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商会始動


「うーん、ソラメ石が全然足りないわね。明日も川に行かないとだわ」


 私は「化粧品製作工房」として新しく建てられた小屋の中で、今日採ってきた材料を並べてにらめっこしながら頭に森の中の地図を思い浮かべていた。

 実は今、私は念願だった「化粧品の製造販売」を初めたのよ。


 シアちゃんと会ったあの日からすぐ、ジークさん達がうちに来て……化粧品販売について私が「やりたいと思ってる」と答えてたちまち、その日のうちにお化粧品を作る事業を始める事を私の両親に説明して、了承を得てしまったの。

 事業計画書、って紙を何枚も出してよどみなくしゃべり続けるジークさんに、お父様は口を挟む暇すらなく、横で見てた私がポカンとしているといつの間にか「そこまでお考えでしたら」と頷いていた。鮮やかなプレゼンだったわ。

 お母様は「ティナにそんな、お店なんて大それたこと出来るかしら」って大分不安そうにしてたんだけど。外出できるようになってついてきたシアちゃんが「私と同じように、怪我や痣を気にしている人にティナちゃんのお化粧品を届けたいの……!」ってウルウルしたおめめで見上げられて、陥落していた。分かるわ、お母様。あんな美少女に涙ながらに訴えられたら、反対できないわよね。

 お母様を説得してくれてありがとうシアちゃん。

 こうして私は「お化粧品づくり」をひとまず自分の仕事にする事が出来た訳である。


 この「化粧品製作工房」も、設備投資としてジークさんに建ててもらえた。確かに、いつまでも野ざらしの場所で作る訳にはいかないもんね。雨の日は作業できないし、どうやって作るかとかも出来るだけ内緒にしておきたいし。

 村の大工であるカンドさんにお仕事も発注してもらえたからとても助かったのよ。うちの村、あまり裕福じゃないからね。最近、近隣でも大きな大工仕事がなかったし……小さな家具を作って市場に出したりしてたくらいで、街の方に出稼ぎに行こうかってお父様に相談しに来てたのも知っている。うちの村に仕事も作ってくれて、本当ありがたい事だ。

 実はこの工房、昨日出来上がったばかりなのよ。うーん、息を吸い込む度に木のいい香りがするわ。


 こうして「仕事」として走り出した訳だけど、実はまだ現実感はあまりないのよねー。

 お店とかで対面で売ってる訳じゃなくて、ジークさんに商品を渡して、それをジークさんが知り合いを経由して売ってる形だからかしら。納品した色白粉の代金は先に受け取っているけど、イマイチ「作ったお化粧品を売っている」という感覚がしない。

 まぁでもぜいたくな悩みね。ジークさんのおかげで、私じゃ本来お知り合いにもなれないような外国の貴族に、私が作った商品を買ってもらえているのだから。


「明日はジークさんが商品を受け取りに来るのに、あまり在庫が作れてないわね……」


 私は頭を悩ませていた。まぁ無理もないか、材料を採って来るのも化粧品を作るのも全部ひとりでやってるし。そこに薬師見習としてのお手伝いや、家の仕事もある。

 ソラメ石は探して拾い集めるのにかなり時間を取られるし、スライムの色粉だって完全に水分を抜いて粉にするのに午後一杯は使う。

 うーん、もっと作りたいけど、これ以上化粧品製作に使える時間がないのよねぇ。

 この色白粉は原価、流通にかかるお金、購入層、これから作るべきブランドイメージなど全て考えた上でジークさんと話し合ってひとまず一個十万エメルで買い取ってもらっている。強気すぎる価格設定に私は気後れしたけど、新しい技術で作った他で買えないものだし、元々ある白粉とまったく別の良い物なんだからそれよりは絶対に高くしないといけないと言われてこの値段に納得した。私、知らなかったわ。お母様が持ってたあの白粉も相当高いのね。道理でお母様が全然化粧しない訳だわ。(嫁入りの時に持ってきてまだ残ってる白粉の使用期限は気になるけど)


 そして、ジークさんはこの色白粉に本当に惚れ込んでくれて、作れば作るだけ買い取ると言ってくれてる。

 つまり、この色白粉、作れば作るだけ収入になるのだ。なのに、時間がなくて製造が追いつかない。これは由々しき事態だわ。

 クリスの学費の目途がつきそうなのに……!


 


「それなら村で仕事として発注したらどうかな」

「仕事?」

「ああ。スライムを採ってくるとか、ソラメ石を集める部分はティナさん以外の人でも出来るだろう?」

「たしかに。この村に仕事を作れるし、そうします!」


 一般人だった前世のせいか、私が貧乏人気質だからか、そんな発想一切浮かばなかったわ。

 なるほど。人を使えばいいのか。

 翌日やって来たジークさん達とお茶をしながら色白粉の製造数について相談したら、一瞬で解決してしまったわ。


 この村、畑仕事以外にほぼ仕事がないからね。みな内職で細々したものを作ってそれぞれの家で隣町の市場に売りに行ったりもしてるけど、特に名産もない土地なのであまり収入にはなってないだろう。それは我が家も同じだが。

 一個十万エメルで引き取ってもらえる商品を作るなら、人を雇っても十分利益になるわ。作業分担した方が絶対生産量は増やせるし、私も嬉しい。


「でも、良かったのかな。私が材料を知ってしまって」

「はい。ジークさんになら大丈夫です」


 増産について説明する過程で大体の作り方と材料を話したけど、そこは全く心配していない。ジークさんなら悪用したりはしないだろう。

 それに、うっかり他の人に知られても、肝心の作る工程は私じゃないと多分出来ないし、平気でしょ。


「そ……そうか。ありがとう、信用してもらえて嬉しい」

 

 たったそれだけの小さな事に、ジークさんはとても照れている。まるで、私に信頼されたのが余程嬉しかったみたいに。そんな大げさなくらいに喜ばれちゃうと、私も照れちゃうわね。

 私は気恥しくなったのを誤魔化すように、手元のお茶とお菓子に視線を落とした。

 しかし足を運んでいるのはジークさん達の方だというのに、お茶もお菓子も毎回持ってきていただいてて、ちょっと申し訳ないわね。

 我が家では手が届かない高そうなお菓子なので、いつも美味しく頂かせてもらってるが。私はサクサクの焼き菓子二つ目に手を伸ばした。


「良かったよ、ティナさんの悩みが解決して」

「はい、ありがとうございます!」

「そうだね……うん。本当に良かった」

「……ジーク様」

「わ、分かってるさ。今誘おうと思ってんだよ。えっと……その……」


 後ろに立つライさんに何か合図を出されて、ジークさんは何か話を切り出そうとしてるみたいだった。

 私はお菓子に集中しそうになっていた意識をジークさんに向ける。


「これで……ティナさんには時間に余裕が生まれると思うんだけど」

「そうですね、スライムやソラメ石を集めるのに一番時間がかかってましたから」

「なら……あの、次の週末……一緒にメイソン領の街に行くのはどうかな」

「メイソン領に?」


 私は頭の中で地図を思い浮かべた。森を挟んでうちの村の反対側にあるメイソン領にはジークさん達が滞在する保養地があり、さらに海側に行くと交易で賑やかな大きい街がある。行ったことはないけどね。


「安心して欲しい、うちの竜車を使えば日帰りで遊びに行ける距離だから」

「わぁ、竜車は速いって思ってましたけどそんなにすぐ行き来できるんですね」


 大体の距離を思い浮かべる。

 そうすると、竜車ってほとんど前世の車と同じくらいのスピードで走れるのね。すごい。あと大事なのはあの竜車本体よね。乗ってても全然揺れないし。

 私は以前ジークさんちの竜車に乗せてもらった時の事を思い出していた。内装もすごかったけど、多分車輪とかも全部とんでもないお金をかけてるわよね。うちの馬車に竜を繋いで同じスピードで走ったらガタつきと揺れで一瞬で壊れると思う。 


「どうだろうか」

「私、メイソン領の街には行った事がないので行ってみたいです。後でお母様に話しておきますね」

「良かった。楽しみに思ってもらえて」


 ジークさんはホッとしたようにお茶に口を付けた。

 ……美形が使うと、うちの安いティーセットも「あえてシンプルなデザインを生かした良い物」に見えるのが不思議ね……。私はしみじみとそんな事を考える。


「港が近いから外国の品も集まるそうだよ」

「私、この村からほとんど出た事がないからすごく楽しみです。シアちゃんもこの国に来てから観光してないんですよね」

「? そうだね」

「なら、きっと一緒に楽しい思い出が作れますね!」

「い、一緒?」

「ジークさん、どうかしたんですか?」

「……いや、問題ない。そうだね……シアと一緒に、楽しい思い出が……作れるだろうね」


 何だか急にがっかりして暗くなってしまったわ。

 その後お化粧品づくりに関わる村人達にどんな仕事を頼むか、報酬はどのくらいにすればいいのか、お父様も交えてササッと話をまとめてくれたジークさんなのだが。 

 あれからずっと落ち込んでたからちょっと心配ね、ライさん曰く「何でもない」らしいけど……。

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