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白粉開発


 さて、今日は実験日和ね。

 私は晴れた空を見上げて意気込んでいた。なるべく早くに白粉を形にしたいのよね。

 新しい白粉の試作品が完成したら自分を使ってパッチテストとかしておきたいし。


 火を使う予定だし、森の手前の空き地が良いかしら。あそこなら水路も近いし、畑からも遠い。私は頭の中で今日の計画を立てながら、化粧品製造のために用意した小鍋なんかの道具や、試作品の白粉を入れる予定の容器を自分の部屋で用意していた。

 そこにノックの音が響く。


「なぁに?」

「姉さん、クラウディオが会いに来てるよ」


 私は思いっきり顔をしかめた。今日はやりたい実験がたくさんあるのに……。

 しかしメッセンジャーをしてくれただけのクリスは悪くない。私は声に感情が乗らないように返事をすると、実験をしようと思って着替えた作業着のままクラウディオの待つ応接室に向かった。


「お待たせしました、クラウディオ様」

「クリスティーナ、おそ……」


 振り向いたクラウディオは目と口をパカッと大きく開いたまま、固まった。

 私を頭のてっぺんから足元までしげしげ眺めると、その顔はすぐに不満げなものになる。


「なんだその格好は」


 なんだと言われたら、ただの長袖長ズボンでしかない。森に入る時にもいつも着ているので、所々つぎはぎなんかの補修の跡もある。


「予定のない訪問でしたので」

「いや、それは……」


 以前の私だったらわざわざ着替えていたでしょうね。貴族令嬢が労働をする事自体歓迎されてないし、クラウディオとはいえ人前に出るのだからと思って。けどもう今の私はその程度の事気にしない。

 私がふてぶてしく答えると、実際その通りで何も反論が出来ないクラウディオは咳払いをして話題を変えてきた。


「何のご用でしょうか」

「噂で聞いたんだが、最近君の家に男が滞在してたって」


 クラウディオはあからさまに不機嫌そうな声を出していた。


「ええ、森の中で怪我をして意識を失ってる方がいたので、うちで手当てをしたんです」

「そ、そいつはどうしたんだ」

「家の方が迎えに来て帰って行かれましたよ」

「ふぅん……」


 私は今日のクラウディオの訪問の理由が何となくわかった。どこからかジークさんが我が家に滞在した話を聞きつけてわざわざ確認に来たみたいね。

 え……シンプルに不愉快だわ。

 婚約者でもないのに、何様のつもりかしら。

 多分、好きな人の家に異性が泊まった……というのが気になったんでしょうけど、こいつは私に好意すら伝えてないのよ? なのに独占欲だけはあるとか。しかもジークさん達が帰ってからまだ二日よ。あの竜車は目立つだろうけど、何で知ってる訳?

 やっぱ絶対こいつと結婚したくないわ。私は改めてクラウディオに対して怒りを感じていた。


「それがどうかされましたか?」


 しかし指摘したら面倒くさい事になる。この先も私は、この執着の混じった好意に気付かないフリをしたままクラウディオを避けてやり過ごしておきたい。


「関係あるさ。家の名誉にも関わることだろう。未婚の女性が家に男を泊めるなんて」

「我が家が管理する森で動けなくなっていたんですよ。それに怪我人を泊めると決めたのは父ですし」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしたクラウディオだったが、言い返した私に気圧されて一歩下がる。言い訳を探すように視線をウロウロさせると、自分が文句をつける大義名分を何とかひねり出して口にしてきた。


「お、俺は心配してやっただけだ。見知らぬ男を一晩家に入れた訳だから」

「まぁ。怪我人を助けてはいけなかったんですか?」

「ぐ……」

「それにご心配なく。ジークさんはとっても紳士的で良い方でしたから」


 私は有無を言わせぬ笑顔でクラウディオを見上げる。ニコニコ。


「クリスティーナ……」

「他に何かご用件はありますか?」


 何か言いたそうなクラウディオの言葉を遮って、私は薄布に包んだ「用がないなら早く帰ってくれる?」を口にする。

 クラウディオはしばらく沈黙していたけど、何も言う事が思いつかなかったのか深いため息をついて皮肉っぽい表情を浮かべた。


「変な男を家に泊めたのかと思って心配したんだが、そうでないなら良かったよ」


 あくまでも善意の確認ですよ、という態度を崩さないのが腹立つわね。


「ところで、茶会のパートナーは本当にいいのか?」

「え?」

「ヘクソン伯爵のお茶会の事だ。クリスに毎回姉のおもりをさせるのは可哀そうだろ」


 そう言われて思い出した。私が前世の記憶を取り戻した日にごちゃごちゃ言ってきたやつね。


「いいえ、大丈夫です。家族にも姉弟で参加すると了承を取ってますし、ヘクソン伯爵にもそうお伝えしてあるので」


 クラウディオは頷いたものの、その目からは不満そうなのがありありと見て取れた。以前の私だったら、「言われた通りクリスは他の女性と参加させてあげた方が良いかしら」とか心配してたでしょうね。

 今は、そんな心配的外れだって分かる。だって、自分の婚活云々よりも姉がこんなモラハラ男と結婚するかどうかの方が一大事でしょ。


「ああ、そうかよ」


 クラウディオはそう言うと、不機嫌そうに大きな足音を立てて帰って行った。ふう、やっと終わったわね。

 私はクラウディオを見送ると、森の手前の開けた空き地に向かう途中、モヤモヤする心を抱えながら改めて今の状況について考えていた。

 あーあ。いっそ正式に婚約を申し込まれていたら対応も出来るんだけどな。私は心の中でため息をつく。

 こうなったら、自分からクラウディオに「あんたと結婚しません」って宣言してみようか。……いや、それであの男に「自意識過剰」「そんなつもりないのに何処で勘違いしたんだか」とか言われたら嫌すぎて死んじゃうわ。この案はなしね。


「うーん、ひとまずクラウディオについては忘れよう」


 今は白粉をどう作るかについて考えないとね。私は空き地についてすぐ、作業を開始した。

 まず、主成分である「白粉」は上手く作れた、と思う。

 ソラメ石を知り潰して粉に出来るくらい硬い「見えない手」を形作るのが難しかったけど、コツを掴んでからは順調に白くなったソラメ石を細かい粉末にする事が出来た。

 私の目の前には、フッと息を吹いたら全て舞い上がってしまいそうな目の細かいソラメ石の粉が小さな壺の中に納まっていた。

 何より大事なのは一気に粉にしようとしない事ね。前世で化粧品原料の製造で使われていた工程みたいに、何段階かに分けて少しずつ粒子径を小さくしていく、これが一番効率が良いみたい。


「欲を言えば光沢を出すマイカみたいな成分が欲しいけど……無いものは考えても仕方ないわね」


 私の薬師としての知識の中には、マイカの代わりに使える安価な成分は引っかからない。代わりに使えそうなものはあるにはあるけど、どれもこれも気軽に化粧品の材料には使えない値段だ。

 同じ目的で使える素材がないかこれからも注意して探しておこう。次は色スライム。どうにかしてここから色の成分だけ取り出せないかしら。


 とりあえずポーションに使う時と同じ処理をしておいたスライム液を取り出す。

 陶器に色がついてるのでちょっと色が見づらいが、それぞれ黄色と赤の色スライムから核と不純物をろ過で取り除いて、煮沸した液が入っている。ポーションに入れる時はこの液体をそのまま使う。


 前世のお化粧品の「肌色」って言ったら大体は酸化鉄が使われていた。確か酸化鉄を作る時の温度とか時間なんかを調整すると黄色、赤、赤褐色、黒が作れたはず。でも細かい条件なんて分からないし、この世界の私が鉄だと勝手に思ってる成分が同じように化粧品に使えるか分からないし、同じ物だったとして化粧品に使える品質の酸化鉄を作る方法も知らないし手に入れる伝手もない。


 だから、赤と黄色の色素として私はこの色スライムを使う事を考えていた。

 この色スライムの色は酸化鉄とは全然別の成分でしょうね。だって酸化鉄って水に溶けないはずだし。


 これをポーションに使う時にはそのまま液に混ぜるんだけど……。試しに今作ったばかりのソラメ石の白粉と色スライムの液を混ぜて肌色の練り白粉のようなものを少量作ってみた。手の甲に塗ってみると……ダメね。なんか、糊を塗ったみたいにカピカピになって、しかもひび割れてしまった。これではお化粧品には使えない。

 やっぱり色成分だけを取り出す方法を考えないとかぁ。


「まずは水分を可能な限り飛ばしてみよう」


 手頃なサイズの石を拾ってきて簡易竈を作り、化粧品開発用に買った小さな鍋で煮詰め始める。

 しかしこの方法で水分を取り除くのは難しそうに思えた。鍋の底にゴムの樹液みたいなべたべたした状態で残って、それ以上熱をかけると焦げ付いてしまったのだ。

 しまった、「見えない手」で鍋を作ればよかったわ。これは後で洗うのが大変そう。


「うーん、他に水分だけ取り除く方法は……あ! フリーズドライ!」


 しかしよさげな方法を思いついたものの、問題は「どうやってそれをやるか」がだった。

 フリーズドライってたしか、一回凍らせたものを真空とかすごく圧力の低い状態に置いて、そうすると水が低い温度で気体になるから、それを利用して凍った状態から水分を取り除くって理屈だったっけ。

 それは分かってるんだけど、どうしたら「凍らせる」「真空にする」が可能なのか、私には良い方法がさっぱり考えつかなかったのだ。

 もちろん、どんな器具が必要かとかは分かるわよ。でも、前世の実験室や化粧品製造工場に置いてあった近代的な器具や機械は当然ここにはない。作り方も分からないし……。それらなしで、今の状況でどうしたら出来るかなんて、全然思いつかないわ。

 んー、凍らせる必要はないのかしら? 気圧が低い状態では百度以下で沸騰する訳でしょ、そしたら焦げ付かせずに低い温度で水分だけ取り除ける……わよね?


「……でも低気圧を作り出すとか……どうやったら。気圧……魔法で風が使える人を探して頼むしかないかなぁ……?」


 風を操るにもやはり適性が必要になる。風使いは帆船を動かせるから高給取りになれるって聞いたことあるけど、化粧品づくりに協力してくれるかしら……。


「とりあえず今日はこのくらいにしておこうかな。煮詰めるのに思ったより時間がかかっちゃったし」


 私は空き地に作った竈を一旦解体して、火の始末も行った。続きはまた薬師見習いの仕事のない明後日にしよう。

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― 新着の感想 ―
滑石を念頭においた設定だろうけど、それならマイカも採れそうなものだが 領地の設定的に無理だったのかな
何処かの公爵家の子女は、家族全員がモラハラが染み付いてる輩なわけで、地獄でしたね。
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