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第3話 唐揚げ定食は大盛りで

 ホームルームが終わると、初日のイベントはもう終わりだった。深く息を吐いて胸を撫でおろす楓の元には、天宮の名に興味津々の生徒たちがやって来る。


「今の天宮の跡継ぎって一人なんじゃなかったっけ?」


「あ、え、えーっと、その」


「ものすごく強いんだろうな。得意術式とか訊いてもいい?」


「え、あ、あ」


 浴びせられる質問に何一つ答えられずに呻く。木葉に助けを求めようと視線を彷徨わせたけれど、目が合う距離にはいなかった。


「楓、お昼ご飯食べる約束してたでしょ? 早く行こう?」


 だからみんなごめんね、とすまなさそうな顔をしながら夏美が言う。約束なんてしてないけど、なんていう発言は野暮だということくらい楓にも分かる。立ち上がって、クラスメイトたちに頭を下げた。


「そういうことなんだ、ごめんな」





「ごめんね、突然呼び捨てしちゃって。余計なお世話だったかな?」


 困り果てていた楓を救った救世主様、あるいは大天使様はしばらくしてそんなことを言い出した。入学式が行われる今日、登校しているのは一年生だけ。それでも浮かれた一年生は大勢廊下でたむろして談笑している。二人で連れだって歩くこともおぼつかないほどだ。


「ううん、全然。ありがとう、助かったよ。できたら、これからそう呼んでくれると嬉しいな」


「いいの? 私のことも夏美って呼んでくれると嬉しい」


 へへっ、と思わず笑い声がもれた。きょとんとする夏美に楓は首を振る。


「いや、あの、なんか、嬉しくて。こういうの初めてだったからさ」


「そっか。私も嬉しいよ。こんな早く友達ができるなんて思ってもなかったから」


 ともだち。たった四つの音で構成された言葉がじんわりと温みを帯びて、楓の胸に沁み込んだ。温かくて心地のいい言葉に舞い上がってしまいそうになるけれど、我慢しなければ。そうでもしなかったら、突然ニマニマし出す変な人になってしまう。


「ふへへへ……。ともだちかあ、へへ」


 自制しようと考えたところまではよかった。しかし、まあ、もう既に時遅しというやつだ。頬はすっかり緩んで、気持ちの悪い笑みを浮かべてしまっている。すれ違った男子生徒が少しぎょっとしていた。


 二人は一年生の教室を通り過ぎ、食堂へ向かう道を歩いていた。もちろん夏美の案内で。夏美は楓よりも早くに寮に越してきたようで、いくらか学校の地理に詳しかった。


 ホームルーム教室のある教室棟から、ガラス張りの渡り廊下を抜けた先の棟に食堂は位置している。先ほど入学式を行った講堂を渡り廊下のガラス越しに眺めつつ、楓と夏美は足を進めた。


「楓は、どこの辺りからここに来たの? 私は阿良々あららぎの方なんだけど」


「アララギ?」


 聞いたことのない地名に首を捻る。五星の内部の地名なのだろうが、楓にはさっぱりだ。夏美が不思議そうな顔を見せる。


「うーんと、あんまり聞いたことなかったか。阿良々木は五星の北にある青波の真下で、紅月と青波の間かな」


「なるほど……。ボクは──」


 五星結界の外、黄昏から来たことを言うべきなのか分からないままに口を開く。


「あら、楓。探したわよ。夏美と一緒にいたのね」


 長い黒髪の少女は微笑むと、人混みを縫って楓の隣にやって来る。夏美の笑顔がこころなしか引きつった。


「木葉……」


 夏美が〝この女狐〟とかいう不穏な呼び方を訂正したことには気づかなかったふりをしておこう。その方が賢明だと本能的に楓は悟る。木葉は夏美からのチクチクとした殺意の高い視線をごく自然に受け流した。


「夏美も同じクラスね、これからよろしく頼むわ」


「さっきクラスで見かけたから知ってるよ。よろしくね」


 言葉面だけではごく普通の挨拶なのだが、実際は今にも二頭の肉食獣が戦いを始めそうなくらいの緊迫感があった。にこにこと笑いながら臨戦状態を取る両者。


「どう? やる? 決闘は禁じられてないけど?」


 そう言う夏美の手は既に太ももの方に伸びている。スカートの下となると、拳銃か何かだろうか。隙のない動作に楓は内心驚嘆する。


「あら、随分と急ぐじゃない。でも、余裕のない女は嫌われるわよ?」


 木葉は完璧に整った笑みを浮かべてみせた。美しい笑みはそのまま彼女の余裕を示す。悔しそうに臨戦態勢を解いた夏美は、次の瞬間にはもう何事もなかったかのように明るい笑顔を浮かべていた。


「……まあ、まだ時間はたっぷりあるからね。木葉の額に風穴を開ける機会はいくらでもあるよね」


 険悪な二人に気圧されていた楓だったが、おそるおそる質問をしてみる。


「二人って、付き合い長いの?」


 夏美が冷たく微笑み、木葉が笑顔のまま頷く。


「腐れ縁ってやつかな。まさか木葉が私たちと同じ学年になるとは思ってもみなかったけど……」


「いいじゃない。仲がいいのは良いことよ」


 木葉は木葉で仲良しの意味をはき違えているような。楓は思わず引きつり笑いをしてしまった。


「まあ、ここで立ち止まるのも迷惑だから、早く食堂に行きましょ」


「ああ、ボクお腹ぺこぺこだよ」


 ぴかぴかの制服に着られている一年生たちでごった返す食堂。壁は片面すべてがガラス張りになっていて、天気のいい今日は日差しがさんさんと降り注いで食堂を明るく照らし出していた。おまけに満開の桜まで見られるというのだから贅沢だ。


 四人掛けの机を確保した後、楓たちはトレーを持って列に並んでそれぞれ好きなメニューを注文する。学生証を見せれば、代金は生徒に紐づけられて、月末に登録口座から引き落とされる仕組みだ。木葉曰く、楓の分は天宮家が支払うことになっているらしい。


「楓は醤油ラーメン、木葉はカレーライスにしたんだね」


 そう言う夏美はカルボナーラの載ったトレーを机に置く。どの料理からも食欲を掻き立てる匂いが立ち上り、楓は唾を飲み込んだ。


「らーめん? なんて初めて食べるよ。二人のもおいしそうだから、その内食べたいな」


「──ご、ごめん! 席一緒に座ってもいいかな? 席取り忘れたまま食べ物取りに行っちゃって」


 楓が箸を持ったその時、少女の困った声が降ってきた。少女はふわふわのくせ毛を一つに結わえ、きらきらと輝く瞳を落ち着かない様子で彷徨わせている。そしてその手にあるのは大盛りの唐揚げ定食だ。うず高く盛られた白米も見るに、確かにこのまま人の多い食堂を歩き回るのは至難の業だろう。


「もちろんだよ。あ、勝手にごめん」


 前半は少女に、後半は木葉と夏美に向けた言葉だ。二人は同時に首を振り、異論がないことを楓に伝えた。


「ふう……、よかった、助かったあ……。ありがとう」


 早速唐揚げ定食を頬張りながら、少女は楓たちに話しかける。


「えっと、天宮さんと、安良城さんと、えっと……」


「下田よ」


「そう! 下田さん! 私は、一年A組笹本ささもと夕姫ゆうきです! よろしく! 私のことは夕姫って呼んで!」


 口の横に米粒を付けたまま夕姫はにっと笑った。


「同じクラスなんだな! よろしく! ボクのことは楓って呼んで」


 そうして木葉と夏美も挨拶を終え、食べながら話は続いていく。途中、楓はラーメンの汁をあらぬ方向に飛ばしてしまったり、夕姫が唐揚げの山を崩してしまって唐揚げの雪崩を起こしてしまったりの小さなハプニングはあったけれど。


「そういや、みんなは部活ってどうするの?」


「ぶかつ?」


 夕姫の口から出た言葉は楓には未知の単語だった。


「そう、生徒が集まって色んな活動を放課後に自主的に行うんだよ」


「なるほど……」


「私は特に何も入る気はないわ。忙しいから」


 夏美の簡潔な説明に楓が頷く傍ら、木葉はさらりと素っ気なくも聞こえる返答をする。少しだけ残念そうに夕姫は眉を下げた。一瞬木葉を睨んだ夏美が代わりに口を開く。


「私は生徒会志望かな。できたら入りたいと思ってる」


「ええええ! 生徒会!? 成績上位者しか、確か学年で上から五番くらいの人しか入れないとかいう噂の!?」


 立ち上がりかける夕姫の肩を夏美が慌てて押さえた。いくらにぎやかな食堂でも、大声を上げながら立ち上がれば目立ってしまう。


「ちょっと、驚きすぎだってば、夕姫! まだ入れると決まったわけじゃないし!」


「でもでも、生徒会に入ると色々特権とかもあったりしてお得なんだよね?」


「うん、学食費免除とか、大学の推薦もらえたりとか」


 青波学園において生徒会は大きな権限を持っている。というのも、生徒会は風紀委員会とともに学内の治安維持を担っているからだ。生徒間の決闘が許可されている環境において、治安維持は肝心。生徒会は基本、生徒の監督やルール作り、行事の開催などを行うが、霊能力者たちの上に立つという性質上それに伴う実力が望まれる。だから、成績上位者が生徒会に入るケースがほとんどなのだ。ちなみに、風紀委員会は霊能力者同士の決闘(しばしば白熱しがち)に直接仲裁に入るわけなので、さらに実力主義だったりする。


「ほえええ、夏美すごいな……」


「私は剣道部に入ろうと思ってるんだけど、楓は何か入ったりする予定はある?」


 一緒にどう?、と訊いているのと全く同じ意味の問いかけだ。楓は数瞬考えて、それからゆっくりと首を振った。


「ごめんだけど、ボクも入らないかな、たぶん。きっと余裕ないから……」


 霊能力者を育成する学校ということだから、当然授業にはそのための教科があるのだろう。けれど、今まで霊能力者向けの教育を受けたこともマトモに勉強をしたこともない楓には、初っ端でつまずく未来が見える。追いつくので必死になるのだろうと考えれば、他の活動をしている余裕なんてない。


「そっかあああ、ざんねーん」


 いつの間にかあの大盛り定食を平らげてしまった夕姫は、がっくりと頭を下げた拍子に皿に頭を突っ込みそうになっている。楓は苦笑しながら、間一髪で夏美に救出される夕姫を眺めた。


「……悪くないでしょ、こういうのも」


 隣に座る木葉が微笑む。


「ああ。悪くないな。誰かと関わるのは楽しいことなんだって久しぶりに思ったよ」


 軽く笑ってみせると、木葉はらしくもなく沈鬱な顔で頷いた。


「ん? どうかした? ボク、なんか変なこと言ったかな……」


 いいえ、何でもないわ、という返事があったのはそれからしばらく間を置いてからだった。






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