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第16話 はじめての休日

「やーって来ました! 我らが目的地! 学生御用達、ファッションからご飯、スイーツ、カフェ、アイスクリーム、パフェなんでもござれの日暮ひぐれモールでっす! いえーい!」


「いえーい!」


「なんでもござれって、もう夕姫……、ほとんどご飯というかスイーツなんだけど!」


 びしっと万歳をした笹本の双子、夕姫と夕真が大型ショッピングモールを前にして小躍りを始めて、すかさずツッコミを入れるのは卵色のワンピースを着た夏美だ。袖口と裾がひらひらとしたデザインになっており、可愛らしい印象の服装だった。黒というよりも茶色に近い髪色に柔らかい黄色はよく似合う。夕姫と夕真は無難にデニムのジーンズにシャツを合わせている。夕真は緑のチェック柄のシャツ、夕姫は白と紺のボーダー柄のシャツの上に大きめの桃色カーディガンだ。


「楓はこういうところは初めてよね?」


「え、あ、うん」


 黒のスキニージーンズに白Tシャツを合わせ、黒の長いカーディガンを羽織った木葉はどこぞのモデルみたいだった。対して、楓は肩ひもの付いた臙脂色のチェック柄ズボンに、袖がふわりとした白いシャツを纏っている。今朝がた木葉に着せられた服である。


 わけが分からないのは突然私服を用意されてショッピングモールに連れてこられたことだけではなくて、そのメンツにも理由がある。というのも、楓の後ろには、ベージュのズボンに白いシャツの上から長めのカーキ色のシャツを羽織った涼、黒いズボン、アイボリーのプルオーバーパーカー、デニム生地の上着を着た光希までもが揃っている。しかし、光希とは喧嘩してからまだ数日ほどしか立っておらず、大絶賛気まずい期間中に顔を合わせる羽目になっていた。現状、互いの存在をそこはかとなく無視することで空気を清浄に保つ努力が行われている。


 なぜ日曜に七人でわざわざショッピングモール──日暮モールにやってきたのか。計画を立てたのは、夕姫、夏美、木葉、涼の四人。木葉も入っているというのはだいぶ意外ではあるけれど、親睦会ということで遊びに行きましょー、とかいうその場の軽いノリらしい。


 日曜日ともなれば、人もごった返す正面エントランス手前。自動ドアが二つ並ぶ入口は春ということで桜模様のラッピングがされていた。れっつらごー!、なんて元気よく騒いでいる双子を先頭に、楓たちはショッピングモールへ足を踏み入れる。


「うわぁあー!」


 楓は目を輝かせ、きょろきょろと四方八方眺め回した。父親に肩車された幼い男の子と、服屋に目を移りしている母親の姿。一目散にフードコートに駆けていく小学生たち。握りしめているのはお小遣い……ではなく、映画の半券。夕姫に訊いた所、映画の半券で安くなる店もあるのだとか。談笑して歩き去る少女たちに少年たち。熟年の夫婦はゆっくりと喧騒の中で歩みを進めている。


「ふふっ、楓、目を落っことしそう」


 夏美に言われて楓はまばたきを思い出した。目が乾いてしかたがない。だって見るものがあんまりにも多いから。


「今は十一時だから、分かれて二階の真ん中の案内板前とかで十二時に待ち合わせはどうかな?」


 入ってすぐの案内板を確認しつつ、涼が提案する。七人でゾロゾロと人の多い場所を歩くのも大変そうなので、その提案は理にかなっているようだ。それに、人によって見たいものも違うだろうし。


「賛成! ではでは、解散! 夏美、楓、木葉行こ! また会おう男子どもよ!」


「え!?」


「ちょっと夕姫!?」


 臆せずに人混みの中へ突撃をかます夕姫。せっかく呼んでくれたことなので、楓も慌てて後を追った。正直、光希から離れられて渡りに船だ。


「楓、楓~、見て~!」


 ふらっと入った雑貨屋で、夕姫はピコピコと耳の動くウサギの帽子を被ってみせる。可愛いというにはいささか目と目が離れすぎた顔のウサギだった。思わず楓が噴き出したところで、夏美が夕姫の頭からウサギ帽を攫っていく。


「もう! 売り物で遊ばないの!」


「うへぇ、ごめんー」


「こっちの耳は動かないのね」


 木葉はそんなことを言って、やっぱりちょっとだけブサイクな犬か狼か曖昧な生き物の帽子を頭に載せている。


「んー、楓にはウサギよりも狼モドキの方が似合うわね……」


 夏美が密やかに舌打ちしたのに気づいていないのか、それとも気づいていて無視をしたのか。真剣な面持ちで楓と帽子を交互に眺める木葉だった。


「いる? 帽子」


「いらないぞ、木葉。そもそも、そんなお金どこから──」


「もちろん、天宮の家に決まっているじゃない。大丈夫よ、あなたについてはあとで申請すればどれだけ使ってもいいことになっているわ。ああ、その辺は私がやっておくわよ」


 ……おもしろ帽子を買ったとあの気難しそうな老人に報告するというのだろうか。頭が痛い。


「いいってば、もったいないぞ」


「それより、売り物はちゃんと棚に戻してよ!」


「何よ。夏美は真面目ね?」


 夏美の笑顔に黒い影が落ちて、殺気が漏れ出す。楓と夕姫の額から冷や汗がたらりと滑り落ちる。木葉だけはケロッとした顔で帽子を脱いで、それで帽子から興味をなくしたとばかりに向かいの書店に吸い込まれていく。


「なんて自由なんだあの人……」


「マジメに授業受けてるのが驚きかも」


「……ふふ、はは、いつか風穴開けてやるんだから」


 素直に呆れている楓と夕姫、そして一人だけ別次元な呟きをする夏美。楓は夏美を怒らせてはいけないとしっかりと脳内メモに書き留めておく。


 木葉を追って入った書店は先程の雑貨屋よりも広かった。整然と陳列されたぴかぴかの本に楓は口をぽかんと開ける。


「本いっぱいだー!」


「楓、本好きなの?」


 胸に手を当てて、夕姫の言葉に深く頷く。


「うん、本はボクを色んな場所に連れて行ってくれるから、好きなんだ」


 たったひとつだけの、ご褒美みたいなものだった。夜徒やとを狩るためだけに飼われていた楓にとっては唯一の外界を知るための手段だった。楓はどこへも行けなかったから。


「そっかぁー、私は漫画ばっかり読んでたよ。……おおっと、ちょ、ちょっと、行ってくる! 追ってるシリーズの新刊出てる!」


 どどど、と凄まじい勢いで漫画コーナーに消えていく夕姫を夏美と一緒に見送る。


「夕姫もだいぶ自由だよな……」


「そうだねぇ。私にはあの自由さがちょっぴり羨ましい……なんてね」


 夏美は、十の本家のひとつ、安良城家の当主だ。本家というからには大きい家なのだろうし、その上に立つのは並大抵のことではないはずだ。自由に振る舞うことは確かにあまり許されない身の上だろう。


「ねぇ、楓は光希とどういう関係なの? あの光希が冷静さを欠く相手なんて、そういるものじゃない」


「んんん、そうなのか? いつもトゲトゲして怒ってる気がするけど──」


 今は喧嘩してそれっきりだが。それに、ムスッとしているか無表情かの二種類ほどしか見られないので、よく分からない。


「そのこと。光希、怒ったりしないもん。喧嘩だってしてるとこ見たことなかった。……お、幼なじみだから、私、その」


 言いながら思うところがあったようで、ぼぼぼっと夏美の頬が赤くなる。幼馴染の夏美としては光希と楓が永遠に仲悪い様子を見せているのが気になるらしい。何せ、光希は他者に関わらないようにするタイプだというのもあるからにして。


「……どんな関係、か。強いて言うなら、お互いに気に入らないだけだよ。というか、入学式の日に二度もぶつかっちゃってさ。それ以来なんかこんな感じ」


 佐藤に釘を刺されたから、光希が楓の護衛であることには触れられなかった。夏美の顔はまだまだ怪訝なままで、納得させられたとは到底言いがたい。


「そう……。じゃあ、ここ数日の光希がちょっとだけ元気がないのはなんでか知ってたりする?」


 ぎくりとした。その理由なんて心当たりしかない。というか、あの仏頂面からよくもまあ分かるものだ。さすがは恋する乙女。


「うーん、ボクと喧嘩したから……かな」


 いつもギスギスはしているので、大して答えになっていない。けれど、怒鳴りつけたとはとてもじゃないが口には出せるわけがない。


「──二人とも、そろそろ時間じゃないかしら? 早く待ち合わせ場所に向かいましょ」


「私も漫画買えて満足なのだー! では行こうー!」


 木葉と夕姫の乱入によって話は有耶無耶になり、賑やかな一団は三階の書店を後にして二階へ降りるエスカレーターを目指す。ちょうどフロアの真ん中に降りるエスカレーターだったので、待ち合わせ場所に光希たちがいるのが見えた。その周囲の女性人口率がやけに高いのは気の所為ではないはずだ。


「さすがイケメンのお二方だねぇ、女の子たちにめっちゃ見られてるじゃん!」


「顔がいいのも大変ね」


 木葉が目を伏せて溜息をつけば、上りのエスカレーターに乗っていた少年が息を詰まらせていた。


「……木葉もな」


 木葉の場合は存在が兵器というか、なんというか。しかも本人はわりかし傍若無人なので彼女に目の眩んだ男が悲しい運命を辿ることは必至だ。


 楓たちが合流すると、周囲の女性方はとても悔しそうな顔をして三々五々散っていく。一番安心した顔を見せたのは夕真だった。


「いやー、マジでどこ行っても見られるの怖かった……」


「それはすごいお疲れ様だな……」


 心なしかくたびれている夕真に楓は声をかけてみる。楓から声をかけたのは初めてだったので、夕真は一瞬驚いた顔をしてから笑った。ぱっと明るいお日様みたいな笑顔は、夕姫の笑顔と瓜二つだ。


「ありがとー。天宮さんたちはどうだった? ウチの夕姫がバカやらかしてたりとかしてた?」


「楽しかったよ! 夕姫は売り物のうさ耳帽子で遊んで夏美に怒られてて、漫画の新刊買ったりしてたよ」


「さすがだなアイツ。うん、安良城さんがいてくれて助かったぜ。じゃじゃ馬だからさ、手綱握ってくれる人いるんだよな……」


「ちょっと! なんだ、じゃじゃ馬とは! ボコボコにされたいのかーっ!」


 夕姫は漫画本の入った袋を利き手から持ち替え、空いた手で拳を作る。


「はいはい、ちょっと待った。ここで喧嘩はだめだよ」


「ひゃい……」


 爽やかに涼が夕姫をいさめる。その笑顔に夕姫はタジタジだった。


「じゃあ、お昼ご飯食べに行こっか! 予約はしてあるから行くだけだよ。場所は、えっと、別棟の三階みたい。私についてきてね」


 夏美の号令で、とにかくなぜだかよく目立つ七人はレストランへゾロゾロと向かうことになった。


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