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実は、貧乏人じゃありません。  作者: winten
第3章「初等部」
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第41話「新たな学期」

 桜の花びらが風に舞い、淡いピンク色のカーテンが校庭を彩っていた。6年生の教室に足を踏み入れた真奈は、ひそかに高鳴る胸を抑えながら、自分の名前を探した。「あった!」前から2列目の窓際、勇士の席の真後ろだった。


「やった……」思わず呟いた自分に気づき、慌てて口を押さえる。その瞬間、背後から詩音の声が飛んできた。

「真奈ちゃん! 席どこになった?」

「ここだよ! 詩音ちゃんは?」

「私は真奈ちゃんの斜め前! また近くて良かったね!」詩音は明るく笑い、隣に立つめぐみも「今年も一緒で安心だね」と微笑んだ。その言葉に真奈は心から安堵した。今年もこの仲間たちと一緒にいられる。それだけで、学校生活は楽しいものになる気がした。


 しかし、その中でひとりの存在が真奈の胸を複雑に揺らしていた。勇士。彼への気持ちを「ただの友達」と割り切るには、もう無理がある。春休み中、彼と過ごした何気ない時間の記憶が何度もよみがえり、そのたびに胸が熱くなるのだ。


「勇士君はどこ?」詩音が目を輝かせながら言う。

「あ、そこだよ。私の前」真奈が指さすと、詩音は小さく笑った。

「じゃあ、勇士君の周りはみんな私たちの席だね!」


 その言葉に、真奈の心が少しざわつく。詩音が勇士を気にかけているような気がしてならなかった。けれど、それを表に出すことはできない。ただ「そうだね」と微笑むしかなかった。




 授業が始まり、担任の北川先生が新学期の抱負をクラス全員に順番で発表させた。真奈の番になると、彼女は少し迷った末に「今年はみんなと仲良くして、楽しい一年にしたいです」と無難な言葉を選んだ。


 だが、勇士の番になると、彼は少し恥ずかしそうに髪をかき上げながら言った。「勉強も運動も頑張ります。でも、みんなともっと仲良くなることが一番の目標です」


 その言葉に、教室中が少しざわつき、特に女子たちが「なんかカッコいい」「やっぱり勇士君って人気あるよね」とひそひそ話を始めた。その声を耳にした真奈は、自分の中に小さな不安が芽生えるのを感じた。「みんなに人気の勇士」を好きになる自分は、どこまでその気持ちに正直でいられるのだろうか。


 放課後、教室に残って話していると、真奈たち5人は再び自然と集まっていた。小鉄が「今年は俺、もうちょっと真面目にやるからね!」と宣言すると、みんなが笑い出した。

「それ、去年も言ってたよね?」詩音がからかうように言い、勇士も「小鉄君が真面目って言うたびに、次の日には忘れてるよな」と笑った。


 その和やかな雰囲気に包まれながらも、真奈の心は穏やかではなかった。ふとした瞬間、詩音が勇士を見つめる目が気になり、自分の気持ちを隠すことが難しくなりつつあるのを感じていた。


 外を見ると、校庭には子どもたちの笑い声が響き、桜の花びらが風に乗って舞っている。けれど、その美しい光景とは裏腹に、真奈の心には言葉にならない葛藤が渦巻いていた――友情と恋心、そのどちらを優先するべきか。




 新学期が始まって数日が経った昼休み。教室は給食を食べ終えた子どもたちの笑い声やおしゃべりで賑わっていた。真奈は詩音、めぐみ、小鉄、そして勇士と一緒に机をくっつけ、片付けをしながら楽しそうに話していた。


「今日のカレー、やっぱり美味しいよね!」詩音ちゃんが給食の鍋を片付ける手を止めて笑う。

「うん、でもちょっと辛かったかな。小鉄君、大丈夫だった?」と、めぐみちゃんが優しく聞いた。

「全然大丈夫!辛いの平気だからさ。むしろもっと辛くてもいいくらい」小鉄君が得意げに胸を張る。

「へえ、小鉄君って辛党なんだ」真奈は自然と笑顔になりながらも、ちらりと勇士君に目をやる。


 勇士君は静かにスプーンを片付けながら、「俺もカレーは好きだけど、辛すぎるとちょっとなぁ」と小さく笑った。その仕草や声に、真奈の胸が少しだけ高鳴る。けれど、そんな穏やかな空気が一瞬で乱された。


 隣の席に座る女子たちがひそひそ話をしているのが耳に入ったのだ。

「勇士君と詩音ちゃんって、仲良いよね」

「そうそう。なんかいい感じだよね」


 その言葉に、真奈の手が止まった。勇士と詩音が仲がいいのは事実だ。これまでそれを気にしたことはなかったのに、今はどうしても胸がざわつく。


「真奈ちゃん、どうかした?」詩音が心配そうに声をかけてきた。

「え、ううん、なんでもない!」慌てて笑顔を作ったものの、心は揺れたままだった。




 午後の授業が始まっても、真奈は気持ちを切り替えることができなかった。先生が黒板に書く文字も、友達が発言する声も、どこか遠く感じられる。


「もし、本当に詩音ちゃんが勇士君を好きだったら……」


 考えれば考えるほど、不安と疑念が膨らむ。それを確かめたい気持ちと、確かめるのが怖い気持ちが混ざり合い、真奈の中で葛藤が渦巻いた。




 放課後、勇士がクラスの男の子たちとサッカーの約束をしているのを見て、真奈は少しだけホッとした。詩音が一緒ではない。それなら、あの噂は単なる思い違いだと思おうと、自分に言い聞かせた。


 しかし、その安心感も長くは続かなかった。帰りの支度をしていた真奈のところに詩音がやってきたのだ。


「ねえ、真奈ちゃん。今日、少しだけ話せない?」


 詩音ちゃんの表情は真剣だった。彼女の瞳がまっすぐ真奈を見つめている。その瞬間、真奈の胸がぎゅっと締めつけられるようだった。


「う、うん。いいよ」


 二人は校庭の隅にある木陰のベンチに座った。春の柔らかな日差しが地面に模様を作り、風に乗って桜の花びらが舞っている。


「最近、真奈ちゃん、ちょっと元気ないよね?」詩音ちゃんが言った。

「そんなことないよ」真奈は小さく首を振り、慌てて笑った。


 詩音ちゃんは、真奈が目をそらしたことに気づいたのか、少し考え込むようにしてから、優しく続けた。「何かあったなら、私に話してほしいな。真奈ちゃんの力になりたいし……」


 その言葉が、真奈の心をチクリと刺した。詩音はただ純粋に真奈を心配してくれているのに、自分は彼女を疑っている。


「ほんとに大丈夫。ありがとう、詩音ちゃん」


 その返事に、詩音は少し残念そうな顔をしたが、無理に追及はしなかった。「そっか。ならいいんだけど。でも、何かあったらいつでも言ってね!」


「うん、ありがとう」


 詩音の優しさが胸に沁みると同時に、真奈はますます自分の気持ちが分からなくなった。友情を守りたい気持ちと、恋心をどうにかしたい気持ちが、真奈の中で静かにぶつかり合っていた。




 その夜、真奈は自分の部屋でベッドに寝転び、ぼんやりと天井を見つめていた。勇士の笑顔や、詩音の優しい言葉が頭を巡る。


「私、どうしたらいいのかな……」


 ふと、真奈の頭に詩音の言葉が浮かんだ。「何かあったら言ってね。」それは勇士への気持ちを相談していいという意味なのか。それとも、全く別の意味なのか。


 外から風が吹き込み、カーテンがふわりと揺れる。けれど、春の穏やかな空気とは裏腹に、真奈の心は嵐の中にいるようだった。




 次の日、教室に入った真奈は、すぐに異変に気づいた。クラスの数人が何かをひそひそ話していて、ちらりと勇士や詩音の方を見ている。嫌な予感が胸をよぎった。


「何の話だろう?」勇気を出して耳を澄ませると、話題は「勇士君と詩音ちゃんが付き合ってる」という噂だった。


「昨日、二人が仲良さそうに話してたんだって」

「詩音ちゃんって可愛いし、勇士君もかっこいいからお似合いだよね!」


 その言葉に、真奈の心がズキンと痛んだ。詩音が好きな人が勇士だという確証はないけれど、この噂はまるで二人を結びつけるようなものだった。


 その日、授業中も噂が頭を離れず、真奈はほとんど集中できなかった。勇士はいつも通りに見えるし、詩音も特に気にしている様子はない。だが、真奈の心は落ち着かなかった。




 昼休み、いつものように5人で給食を食べていると、小鉄が軽い調子で口を開いた。

「なんかさ、変な噂が広がってるよね。勇士君と詩音ちゃんが付き合ってるってやつ」


 その場に一瞬、微妙な空気が流れる。真奈は思わず詩音の顔を見た。詩音は驚いた顔をしていたが、すぐに笑って否定した。

「えっ、そんなの嘘だよ! 私と勇士君が? ありえないって!」


「だよね!」勇士君も笑いながら言った。「誰がそんなこと言い出したんだろうね。おかしいよ」


 その軽い返答に、真奈は少しだけ安心した。しかし、その不安は完全に消えたわけではなかった。


 詩音ちゃんが笑顔で真奈に話しかけてきた。「真奈ちゃんも聞いてた? ほんと変な噂だよね」

「う、うん、そうだね」真奈はぎこちなく返事をした。


 その場は笑い話のように収まったが、真奈の胸の奥には違和感が残った。


 だが、その夜、真奈はなかなか眠ることができなかった。詩音と勇士の姿が頭から離れず、自分が何を感じているのかすら整理できないまま、布団の中で悶々とするばかりだった。




 翌日、噂はさらに広がりを見せていた。今度は「詩音ちゃんが勇士君のために何か特別なお礼をしたらしい」という話まで加わっていた。


「これ、もうどうしようもないね……」小鉄がため息をつく。


 真奈は心の中で叫びたかった。「どうしてこんな噂が広がるの? 勇士君も詩音ちゃんもそんなことしてないのに!」


 授業が終わり、真奈は意を決して詩音ちゃんに声をかけた。

「詩音ちゃん、大丈夫? 噂のこと、気にしてない?」


 詩音ちゃんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。「うん、大丈夫だよ。こういうのって気にしすぎても仕方ないしね」


 その言葉に真奈は少し安心したが、同時に自分の気持ちの整理がつかないもどかしさも感じていた。


「詩音ちゃんは、勇士君のことどう思ってるのかな……」胸の奥にそんな疑問を抱えながらも、真奈は言葉にする勇気が出なかった。


 こうして、真奈の心に芽生えた友情と恋心の狭間での葛藤は、ますます深まっていった。


 教室の中でひそひそと交わされる噂話は、真奈の耳に入らないようでいて、実際には心をざわつかせていた。男子たちが「詩音ちゃんと勇士君がいい感じなんじゃないか」と笑いながら話す声や、「いやいや、真奈ちゃんのほうが似合ってるだろ」というやり取りが、気づけばどこからともなく聞こえてくる。


 机に向かいながらも集中できず、つい視線を勇士のほうへ向けてしまう。彼は男子たちの中で堂々と立っていた。そして――。


「もういい加減にしろよ」


 勇士が低い声で男子たちを制した。その声には珍しく力がこもっている。教室中の空気が一瞬で凍りついたようだった。


「そんな話、する必要ないだろ。俺たちはただの友達なんだ。それでいいじゃん」隣から小鉄が声を上げた。


 男子たちは一瞬たじろぎながらも、「ちぇ、なんだよ」と投げやりに呟き、他愛のない話題に切り替えた。


 一部始終を見ていた女子たちは、興味津々の視線を詩音に向けた。


「詩音ちゃん、本当のところどうなの?  勇士君と何かあるの?」

 一人が詩音に問いかけると、周りの女子たちも頷きながら注目する。


 詩音は困ったように手を振り、苦笑いを浮かべた。「本当にそういうのじゃないよ。ただの友達だから」


 その言葉に真奈は少しだけ安心したような気もしたが、胸の奥に残る不安は消えなかった。もし詩音が本当に勇士君を好きだったら、自分はどうすればいいのだろう――。




 放課後、帰り道を歩きながら、真奈は詩音、めぐみ、小鉄、勇士と他愛のない話を交わしていた。夕方の風が吹き抜け、どこか心地よい時間だった。


「勇士君って、本当に頼りになるよね」

 詩音がぽつりと言った。軽い口調だったが、真奈の心にはその言葉が深く刺さる。


「詩音ちゃん……もしかして……」


 真奈は言葉を飲み込んだ。詩音が勇士をどう思っているのかを尋ねる勇気が出なかった。それでも、彼女の中で勇士への想いが確信に変わりつつあることだけは感じていた。


「詩音ちゃんが勇士君のことを好きだったら、私は……」


 友情を取るべきか、それとも自分の気持ちに正直になるべきか――真奈は答えの出ない問いに苦しんでいた。




 帰宅後、真奈はリビングのソファに座り、窓から街を眺めていた。そこから見える夜景は、いつもなら心を落ち着かせるはずなのに、今日はどこか遠い世界のように感じられた。


「ママ、私って変かな……」


 リビングで雑誌を読んでいた梨奈が顔を上げた。キッチンの優しいライトに照らされた梨奈は、真奈が頼りにする存在そのものだった。


「どうしたの?  変なんて思ったことないけど?」梨奈は雑誌を閉じ、ソファに座る真奈の隣に腰を下ろした。


 真奈は窓の外の夜景に目を向けたまま、曖昧に口を開く。「なんか……わからなくなっちゃった。私の気持ちが」


 梨奈は眉を少しひそめながらも、娘が心を打ち明けようとしているのを静かに待っていた。


「詩音ちゃんって、すごく優しくて、面白くて……大好きな友達なんだ」


「うん、詩音ちゃんは真奈にとって特別だよね」梨奈は娘の気持ちを促すように頷いた。


「でも……もし詩音ちゃんが勇士君のことを好きだったら、私、きっと素直に応援できないと思う」


 その一言に梨奈の表情が少し柔らいだ。「なるほど。それで悩んでたのね。」


 真奈は顔をうつむけ、小さな声で続けた。「私……勇士君のこと、好きなんだと思う」


 その言葉を口にした瞬間、真奈の中にあったもやもやが形を持ち始めた。それは、自分でも認めざるを得ない感情だった。


「そうだったんだ」梨奈は微笑みながら、そっと娘の髪を撫でた。「真奈が誰かを好きになるなんて、なんだかちょっとびっくりだけど……素敵なことだよ」


「でも……どうしていいかわからない。詩音ちゃんに悪い気がするし……」真奈の声はかすれた。


 梨奈は一瞬考え込み、優しく言葉を紡いだ。「真奈、誰かを好きになるって悪いことじゃないの。詩音ちゃんがどう思っているかは、詩音ちゃん自身の気持ちだし、真奈の気持ちは真奈のものだから。焦らなくても、ゆっくりでいいのよ」


 その言葉に真奈は少しだけ心が軽くなったように感じた。




 夜、自分の部屋に戻った真奈は、ベッドに横になりながら、天井を見上げていた。


「詩音ちゃんが勇士君を好きだったら、私はどうするんだろう……」


 その問いは解決しないまま心の中に残っていたが、一つだけはっきりしていることがあった。


「私、勇士君のことが好きなんだ」


 その思いは、真奈の中で確信に変わっていた。勇士の優しさ、真っ直ぐな言葉、そしてみんなを守ろうとする姿――彼の全てが、真奈の心をとらえて離さなかった。


 窓の外では、街の灯りが穏やかに瞬いていた。真奈は布団をぎゅっと握りしめ、目を閉じた。


「明日はもっと素直になれるかな……」


 その答えを見つけるため、真奈は新しい一日を迎える準備をしていた。

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