第27話 行って
「『雷童子』!」
パリパリと空気を焦がすほどの雷撃が走った。光希を喰らおうとしていた夜徒の頭は焦げ臭い匂いとともに吹き飛んだ。雷撃はそのまま光希の周囲の夜徒を蹴散らし、光希の作った死骸の山に焼け焦げた夜徒の死骸も加わる。
プロペラの旋回する音が夜徒の咆哮ばかりが響く野を薙ぎ払う。はっと顔を上げると、涼が術式を放ったままの体勢でヘリコプターから飛び降りてくるところだった。
「私たちが掴んだ情報を持ち逃げして抜け駆けなんて、いくら光希でも許さないんだからね!」
涼に続けて夏美が叫びながら舞い降りる。両手には拳銃がそれぞれ握られていて、戦闘用意は万全だった。
「うおおおおおおおお!」
「夜徒だらけのトコに降ろされるとか俺聞いてないいいいいいいいいっ!」
雄叫びとともに地面にどんと足を着けるのは夕姫。涙目で情けない叫び声を上げて降下──というよりも落ちてくるのが夕真。
「楓さんんんんっ! このわたくしの自家用ヘリ! これが! 愛の力ですわああああああああっ!」
恥ずかしげもなく甲高い声を上げて亜麻音までもがやって来る。
それは愛じゃなくてカネの力だ、と全員が内心でツッコむ。五星結界の内部でも黄昏でもない夜の真っ只中に、ヘリで乱入してくるなんて本気で馬鹿げている。ぼろぼろになっていた光希さえ、呆れや困惑を通り越してもはや笑えてきた。
「おまえら、学校はどうしたんだよ!」
「「ブッチしてきたっ!」」
夕姫と夕真が親指を立てて清々しい笑顔を見せる。見事なまでの純粋な学校サボり発言にもう言葉は出てこない。危険だから、と置いてきたはずが、立場は逆転していた。
「……だが、夜徒の数が多すぎる」
涼の刀が翡翠に輝く。霊力を纏わせた鋭利な刃が飛び掛かって来る夜徒を斬った。涼に向けた夜徒の攻撃はどれもわずかに的外れ。すべては涼が展開する術式が原因だった。丈の長い草が夜徒の脚を捉える。振りかざした長い爪は涼ではなく地面を穿つ。草を操ったのは風系統の名前すらつかない小さな術式だ。けれど、そうした術式の規模の小ささと細やかさが戦闘を有利にする。霊力の消費を最小限に抑えつつ、成果を出す。霊力の繊細なコントロール技術がなければ不可能だ。
「私も負けてられないよね!」
夏美の両手に握られた拳銃が術式を撃ち出す。二丁の拳銃は術式を保存し、保存した術式は霊力を流して引金を引くだけで発動させられるという代物だ。術式構築の時間を省き、速さを追求したもの。陣を使った安良城の術式の弱点──発動までの時間の長さを補う最適解。術式で編まれた弾丸が容赦なく黒い獣たちの脳天を突き破る。
「『第十五式、氷花の陣』」
瞬間、氷の花が地面に咲き乱れた。銃を撃ちながら、陣を描き、術式の構築をしていたのだ。低温が夜徒の脚を鈍らせる。
「よし! 私たちの出番だ、夕真っ!」
「行くぞぉ!」
「「『我は天理を敷く者、世を騙る者。滅びは我が手中にありて、いざ此処に呼ばわん。煉獄より出でし業火よ、悉くを焼き尽くせ』!」」
夏美が動きを鈍らせた夜徒の中心で、血のような紅蓮の炎が吹き上がる。夜徒を引きずり込みながら炎の柱はやがてはち切れた。弾けながら火花が振ってくる様子はまるで、星が泣いているよう。二人の広範囲術式はまだ粗削りではあったが、驚嘆に値するものだった。
「『夢空』」
亜麻音が呟けば、双子に忍び寄る夜徒が動きを止めた。中型の夜徒はばたりと倒れて四肢でしきりに空気を掻いている。
「ななな何したの!?」
「何も存在しない空間を疑似的に体験させているだけですわ。わたくしの幻術では、まだこの程度が精一杯ですけれど」
光希は亜麻音が無力化した夜徒にとどめを刺し、視線を周囲に走らせた。まだ数が多い。いずれは涼たちも疲弊し、じり貧になってしまう。
「まずいな、これは……!」
「大丈夫! 私たちは先行してきただけ! 安良城家当主として、夜徒の大規模討伐作戦を打ち立てた。すぐに安良城の戦力、および周辺を管轄にしている家による戦力が投入される手筈になってる! それまでなら、私たちだって持ちこたえられるから! だからここは私たちに任せて!」
「楓のところへ行ってあげて!」
「「行って!」」
「楓さんを、そしてできたら花蓮をお願いしますわ!」
光希は頬についた血を拭い、叫び返した。
「助かる! 行ってくる!」
光希の刀が今一度光を増す。ふっと息を吐いて、夜徒の海を青の住む双眸で見据えて。
「行きなさい! 例の使用許可は下りたわ。……楓を、救ってあげて」
木葉の声を載せた風が光希にだけ吹いた。後ろで木葉がきりきりと弓を引き絞る姿が見える。紫の光の矢が分かたれ、光希の前で雨のように降り注いだ。それは、多くの夜徒を薙ぎ払う一射。
道はもう拓かれた。ならば、この足は囚われの姫君の元へ向かうためだけに在る。
躊躇わずに走り出す。夜徒を斬り、跳んで、一分でも一秒でも早く先へ。
おまえを迎えに来たんだ、と伝えるために。




