?」
「まず、私の仕事……この家の家事と、畑仕事をやらなくて良い許可をください。ご飯作りや洗濯、掃除……それらに使う時間があれば、もっと化粧品を作れるの」
私が増産できる化粧品の予定数と、それによって増える見込みの収入を両親に伝える。反応は良い。
「そのために、マーサの他にもう一人家事をするお手伝いさんも雇わせてください。もちろんこの方の分のお給金は私が出します」
マーサにも家庭があるので、毎日来てもらう事は出来ないからね。
「たしかにそれは……協力してやりたいな。村に雇用が増えるのは良い事だし。なぁジェミーナ」
かなり乗り気になったお父様がお母様の方を見る。が、お母様は浮かない顔をしていた。
「私は……反対ですわ」
「どうして?! これで学費の問題も解決するのに……」
「家の事もやらないでお金稼ぎしている令嬢なんて、外聞が悪すぎるわ。お化粧品を作るのは許したけど、家事を放り出してまでやるなんて」
「ジェミーナ……」
「ダメよ。ティナが結婚したくないと思ってるのは分かってるわ。でも完全にその幸せを捨てる生き方はして欲しくはないの」
「お母様……」
クリスティーナとして生きてる自分としては、その言い分も分かる。けど前世の記憶がある私としては、何とも受け入れがたい考え方だった。
……今私が化粧品づくりに集中すれば、クリスの学費をすぐ稼げるから協力して欲しいって言ってるだけなのに。お母様は、「女性の在り方」に逆らう娘は恥ずかしいって思ってるのね。
「ティナ、あなたせっかく魔力がある事が分かったんだから、もっと女性の幸せにも目を向けて……」
「でも、この国の貴族で『黒髪』っていうのはそれだけで蔑まれるわ」
「けど……」
「お母様は、『黒髪でもいいよ』って言ってくれる人を探せばいいと思ってる?」
「! そうよ、ティナ。だから……」
「私、黒髪『でも』いいよって私を下に見てる相手と家族になりたくないの。だったら結婚したくないわ」
お母様は黙ってしまった。クラウディオは特にひどいけど、魔力が何より大事なこの貴族社会で、そう考えない男の人はいない。私に実際魔力があるのかは問題ではない。
「魔力がないって言われてる黒髪だけど、魔力は実際あるみたいだし、それならまぁいいよ」って考えの人よ。
それに……私は自分に魔力がない事にずっと悩んでいた。魔力がないだけで貴族令嬢は将来幸せになれないなんておかしいって、前世の記憶が戻る前から。
実は魔力があったなんて分かったけど……黒髪だけど、魔力はあるんですよーなんて訂正をしながら結婚相手を探すなんて、絶対イヤ。
私は目を合わせようとしないお母様の方を見た。お許しを得て動こうって思ってたけど、難しそうね。
「お母様は気に食わないだろうけど、私、新しいお手伝いさんを雇って、お金を稼ぐから」
そう宣言すると、へそくり袋を持って部屋に戻った。
……よし、クヨクヨしても仕方ないわ。私がもっとバリバリお金を稼いで、自活できますって実際見せればお母様も反対できなくなるでしょ。
気分が沈みかけていた私は、化粧品事業をこれからどう広げていくかを考えようか、そう思っていたところでノックがされた。
「姉さん……」
訪問者は、予想した通りクリス。思い悩んだ顔をしている。
「僕は姉さんに無理してもらってまで学校に行きたいなんて思ってないよ」
「いいえ、私がやりたいから動いてるのよ。私は望んで化粧品づくりをしてるの。その好きな事で可愛い弟の学費を稼げそうだから、もっと頑張りたいって思った、それだけよ」
「……母さんは、姉さんに幸せになって欲しいって思ってるだけで……」
「でもお母様の納得する『幸せの形』だと、私自身は幸せになれないのよねー」
お母様の生き方とか、そう思う人を否定するわけじゃなくてね。
結婚して、この国で言う「良い貴族夫人」として生きるのは私には無理そうだ。自分でお金を稼ぐ手段が形になって来たから、余計にそう思う。
「……」
「あ、そう言えば! メイソン領に行くの楽しみね。夕飯の前に話しておいて良かったわ。この後で話してたらお許しをいただけないかもしれなかったもの」
「……そうだね。僕も楽しみではあるよ」
話を無理矢理変えようとしたのが分かったのだろう。私がわざと明るくそう言った時、クリスが浮かない顔をしているのは見ないふりをした。