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森の中の困りごと



「ふんふん……」


 道中、あまりに藪が深いところはいつものように持ってきた鉈で切り開きながら進んでいく。

 木々の間から遠くに望める山の形などから大体の現在地を把握して更に歩くと、予定通り細い沢に行き当たった。その水の流れに逆って岩の混じった土の上を進んでいくと、小さな滝の音が聞こえてきたので私は顔を上げて木々の間に視線を向ける。


「え……」


 何度も来た、山の中の小さな滝つぼ。そんな見慣れた景色を思い浮かべていた私は、最初目に入って来た光景があまりにも現実感がなさ過ぎて口を開けたまま動きを止めてしまった。


「妖精……?」


 そこには、小さな滝の横で清水に足を浸すとても美しい人がいた。

 森の奥という事も相まって、それはまるで宗教画みたいだった。神秘的だ、そう感じるくらいに美しい人がそこにいたのだ。


 ぽっかり空いた森の中に刺す光に照らされたその人は、まるでこの世の物ではないみたいに綺麗で。

 雲を紡いだみたいに艶やかに光る銀色の髪。頬に影を落とすほど長いまつ毛は瞳を隠すように伏せられていた。足を泉に浸したまま岩場に座るように上体を預けている、そのポージングも含めて絵画のようだった。


 一瞬見間違えたが、肩がわずかに上下している事に気付く。人魚や、妖精、まして精巧な人形ではない。生きた人だ。

 すっごい綺麗な人……! クリスとはまた違うタイプの美形ね。なんて美人なの。

 もちろん背格好から、男の人であることは分かる。しかし性別なんて関係ない「圧倒的な美」の圧に、私は思わず見とれていた。

 彼の頭から生えている見た事のない角のせいで、余計に人ではない超常の存在に見える。獣人と言うだけで私にとっては珍しいけど牛や羊、山羊とも違う神秘的な角だ。

 何の獣人だろう。鹿に少し似てるかな? 額の両脇から生えた角は髪の毛と同じ銀色で、短いけど複雑な形をしている。

 ……この人にメイクをするなら……髪と同じ素敵な銀色のまつ毛を生かしたいから、マスカラは使わずに眼のふちにラインスーンを付けたりとかしたいわね。透き通るみたいに白い肌にはファンデやパウダーは使わず、リップだけ真っ赤にして目と唇を印象付けて……。


「……何か御用ですか?」


 閉じられていた瞼がはっきりと開けられる。長いまつ毛の下に、宝石よりも輝く赤い瞳が覗いていた。

 顔をじろじろ見ていた私の気配に気が付いたのか……男性が視線を遮るように勢いよくローブのフードを被ると、温度のない声でそう声をかけてきた。私はハッと現実に引き戻される。

 この世界にない化粧品でどうメイクするか妄想している場合じゃなかったわ。初対面で何も言わずに顔をじろじろ眺めるなんて、失礼な事をしてしまった。


「す、すいません! ここに人がいるなんて珍しかったので、びっくりしてしまって」


 実際びっくりしたのは本当だ。「あなたの顔が綺麗すぎて、ついじっくり見てしまいました」なんてありのままを言うような失礼な真似はしないが。

 自分の行動が恥ずかしくなった私はあさっての方に視線をやると、そんな当たり障りのなさそうな事を口にした。


「……そうでしたか」


 そう言ったっきり、美しい人は黙ってしまいと、水面に視線を向けた。いきなり現れて挨拶もせずジロジロ見てきた私は、明らかに警戒されているようだった。

 居たたまれなくなりながらも、私は一応会話を続ける。用事があって来たのだから何もせず帰る訳にはいかない。何も言わずに近付いたら、余計に警戒されそうだし。私はそんな自己弁護をしながらきまずい空気の中言葉を選ぶ。


「えっと……私は薬師みたいな事をしてて……この水場に生えてる苔を採りに来たんです。しばらくの間失礼しますね」


 反応はなかった。私は独り言を言ったような形になったが、最初に自分が失礼な事をしたのでこれは仕方ないだろう。

 私は小さな滝つぼを挟んだ反対側にそろそろとやってくると、岩場に屈んで苔を採取し始めた。鉈の背を使って岩場からこそぎ落とし、もくもくと籠に入れていく。その作業を繰り返した。

 ……ふう、緊張する採取だったわね。男性がいるあたりの苔も採りたいけど、さすがにそれを言い出すほど心臓は強くない。

 それにしても水に足を浸して何をしてるんだろう。私はつい気になって、見ないようにしていた男性へ視線を向けてしまった。


「え?! どうしたんですかその足?!」


 私は思わず大声を上げてしまった。さっき向こうから遠目で見た時は気付かなかったけど、水に浸している男性の足首が、真っ赤になって大きく腫れていたからだ。うわぁ、これは痛そう。……なるほど、怪我をしたから冷やしていたのか。

 さすがにこの大声を無視する事は出来なかったようで、顔を伏せていた男性が私に視線を向ける。


「足場の悪い所がありまして」

「わ……それは、運が悪かったというか……大丈夫ですか?」


 私は男性に目を向ける。森歩きなんてした事のなさそうな人だもんな……。服も、履いている靴も高そうだけど、普段森に入る人は使わないものに見える。

 まぁ、怪我をしてしまった原因に今私が何か言っても良い事はない。私は怪我の具合を尋ねた。


「……あまり」


 男性は言葉少なく語った。眉間にうっすら皺が寄っている。まぁ……そうよね。これだけ腫れてたらすごく痛いだろう。

 そっけない態度と思ったけど、怪我のせいかもしれない。


「これ、歩いて帰れますか? えっと……お兄さんはどこから来たんですか?」

「メイソン領の保養地に滞在しています」


 それは、ある程度予想していた答えだった。この国に獣人は少ない、それでいてこんなに上等な服を着ているなら、メイソン領の保養地に来てるお金持ちの外国の人だろうなって思ってたわ。


「今いるこの場所はメイソン領の隣の領地ですけど、帰り道は分かります? 保養地に戻るには大分遠いですよ」


 私は水場の横の湿った土の上に、拾った枝で大体の位置関係を地図で描いた。私の説明に男性は表情を更に暗く落とし、自分の足首に再度視線を向けている。

 これ……怪我してなくても、もしかしなくても遭難してたんじゃないかしら。私が見つけられて良かったわ。

それにしても……ここからだとうちの村の方が近いと言っても、こんな怪我をした足で移動するには十分長い距離だ。どうしよう。

 この人を背負えるような大人の男の人を連れてくるしか……でもそうすると確実に日が暮れてしまう。夜の森は危ない、怪我人を迎えに来るのは明日の朝になってしまうかもしれない。

 あ、そうだ。私の魔法があるじゃないの。

 私はうむむと並んでいただ、最近突然使えるようになった便利な力の事を思い出して男性に提案した。


「えーと……私が魔法を使って、お兄さんを村まで運んでもいいですか?」

「魔法で? どういう事かな」


 口で説明するのは難しい。

 私は「見えない手」を作り出すと、その力で自分の事を持ち上げて見せた。宙に浮かんだままゆっくり横方向にスライドする私に驚いたようで、男性は目を見開いている。


「私の魔法はこんな事が出来るので、休み休み行けば人ひとりくらいなら運べると思うんです。その怪我では帰れないでしょうし、うちの村で手当てさせてください」


 私がそう提案したものの、男性は不安そうな表情のままだ。


「……何故私にそこまでしようとするんだ?」


 たっぷりの沈黙の後、とても深刻そうにそう尋ねてきた。意図がよく分からない質問に首を傾げる。


 何か変な事をしてるだろうか。だって森の中で怪我して困ってる人がいたら見捨てるなんて嫌じゃない。ここには私しかいないから、私しかこの人を助けられないのに。

何故不思議がっているのか私の方こそ不思議だった。このお兄さんは私を警戒してるの? だとしたら何で?


「! あの、私魔女じゃないですよ!」

「は?」


 その原因に思い至った私は、「見えない手」から降りながら手を顔の前でブンブンと振りながら弁明した。そんな私を見て、お兄さんは口を開けたまま固まっている。


「た、確かに森の奥深くに突然現れた魔法を使える女ですが! その意味では魔女ですけど、でもお伽話に出て来るみたいな……自分の住処に人間を連れて行って食べてしまうような存在ではなくて……!」


 たしかに、困ってる所に現れて家に連れて行こうとするのは怪しい人に見えるわよね。私は必死で自分の怪しくなさを説明する。しかしなんだか、説明すればするほど怪しくないかしら。大丈夫? これ。


「……な、何の話を?」

「あれ、それを警戒してたんじゃないんですか? 私が魔女じゃないかって疑ってて、だから怖がってるのかなと……」


 初対面の人に警戒してるにしては、しすぎじゃないか、と思ってその理由を考えたのだが、違ったみたいだ。

私がおそるおそるそう言うと、お兄さんはポカンとさせていた綺麗な顔を俯けて、クスクスと笑い出した。

 

「あの……どうかしましたか?」

「失礼。こんな親切な人の言葉の裏を疑ってしまった自分の至らなさに、笑うしか出来なくて」


 そこでやっと、肝心な事を言ってなかったのに気付いて慌てて付け足した。


「そうそう、名乗り遅れました。私はクリスティナ・ルミリエと申します。父はこの森のこっち半分を所有するルミリエ村の領主なんです」

「なるほど、それで……」


 そう、我が家の領地で行方不明者を出す訳にはいかない。私が何故お節介とも言える程に介入してくるのか、理由が分かったのだろう。

 まぁ、うちの領地じゃなくても、森の中で歩けない怪我人を置いてくなんてしないけど。

 疑問が解けたらしい男性はさっきまで纏っていた警戒を解くと、改めて私に向き直った。


「……大変お手数だろうが、怪我をした私を村まで連れて行っていただく事、お願いしてもいいだろうか」

「そんな。森の中の困り事はお互い様ですから、そんな事しなくていいですよ」


 胸に手を当てて礼儀正しく頭を下げて頼む男性の姿に、私は慌てて両手を振って制止した。


「私は……ジークという」

「ジークさんですね。なら、私の事はティナと呼んでください。あーっと、双子の弟がクリスフォードで、そっちがクリスって呼ばれてるんで、私は村の人にも『ティナ』って呼ばれてるんで、それで」


 今、わざと名字を名乗らなかったわよね?

 ジークさんの態度は、明らかに「何か事情がある」事を示していた。まさか……指名手配されてるとか?! いえ、こんなに良い生地のローブと服を着てるんだからそれはないわね。私はそこには触れずに当たり障りのない世間話をして流しておく。


「じゃあ、靴を持って、早速うちの村に向かいますね」

「……ああ、すまないがよろしくお願いする」


 クリスとクラウディオ以外の若い男の人と普段接する事なんてないから、私は挙動不審になってると思う。市場で声をかける時とは勝手が違うから分からないわ。お客さんは女性ばかりだし。


「えっと。魔法に集中するんで無言になっちゃいますけど……休憩とかでジークさんを下ろす時は声を掛けますね」


つい、何も話す事が思い浮かばずに気まずい時間が流れるのを想像した私はそんな言い訳を口にしてしまった。

 いやいや、完全な嘘ではない。実際、魔法にもまだ慣れてないから無言の方が集中できるだろうし。あちらも怪我して痛みをこらえてるんだから、会話がない方が楽だろう。

 自分の中でそう結論付けると、ジークさんを「見えない手」で持ち上げてもくもくと森の中を進んでいく。


 途中何度かジークさんに声をかけて休憩を挟みつつ、私達は無事村まで戻ってくることが出来た。

 森を抜けたらホッとしちゃって、ジークさんを持ち上げられなくなっちゃって、そこから家に運ぶために畑にいたお父様に助けを求めることになった。

森の中からどうやってここまで運んできたんだって説明するのがちょっと大変だったけど……。そんな事が出来たのかって興奮されちゃって。


 でもすごく疲れたわ。多分これが魔力切れ寸前と言う状態なんじゃないかしら。運んでいる時は夢中で気が付かなかったけど、かなり魔力を使ったみたいね。お腹もペコペコ。

 魔力切れを起こすと酷い頭痛を起こして、最悪倒れてしまうらしいから、これからは気を付けないと。私が魔力切れで倒れてたら、一緒に要救助者になる所だったわ。


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