第35話「揺れ動く気持ち」
真奈、詩音、めぐみ、勇士、小鉄の五人は、新学期が始まって以来、自然と仲良くなっていた。教室での時間だけでなく、放課後の遊びもこの五人が定番になりつつある。学校帰りに近くの公園でキャッチボールをしたり、みんなでアイスを買っては笑い合ったりと、楽しい日々が続いていた。
その日も五人で遊んだ後、みんなで公園のベンチに座り、缶ジュースを飲みながらおしゃべりを楽しんでいた。夕陽が地平線に沈みかけ、公園全体がオレンジ色に染まっていた。真奈は勇士の隣に座っていたが、いつも以上にその存在を意識している自分に気づいた。彼の話し方、笑顔、少し照れくさそうに頭をかく仕草……それらすべてが、最近の真奈には特別に感じられる。
「なあ、次どこで遊ぼうか?」勇士がみんなに問いかける。彼の声が真奈の耳に心地よく響く。
「うちに来てもいいよ!」小鉄が元気よく言う。
「私は、図書館の近くのカフェでアイスを食べたいな」とめぐみが続けた。
「じゃあ、今度はそっちにしようか」と詩音が頷く。彼女はいつもみんなの意見を大事にしてまとめ役になることが多かった。
真奈は何も言わず、ただ頷くだけだった。実は彼女もみんなを自宅に招待したいという気持ちはあった。だが、自分の家が勇士君ちよりも裕福だと知られたくないという不安がいつも頭をよぎる。真奈は何不自由ない暮らしをしているが、それを他の子たちに見せることがどうしても気が引けた。
「真奈ちゃん、どうしたの?」詩音が不意に尋ねてきた。
「え、なに?」真奈は少し驚いて顔を上げる。
「なんか、今日静かだね。大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ!」真奈は慌てて笑顔を作ったが、心の中では自分がなぜこんなに不安を感じているのか、うまく整理できていなかった。勇士と一緒にいることが心地いい反面、詩音やめぐみには話せない複雑な気持ちが芽生え始めていたのだ。
その数日後、放課後に詩音が真奈を呼び出した。「ちょっと話したいことがあるんだ」と言いながら、二人は学校の帰り道をゆっくり歩いた。風が少し冷たくなり、秋の訪れを感じさせる季節だった。
「実はね、ちょっと気になる人ができたかもしれないんだ」と、詩音が突然打ち明けた。
「えっ?本当に?」真奈は驚いて詩音の顔を見た。詩音がこういうことを打ち明けるのは珍しかった。
「うん。でも、まだ確信が持てないの。もしかしたら、ただの勘違いかもしれないけど……」
「誰なの?」真奈は、思わずそう聞いてしまった。
詩音は少しはにかんで、「それはまだ言えないよ」と答えた。
真奈の胸が少し苦しくなった。もし、その相手が勇士だったら――その考えが頭に浮かんだ瞬間、心がざわついた。詩音が勇士を好きだとしたら、自分はどうすればいいのだろうか。勇士への特別な気持ちはまだはっきりしていない。それが恋愛感情なのか、ただの仲間としての好意なのかも分からなかった。
その晩、真奈は自分の部屋で一人、ベッドに座りながら考えていた。勇士のことを思い出すたびに、胸が少しだけ苦しくなる。そして、詩音の言葉が頭をぐるぐると巡る。気になる人ができた、という彼女の言葉が自分の心をこんなにもかき乱すとは思わなかった。
「私はどうしたいんだろう……」真奈は、勇士に対する自分の気持ちに向き合おうとした。しかし、はっきりとした答えはまだ見つからない。
翌日、また五人で遊ぶことになったが、真奈はどこか心が落ち着かなかった。勇士と目が合うたびに、少しだけドキッとしてしまう。詩音はいつも通りに振る舞っていたが、真奈は彼女の気持ちを知っているだけに、どこか距離を感じ始めていた。
「真奈ちゃん大丈夫?」めぐみが心配そうに声をかける。
「うん、なんでもないよ!」真奈は笑顔を返したが、その笑みはどこかぎこちなく、めぐみもそれを察したようだった。
公園の中で遊ぶ子供たちの声が響く中、真奈は一人、心の中で自問自答を繰り返していた。勇士のこと、詩音のこと、そして自分の気持ち――すべてが混ざり合い、もやもやとした感情が胸を占めていた。
夕暮れが近づく中で、五人は再びベンチに集まり、次に何をするか話し合っていた。真奈はその会話に積極的に参加できず、ただぼんやりと夕陽を見つめていた。
「真奈ちゃん?」勇士の声が耳に届き、真奈ははっと顔を上げた。
「次はどこ行こうって話してたんだ。真奈ちゃんはどこがいい?」
勇士の優しい瞳が真奈を見つめている。彼のその視線に、真奈は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「えっと……どこでもいいよ」と、真奈は小さく答えた。その瞬間、彼に対する特別な感情が、ますますはっきりと感じられるようになっていた。