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第9話 憧れを殺す

 大声で喧嘩しながら、騰蛇とうだを使役していた術者を捜索する。方向感覚を狂わせて堂々巡りをさせる結界は、先の戦闘の余波で破られていた。光希によると、術式の干渉力を上回る強度の術式や霊力を加えると術式は壊れるのだという。干渉力は術者の技量、術式の効率などで変わるらしい。


「あ゙〜! 見つからん!」


 捜索開始より三十分経過。依然として術者の気配は掴めないまま時間が過ぎた。楓は地面に座り込んでしまいたい衝動に駆られ、肩を揺らした。


「……これで見つからないとなると、逃げられたか」


 額の汗を拭いつつ、光希が口にする。楓との模擬戦に続けて大物と戦ったのだ、さすがに疲れているようだった。模擬戦でボコボコにしてしまったのを、楓は今更ながらちょっぴり後悔した。


「楓! 光希! だいじょ──大丈夫ね」


 ガサガサと木々の間を縫って木葉が走ってくる。長い綺麗な黒髪には葉が刺さっているし、絡まっている箇所もある。随分と急いで来たのだろう。


「大きな霊力を感じたから、慌てて来たの。あの規模と波長なら精霊だと思ったのだけど……二人は見たかしら?」


 髪を整えながら木葉は尋ねる。奇遇なことに、その大きな霊力持ちの精霊とやらは、ついさっき光希が倒したばかりだ。


「見たよ。騰蛇とうだってやつなんだってさ。相川が倒してたけどな」


騰蛇とうだ!? そんなまさか! とっとと詳しく教えなさい!」


 がしりと楓は木葉に両肩を掴まれてガックンガックン揺さぶられる。もちろん、それでは話せるものも話せなくて、楓は目を回すばかりだ。見かねた光希が代わりに答える。


「方向感覚を失わせる結界での足止めを喰らった後、霊力の霧で視界を奪われかけた。それから、騰蛇とうだが現れたから交戦。おれとの衝突で使役術式が破れて、騰蛇とうだも結界も消失した。今は術者がまだ近くにかもしれないと思って、こいつと探していたところだ」


 ぴたりと楓を揺さぶっていた木葉の手が止まった。冷静になったよかった、と思いきや、木葉の目と唇がゆっくりと笑みの形を取る様子を楓は目撃してしまう。いやにご機嫌になった木葉は楓に問う。


「どうやって光希に守ってもらったのかしら、楓?」


「うげっ……」


 呻いたのは楓と光希のどちらだっただろうか。それともどちらもか。楓は騰蛇とうだとの戦闘を思い出して、すうっと心が冷えるのを感じた。精霊に楓の刃は届かない、と無能である事実をまざまざと見せつけられたから。けれど、冷えた心を悟られないように表情には気をつける。


「やーけに手際よく結界の中に押し込められたよ。なあ、相川?」


 意地悪く視線を光希に向けると、光希のしかめ面には「ものすごく不本意だ」と大きく書かれていた。とはいえ、木葉はそれで十二分に満足したらしく、にやにやとひたすら笑っている。ひとしきりそうして笑った後、木葉は頬を押さえて表情を引き締めた。


「……それで、私たちの方でも術者は探したのだけどそれらしい人間はまだ見つかっていないわ。この感じだと、逃げられたみたいね」


 御社みやしろから離れているとはいえ霊能力者の総本山を狙うだなんていい度胸ね、と木葉は低い声で言う。天宮のもりに襲撃を仕掛けることの重大さは、楓にもなんとなくは分かるのだ。


「とりあえず帰りましょ。幸いにも被害は出なかったし、収穫もあったし」


 木葉の言う収穫が何であったかは楓と光希にはあまりにも明白だった。


 おととい出会ったばかりの少女と昨日出会ったばかりの少年とともに楓は歩いている。さくさくと柔らかい地面に三人分の足跡を残して、黙々と。それに見上げれば、青い空が木々の隙間から楓を見返してくる。


 未だ覚めない夢の中。


 すんと甘い土の匂いが楓の鼻をくすぐった。


「楓、光希の戦闘はどうだったかしら?」


 木葉が楓に耳打ちをする。ばらばらに歩いているせいで、前を行く光希との距離はすっかり開いてしまっていた。この距離ならもう木葉との会話はほとんど耳に入らない。おそらく、木葉もそれを知っていて、機会を待っていたのだろう。


「相川の戦闘か……、すごかったよ、すごく綺麗だったんだ」


 目を閉じて、蒼炎の軌跡を思い出す。ただの一瞬も目が離せなかった。どこまでも綺麗な蒼い光と身のこなしに、悔しいけれど惚れ惚れとした。斜陽の中で楓が幾度となく描いた理想がそこにあって。


 ──楓がほしかったものを、光希は全部持っている。


「……あんな風に、ボクも」


 その先は言わなかった。口に出してしまえば終わりのような気がして、唇を結んだ。願っても、叶わないのだから、願うことはやめるべきだと何度自分に言い聞かせればいいのだろうか。


「やっぱり、護衛は嫌?」


 木葉の言葉に笑って手を振る。


「違うんだ、嫌だとか、あー、いや、フツーにあの不愛想野郎は気に入らないんだけどさ! でも、ボクには護衛なんて分不相応だよ。ボクにはそんな価値なんてないからさ」


「我らが大事なお姫様にそんなことを言わせるだなんて、あの愚か者はたっぷりと反省すべきね。私、ちょっと叱って来るわ」


 息巻いて木葉は駆け出してしまった。いつも通り──といっても出会って三日目だが、話の半分も通じていない。


「え!? ちょっ! えっ! 木葉!?」


 声はやはりというか届かず、楓は一人でガックリと肩を落とした。





「光希」


 楓と木葉を残してさっさと天宮の屋敷に戻る道を進んでいた光希は、つややかな少女の声に足を鈍らせた。


「なんだよ、今度は」


 振り返らずに文句を言えば、木葉は横に並んで光希の顔を覗き込む。


「あんた、楓を守ったわね」


 どくん、と光希の心臓が跳ねた。


「あれはただの成り行きだ。護衛なんて、おれは絶対にやらないからな」


 そう、あれはただ天宮楓のそばには光希しかいなかったからだ。無能では精霊に太刀打ちできないから、足手まといだったから、動けないようにしただけだ。そこに光希個人の意思は介在していない。


()()()


 木葉の声が光希の耳にやけによく響いた。はらりと木からまだ若い葉が落ちる。葉は柔らかい風に二転三転、そして強い風に運ばれて遠くへ。


「光希、あんたは既に選んだわ。天宮楓を守ることを」


 木葉は漆黒の瞳で光希を覗く。どこまでも落ちてしまえそうな黒に見つめられて、光希は息を詰めた。心なしか肌に感じる空気すらも冷たい。動けない光希に木葉は囁きを残して行ってしまう。



「──だからね、最後まで守り通しなさい。あの子はあんたの姫君よ」





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