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第31話 誰かに背を預けるということ

 夜徒やとを狩っていた楓の銀の髪が突如として吹き荒れた風に乱れる。夜徒やとを斬り棄ててから振り返れば、蒼い龍が光希の隣にはべっていた。光希の霊力と同じ、混じりけのない純粋な蒼。千年に一人の才を持つ画工が魂を込めて描いたような優美さに、力強さを兼ね備えた美しい龍だった。先ほど霧を拭い去ったのは、この龍だったのだ。


 光希と目が合った。楓は頷いて、刀を振るう。もっと、はやく。銀の髪が翻り、研ぎ澄まされた満月色の瞳で夜徒やとを見据える。


 誰かと共に戦うのは初めてだった。楓を死角から狙う夜徒やとは光希が術式で吹き飛ばす。光希の青い龍がまた他の夜徒やとを燃やす。後ろに誰かがいてくれることが、独りではないことが、こんなにも心強いなんて知らなかった。


 夜徒やとの血で汚れた刃が月光を弾いて鈍く輝く。楓の身体の大きさなど夜徒やとの前にはちっぽけなもの。平均的な家屋ほどの巨体が力を溜めて、地を蹴った。楓の体重では爪のひと掠りで吹き飛ばされるだろう。そんな獣があと数匹。同時に楓を狙っている。たった独りだったなら、無傷では済まない。たとえ楓の回復能力を以てしても、回復能力を超えた損傷を受ければ命の保証はない。


 楓は獰猛に、そして不敵に笑った。


 さあ、狩りをしよう。


「相川!」


「ああ!」


 目くばせひとつで意思が伝わる。体勢を低くして夜徒やとの身体と地面の隙間を掻い潜る。獲物を見失った獣が顔を彷徨わせる瞬間に、光希が風の刃でその首を落としてみせた。楓の本命はその先。未だ下から迫る狩人に気づかない夜徒やとの方。足を斬り、苦悶に満ちた咆哮を上げる獣の喉笛を斬り裂く。


「あと一匹!」


 満月に向かって地面を蹴りつけた。銀の髪がはたはたと舞う。握りしめた刀が楓の両手に重力を伝える。光希の放った雷撃に惑う獣が見えた。


 最後の夜徒やとを上段から斬り伏せる。どうっと重い音を立てて、夜の獣は沈黙した。楓の髪が黒へと戻っていく。上で動いていた耳も元通りになった。変化へんげ自体はそう長くは保たない。


「こういうのも、悪くないだろ?」


「うん。おまえとなら、悪くないな」


 光希が拳を持ち上げる。何をすればいいのか、楓はすでに知っていた。楓も拳を作って、光希の拳にこつんとぶつけた。


「わ……たし、は、まだ、終われ、ない……っ、んです!」


 青白い顔の花蓮は土に爪を立てた。光希が刀の切っ先を花蓮の首筋に向ける。


「やめておけ。こんなになってもおまえは……」


 花蓮はずっと独りだった。楓と光希を殺すという任務はおそらく単独任務。相川が十本家のひとつであること、楓が天宮の姫であることを八咫烏やたがらすが看破していたということは、その任務が一人には荷が勝ちすぎることまで分かっていたはずだ。つまり、花蓮は楓と光希の能力を測るための試金石でしかなくて。


「わかって、ます。私が、捨て駒、だってこと。ですが、こんな、目の色をした私、には、居場所、なんてどこにも、ないんですよ」


 黒髪に黒目の多い五星結界の内外。現世うつしよ常世とこよが境界を失ってからは行方知れずになってしまったが、現世うつしよには黒髪黒目以外の人々もいたのだという。桜木花蓮がつ国の血を引いているのは目の色を見れば簡単に分かってしまう。そんな彼女が排斥される側にあったことは想像にかたくない。八咫烏やたがらすと呼ばれる組織に命運を売り渡すほどにすべてを憎んだことすら、楓には痛いくらいに理解できてしまう。だから楓は唇を引き結んだ。


「霞浦がおまえを心配していたぞ」


 光希の言葉に花蓮は静かに首を振った。


「……だめですよ、私なんか」


 ぱきん、と何かが砕ける音が花蓮の手の中から響いた。夜徒やとたちの咆哮がうろ全体を揺すぶる。軋みだしたうろの上から木の破片が落ちてくる。楓たちのいるうろの底にはいくつかの横穴が開いていて、それらすべてが夜徒やとの巣だった。楓たちがだいぶ減らしたといっても、まだ湧いてくる。


「相川! 先行っててくれ!」


「分かった! 桜木を頼んだ!」


 霊力で無理矢理身体を動かしている光希は先に木々で作られた道を登り出す。倒れたまま動こうとしない花蓮を楓は乱暴に背負った。


「……なんなんですか、バカなんですか。私、あなたを殺すつもりだったんですよ」


 花蓮がげほげほと咳き込む。楓は花蓮を背負う腕にさらに力を込めた。


「でも、殺さなかっただろ」


「だって、それはっ、殺しても、あなたは死なないし、相川光希はぶっ壊れ性能ですし、ふざけすぎなんですよ!」


「確かになー」


 崩れていくだけの道を楓は気を失ってしまった花蓮を背負って駆けていく。夜徒やとを躱しながら、真っすぐ。バケモノみたいな身体能力がなかったら、無能の楓は花蓮も自分自身も救えず道のどこかで立ち往生してしまっていただろう。そう考えると、なんだか悪くないような気がしてきた。


「天宮!」


 土と木の破片を目一杯黒髪にくっつけて、楓はひょっこり地上に顔を出した。光希の手をとって、夜空の真下へ。満ち足りた月の眩しさに目を細める。


「楓!」


「天宮さん!」


「楓おかえりいい~」


「天宮さん生きててよかったぁぁ」


 夏美と夕姫に抱きつかれて撫で回されて目を回す。友達というものに触れられるという体験も楓には初めてで。


 夏美、涼、夕姫に夕真。四人がそんなに嬉しそうにしている理由は楓にはまだ半分くらいしか理解できていないけれど、この関係は楓にとってかけがえのないものになるだろうという予感があった。


「楓さん! 愛してますわあああああ!」


「え゙え゙え゙!? なんで、霞浦まで!?」


 亜麻音に熱烈なラブコールをされる理由の方は、さっぱりよく分からないのだが。夜徒やとの一掃された草原にて、血塗れの服を着た楓は暴走する亜麻音に追いかけまわされていた。


「なんでさあああああっ! 霞浦、ボクのこと嫌いじゃなかったっけえええええっ!?」


「楓さんの強さに心を撃ち抜かれましたのおおおおお!」


「はああああああああ!?」





 ***





 動かした天宮の霊能力者たちに後始末の指示を飛ばし終え、木葉は溜息をついた。元々天宮が逢津付近の大規模討伐を計画していたため、夜徒やとの掃討自体はそれなりにスムーズに進んだ。先んじて戦力を集めていた安良城家当主、安良城夏美の手腕も大きい。夏美は最年少の当主ではあるけれど、他のどの当主よりも支配者としての才能が傑出していた。


「それにしても、半妖、ねぇ……。あまりにも、最悪だわ」


 天宮楓には十五になるまで接触してはならない、という天宮桜の指示はおそらく天宮楓の正体が露見することを防ぐためだったのだろう。半妖は異端だ。最後の天宮の姫を守りきるには、正体に関する秘密すらも守らねばならない。


「光希、あんたの背負い込んだものは想像以上に重いわよ」





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