明るい兆し
「それでな。ドラフ神官も今まで見た事がないって。計測器の針が目盛りの外まで振りきれたんだ」
「ほんとに?! すごいわね。でも、クリスと双子なのだもの、ティナにも強い魔力がないとおかしかったわよね」
「良かったなぁ、ティナ」
帰宅後、お父様とお母様は、私に魔力があった事を大喜びしていた。でも私はその言葉に素直に同意できない。
クリスは、私が結婚なんてしたくないと言ったのを知っているので、複雑そうな顔でこちらを見たまま口をつぐんでいた。
……たしかに、私はずっと魔力がない事を悩んでいた。自分に魔力があったらいいのに、どうして双子のクリスにはあるのに私にはないの、と神様を恨んだ事だってある。
でも、……魔力が手に入って良かったとか、これでクラウディオ以外の人と結婚出来るわね、めでたしめでたし。なんて考える事は私には出来なかった。それは違う。
これで、魔力目当てで断れないような上位の家との縁組をされても困った事になるし。
私は今、お父様とお母様に今自分の意思をしっかりと伝える事を決めた。
「お父様、お母様、大事な話があるの。聞いてください」
「……どうしたんだ? ティナ。思い詰めた顔をして」
私がただならぬものを抱えた表情をしているのが分かったのだろう。お二人共椅子に座り直して、不思議そうな顔でこちらを見た。魔力が多いのは良い事だ……そう思ってるのよね。
「私、結婚はしたくないです」
「まぁ……その、クラウディオ君はちょっと、素直になれないとは言っても限度はあるものねぇ。でも大丈夫よティナ。もっといいお相手がいくらでも見つかるわ」
お母様の言葉に私は首を横に振る。
「違うの。私、結婚自体、したくない。魔力の事も公言しないでおきたいと思ってるわ」
私のその宣言に、両親は目を見張った。反対意見を言われる前に、私は言葉を続ける。
「まず、私に実は魔力がありましたと公表して今から得られる縁談なんて、ろくなものじゃないと思うから。……魔力だけで相手を選ぶ方達という事だもの」
「それは……」
お父様は口ごもる。
縁談を申し込んでくるその人たちは今までだったら私の事なんて気にかけもしなかっただろう。強い魔力さえあれば誰でもいい、そんな家に嫁いで幸せになれるとは思えない。
「魔力について公表しないのはどうして? ティナは魔力がない事をあんなに悩んでいたじゃないの」
「……悩んでいたからこそ、よりそう思うから。上位貴族に目を付けられたら、うちでは断れない縁談が持ち込まれてしまうかもしれない。だったら、魔力がないと思われたままの方がいい」
魔力こそが貴族たる証明、魔力がなければそれだけで貴族として価値はない。前世の価値観を得た私には、その考えを受け入れてその中で生きるのはどうしても無理だった。
貴族以外で考えれば国民のほとんどが「魔力なし」だし、私の中では気にならない。
「私、魔力がないってだけで出来損ないみたいに言われるのも、結婚しないと女性は幸せになれないみたいに言われるのもおかしいと思ってて。だから、ずっと……結婚しないで自分でお金を稼いで生きていきたいって考えてたの。魔力があったとしても、それは変わらないわ」
お父様もお母様も、私に幸せになって欲しいと思うからこそ良い結婚をと言っている。それが分かるからこそ、私は幸せになるために魔力の事は公表せず、結婚もしないで生きたいと主張した。
クリスは私達の事をハラハラしてそうな顔をしつつも、口を挟まずに見守ってくれていた。
「結婚が嫌なのは分かったよ。ティナ。けど……それはとても難しい生き方だよ」
お父様は私を諭すように、優しく声をかける。
「ええ。分かってるわ。でも私、どうしてもやりたい事があるんです」
魔力があるって公表して、来た縁談から一番良い条件の方を選ぶ。その選択が一番楽だろう。でも私は嫌だった。好きな事をして生きるのを諦めて、嫌々結婚するなんて無理だ。それが誰が相手であっても。
「私、お化粧品を自分で作りたい。それを仕事にして生きていきたいの。結婚したら、そんな生き方出来ないから」
私の言葉に二人共ぽかんとしていた。
「化粧品って……白粉とか口紅の事?」
「そう。他にも、こういう化粧品があったら良いなって考えてるものがたくさんあって。今までにない化粧品を開発したり、それでお化粧の仕方を広めたり、それでお金を稼いで生きていく、それを仕事にしたいの」
お二人から見たら、私は突然とてもマニアックな職業に就きたい、と言い出して安定を捨てようとしている子供にしか見えないだろう。
まさか、前世を思い出したとか、「前の世界で需要があったからこの世界でも売れるはずなの」なんて言えないし。言ったら余計心配されそう。
「自分でも突拍子もない事を言ってるって分かってるわ。だからお父様達も納得できるように、約束したいと思います」
ちゃんと、自分一人で問題なく生活していけるくらいお金が稼げる、それを証明する事。期限は、私の夜会デビューの日まで。それが出来なかったら、実は魔力があったと公言して縁談を探す、そう二人に誓った。
「私達はもちろん、ティナが望む形でティナに幸せになって欲しいと思ってるよ」
「……ありがとう、お父様」
お二人共私に理解を示してくれて、魔力については一旦隠しておいてくれると言ってもらえた。
これで明確に期限が出来た……けどやる事は変わらない。私は一層化粧品の製作販売について意欲を燃やした。
とは言っても、行き詰ってる状況は変わらないのよね……。
いえ、状況はより悪化しているだろう。私が倒れた時に医者を呼んだと言っていた。神殿でも魔力測定が終わった後お父様が神官さんに袋を渡していたし。
いくらかかったか聞いてもはぐらかされてしまったが、どちらも安い金額ではないだろう。またクリスの学費まで遠のいてしまった。
とりあえず、新しく使えるようになった魔力について、私はほぼ何も知らない。クリスにも相談してみよう。という事でいつものようにクリスの部屋に向かった。
「ねぇ、クリス。魔力って売れないのかしら」
「……どういう事?」
私の言ってる事が理解できてない顔で聞き返される。
突然部屋にやってきて、変な事を言い出した姉を無碍にしないなんて、クリスはほんとうに人間の出来た子ね。
「魔石みたいな魔力の入れ物に、魔力を入れて売れないかと思って。私、魔力量だけはあるって言われたじゃない。魔道具用の魔石みたいに売ったら結構稼げるんじゃないかと思ったんだけど……」
「魔力を充てんできる入れ物……ごめん、聞いた事がないや」
クリスが知らないなら存在しないんでしょうね。残念だわ。魔石って高いから良いお金になると思ったんだけど。
魔石は、魔道具を動かす電池のようなものだ。でも使い終わったら小さく縮んで黒っぽい塊になってしまう。その残りかすを集めても充電みたいな再利用はできない。
「でも、面白いね。魔力を何かに溜めて、魔石みたいに使えるようになったら世界が変わると思うよ」
「大きい魔石が採れる魔物は強いし、数も少ないし、魔石の鉱脈からも大きいものは全然出てこないもんね」
「僕、魔石に代わるものが作れないかって、そんな発想した事なかった……やっぱり姉さんはすごいなぁ」
「ちょっと思いついて言ってみただけよ」
前世の知識にあった電池とかバッテリーから着想を得ただけの話だったので、クリスにそう褒められるとちょっと申し訳ないわね。
なんか難しい理論があるらしいんだけど、小さい魔石をいくつも集めても大きい魔石の代わりには使えないらしいのよ。複雑な魔道具は大きな魔石じゃないと動かない、だから大きい魔石は貴重になる。大きさが倍だと値段は十倍くらいになるかしら。
「はぁーあ。せっかく魔力があるって分かったけど、属性がないと出来る事もないもんね」
「いや……一応、あるよ。属性なしでも使える魔法の一種みたいなもの」
がっかりした様子でそう言う私だったが、クリスの言葉に思わず大きく反応していた。
「僕も本で読んだだけなんだけど、純粋な魔力を放出して起こすもので……」
「何?! 何が出来るの?!」
「魔力そのものをぶつけると物を動かせるんだよ。すごく効率は悪いけど」
え! 属性なしでも出来ることあるじゃない。なんか、前世で言うサイキックとか念動力ってやつみたいね。
「ほ、他には?!」
「う、うーん。僕も一回本で読んだだけなんだけど、ちょっとやってみるね」
「ありがとう!」
気圧されたように体を仰け反らせてるクリスに、鼻先がくっつきそうな勢いで詰め寄っていたのに気付いて私は姿勢よく椅子に座り直した。
すごいわね、一回読んだ本の内容を覚えてて、こうして知識としてしっかり使えるなんて。
クリスは座ってたベッドから腰を上げると、机にあった羽根ペンを手に取った。目の前にそれを置くと、羽根ペンに手をかざしてしばらく意識を集中させている。
見ていると、焚火を目の前にしているようなじんわりとした「熱」を感じた。これは……クリスが魔力を放出させているのかしら?
「あっ」
すると、机の上に置かれていた羽根ペンが、見ている前で風もないのにくるりと転がったのだ。
「すごい、ほんとに手で触れてないのに物が動かせるのね。魔力を放出させるのってどうやるの?」
「え? 今やるの? 父さんに教わりながらの方が良くない?」
「クリスの方が魔力操作は上手いじゃないの」
「そうだけど……」
倒れた私を心配しているのだろう。けど、同じような事にはならないと思う。何となくだけど、お腹にあった「違和感」って、魔力を作る? ……溜める器官に起きてた異常だと思うのよ。詰まってて今まで使えなかったとか、そんな感じだった感触がある。
あの日はそれを一気に解消しちゃったから反動が起きただけで、もうああはならない気がする。勘だけど。
多分私には生まれつき魔力はあったのだと思う。それが詰まって使い物になってなかったから、今まで「魔力なし」だっただけで。すべて私の想像だが、不思議とこれは間違っていないと感じた。
あと、お腹に感じる熱を移動させる、っていうのも実はちょっとだけど出来るようになってるし。
私は居ても立ってもいられなくなって、心配するクリスを何とか説き伏せて教えてもらう事になった。
「えーと、じゃあゆっくり……魔力を流した時に感じたお腹の熱。それを手のひらの真ん中から少しずつ出すって想像してみて。ふーって細く息を吐きながらだとやりやすいと思う」
「やってみるわ」
お腹にある熱、ここから少しずつ……私は細く糸を紡ぐ想像をしていた。その糸がお腹から手の平まで伸びる。そこからは、手に持ったホースから水を出すようなイメージで繋がる。魔力を羽根ペンに当てる、そんな感じで。
「わ……!」
すると、羽根ペンが机の上を勢いよく飛んで行って床に落ちてしまった。
「今、クリスは何もしてないわよね?」
「うん、見てただけだよ」
私は感動していた。私にも魔法が使えるんだ。これ……超能力じゃん!
前世の方が全体的に便利だった。それは確かだけど、やっぱり魔法が使えるのってすごいワクワクするわ。
「確か、訓練すると物を浮かべたり水を温めたり出来るとかも書いてあったよ」
「ほんとに?!」
「うん。次にエルテの街に行ったら、属性なしの魔力について書かれてる本がないか探してみるね」
「ありがとう、クリス」
これは検証が必要ね。私もこの魔力で出来る事を他にも色々調べたい。
だって、手を触れないで物を動かせるなんて、お化粧品づくりに絶対に役に立つわ。
私は属性なしの魔力に、色々な可能性を見出していた。