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「あの方、一体どこにいたの?」
「タイムの沢の滝になってるとこよ」
「じゃあうちの領地ね」
私が突然怪我人を連れて帰って来たと聞いたお母様は、家に入ると目を白黒させながらいくつも質問をしてきた。どうしたの? 何で連れて来たの、怪我? 何があったの、名前は、どうして怪我をしてたの、どこの人。私だってそこまで色々聞いた訳じゃないから、半分くらいは答えられなくて、その事について咎められる。おかしい、善行をはたらいただけのはずなのに。尋問されてる気分だわ。
私から聞き出せる情報が大したものではないと察したお母様が、使えないとばかりにがっかりした顔をしている。
「ごめんなさい、いきなり怪我人を連れてきて……」
「それは仕方ないわ。うちの領地で遭難者を出す訳にはいかないし。でもティナ、家に入れるならもっと為人を聞いておくとかちゃんとしてくれないと……」
「わ、私、客間に水を持って行くわね。話もちゃんと聞いて来るから!」
私はそれが気まずくなって、この場から逃げるために用事を探してそう口にした。
駆け足でキッチンに向かうと木製の水差しとコップを手早く用意して客間に向かう。
「ジークさん、飲み水をお持ちしました」
「ありがとう」
ノックの後室内に入ると、ジークさんは弱弱しく笑みを浮かべていた。傷が痛いのかもしれない。
ベッドサイドのテーブルにお盆を置いて、まるで近付くのが畏れ多いとばかりに一歩下がってしまう。質素な客間に不釣り合いで、この部屋に泊めるのが申し訳なくなるほどだ。
お父様の古着を貸して着替えているけど、それさえも「ナチュラル素材であえてシンプルに」とかそういうテーマの雑誌の撮影にすら見える。美人って得ね。
「痛みますよね、でもすぐ薬師が来ると思うので。うちの村の薬師は腕が良いんですよ」
「いえ、それは、辞退したんだ。医者やそれに類するものは呼ばなくていいと、ルミリエ男爵にもお伝えしている」
「え?! ど、どうしてですか?」
安心させようと思ったのにそんな言葉が返ってきて、私はびっくりしてしまった。だって、あんなに腫れてて、森から出て来る時にもずっとつらそうにしてたのに。今だって、そう。
私はジークさんの額に目を向けた。陶器みたいなきめの細かい肌に、脂汗が滲んでいる。相当痛いんだと思う。
「……獣人は他の人種と使う薬が違うんだ。ヒューマナルの薬師や医者では、私の体は看る事が出来ないから」
「そ、そうなんですね」
薄く浮かべている笑顔に圧を感じて、私はそれ以上詳しく聞く気分にはなれなかった。
「えっと、他に必要なものがあったらおっしゃってくださいね。出来る限り力になりますんで」
「……ありがとう」
遠慮なく、とは言えないのは仕方ない。うちにないなら無理ですね。
あ、そうだ。お手伝いに通ってもらってるマーサはもう帰ってしまったので、夕飯がもう一人分必要よね。
母に確認を取った後、私が作る事にした。怪我をして弱っているし、森で休憩した時に聞いたけど朝果物を食べたきりで、遭難したせいで昼食は食べ損ねているらしい。だから消化が良くてすぐ作れるもの……という事でパン粥に決定した。
パン粥とはその名の通り、パンで作ったお粥である。前世の牛によく似た家畜化された魔物のお乳で、千切った堅いパンを煮込んで食べやすくしたものだ。具はその時々によって入れたり入れなかったり。今回は刻んだ干し肉と根菜ね。
これで熱を出して寝込んでるのがクリスなら、我が家では高級品であるチーズを使う所だが……まぁなくていっか。
料理工程はこれだけ。塩で味を調えたら、完成だ。一度部屋に戻って小瓶を取って来ると、鍋をお盆の上に匙と一緒に乗せて客間に向かった。
我が家はこじんまりとした造りなので、客間と言っても台所からすぐそこなので数歩で着く。
「ジークさん、失礼します。簡単なものですが、食事をお持ちしました」
「……ありがとう、ご親切に」
ノックをしてから部屋の中に入ると、ジークさんは相変わらず沈んだ顔をしていた。怪我の痛みは酷くなっていそうだ。
「あと、この薬……もしかしたらと思って」
「これは……?」
「痛み止めです。薬師見習の私が作ったものなので、効き目の弱い成分のものなんですけど……」
私は、ベッドサイドの水差しの隣に小瓶を置いた。薄い黄色がかった水薬が入っている。
しかしジークさんは、不思議そうな顔で瓶を見つめていた。用法容量を説明する私の言葉にも上の空だ。
「このレシピの薬は獣人の方が買ってるのを見た事があるんで、使えるんじゃないかと思って……それとも、いつも使ってるお薬の名前とか分かりますか? もしかしたら私が用意できるかもしれません」
ヒューマナルの薬が全部ダメってわけじゃないと思うのよね。前世の動物病院でも、消毒液とか人間用と結構共通してた記憶がある。……どこで見たんだろう? 私はペットを飼ってたのかな? いや、獣人は動物とまた違うのは分かってるけど。
ジークさんからリアクションがないので、沈黙が怖い私はまた一人でペラペラ喋ってしまっていた。
「……こんなに親切にしてくれるのは、何か理由があるのかな」
たっぷりの沈黙の後、服の襟をきゅっと掴んだジークさんはとても深刻そうにそう呟いた。悩まし気な表情を浮かべている事を私は特に気にせず、ただ「親切」と言われた事に素直に喜んでしまう。
「え! そんな、褒めても何も出ませんよー」
「は……」
「大丈夫、気にしないでください。怪我してるんですから、しょうがないですよ。周りに助けてもらうのをそこまで申し訳なく思わなくても」
私はわざと明るい声を出して、何とか気持ちが切り替わるようなコメントを口にした。
怪我して気分が落ち込んでるのかしら。私も、風邪を引いた時に看病してくれる家族のありがたみを感じてホロリと来そうになった事、あったし。
「……君は……本当に、ただの親切で……」
え? 本当にどうしたの?
私がそう答えたら、余計しょんぼりしてしまったジークさん。私は全然良い返しが思いつかなくて、慌てて無理矢理話題を変える。
「えっと、あの、お薬どうしますか?」
「あ……あ。ありがとう。もしかしたら効くかもしれないから、ありがたくいただいてもいいかな」
「分かりました。食器は後で下げに来ますね」
チーズ、入れてあげれば良かったかしら。私は部屋を出た後、そんな事を考えていた。




