第22話「カフェラテ」
幼稚園での生活が続く中で、恵子の嫌味はますますエスカレートしていった。彼女は他の母親たちの前で、ことあるごとに自分の裕福さや家族の成功を誇示し、梨奈のような目立たない母親をターゲットにしていた。
「やっぱり、お金がないと育児って大変よね」と、恵子はある日、梨奈の前で他の母親たちに話しかけた。
梨奈はその言葉を無視することに慣れていたが、その度に心の中には小さな棘が刺さるような痛みが残った。真奈のためにも、波風を立てないようにと努力し続けていたが、恵子の言葉が積み重なっていく中で、梨奈の心の中に疲労感がじわじわと広がっていった。
それでも幼稚園生活は続き、真奈も少しずつ幼稚園に馴染んでいった。家に帰ると、その日の出来事を楽しそうに話す姿に、梨奈は心の中で安心感を抱きながらも、恵子とのやり取りが頭を離れなかった。恵子の言葉は、まるで小さな虫が体の中に入り込むかのように、じわじわと心をむしばんでいく。それでも、娘のために強くあろうとする梨奈は、何とか気持ちを抑え込んでいた。
一方で、カフェ・リベラでのパートは梨奈にとって救いとなっていた。仕事に集中することで、嫌なことを一時的に忘れることができたし、常連客との他愛のない会話は、恵子との緊張したやり取りとは全く異なるものだった。温かなカフェの雰囲気に包まれる中で、彼女は日常の一部を取り戻していた。
ある日、梨奈がカフェで働いていると、突然カフェの扉が開き、恵子が目の前に現れた。彼女は当然のようにカフェに入ると、店内を一瞥し、店員である梨奈を見つけて驚いたように目を細めた。
「ここで働いているのね」と、恵子は皮肉な笑みを浮かべながら言った。
梨奈は微かに微笑んで挨拶したが、心の中では恵子がここに来たことに戸惑いを隠せなかった。彼女がなぜこのカフェに来たのか、偶然か、それとも梨奈を見つけるためだったのか。考えが頭の中で巡る中、恵子は気にする素振りもなく、席に座って注文をした。
「カフェラテをお願い。あまり濃くない方がいいわ」
恵子の存在が店内にあるだけで、梨奈の心は不安定になった。客として接しなければならないのは分かっていたが、恵子の鋭い視線が自分を監視しているように感じた。カフェラテを作りながら、梨奈は心の中で自分を落ち着かせるために深呼吸をした。
「お待たせしました」と、彼女は慎重にカフェラテを恵子に差し出した。
「ありがとう」と言いながら、恵子は梨奈の手元をちらっと見た。視線が何かを探っているようで、梨奈はその鋭さに気づいたが、何も言わずにその場を離れた。
その後、恵子は他の母親たちとの会話の中で、ことあるごとに梨奈が働いていることを軽く笑い話にするようになった。
「まあ、パートなんて簡単よね。家で暇を持て余すくらいなら、私もやってみようかしら」と、わざとらしい口調で他の母親たちに話し、彼女たちはそれに同調してクスクスと笑った。
梨奈は、ますます自分が恵子に見下されていることを感じるようになった。真奈のために耐えているとはいえ、心の中には少しずつ怒りと無力感が積もっていく。
恵子は他の母親たちと笑顔で談笑しながら、夫の成功を誇示するような言葉を散りばめた。
「夫が今度、新しいビルを建てるのよ。私もデザインに少し口を出してるのだけど、やっぱり成功者のセンスって違うのよね」と、彼女は自慢げに話し、その場にいた母親たちは感心した様子で頷いた。
梨奈は少し離れたところからその光景を見ていた。恵子の言葉がいつも以上に鋭く感じられ、彼女の存在がますます自分の生活に重くのしかかってくるように感じた。自分もかつては、他人から羨ましがられる生活をしていたかもしれないが、今はそれを隠し、静かに暮らしている。だが、それがかえって他人から攻撃される原因になっていることに、梨奈は苦しさを感じ始めていた。
帰り道、梨奈は真奈と手をつないで歩きながら、心の中で複雑な思いが渦巻いていた。恵子の言葉に耐え続けることが果たして正しいのか、自分がもっと強く出るべきなのか。だが、波風を立てることで、真奈に影響が及ぶことだけは避けたいと考えていた。
「ママどうしたの?」と、真奈が無邪気に尋ねた。
梨奈は少し微笑んで答えた。「ううん、なんでもないよ。今日は真奈の大好きなハンバーグにしよっか」
娘の笑顔を見て、梨奈は少しだけ気持ちが和らいだ。しかし、心の奥底には、恵子の存在が重くのしかかり続けていた。そして、その日以来、梨奈の中で「このままでいいのかな?」という疑問がますます強くなっていった。
そんなある日、梨奈は真一に相談を持ちかけた。真奈の送迎に使っている軽自動車について、もう少し安心できる車に変えたいという話だった。
「今の車でも十分安全だと思うけど、何か心配事でもあるの?」と真一は優しく尋ねた。
梨奈は少し言葉に詰まったが、正直に答えた。「幼稚園の保護者たちの中で、特に恵子さんがすごく目立っていて……。彼女に何か言われるたびに、私たちがこの生活を隠していることが、かえって逆効果なんじゃないかって思うんです」
真一は少し考え込んだ後、静かに頷いた。「確かに、君の気持ちは分かる。でも、今は真奈のために目立たない方がいいと思うんだ。真奈が他の子供たちと同じように過ごせる環境が大事だから」
梨奈はその言葉を聞いて納得したが、心の中で不安は完全に消えることはなかった。




