第10話「決意」
結局、「ようちゃん」のことには触れないままでいた。真実を知るのが怖いという気持ちもあったが、それ以上に梨奈を信じたいという思いが強かった。疑心暗鬼になるよりも、彼女との関係を守りたい。それが今の真一の心の中での優先事項だった。
その日、梨奈を最寄り駅まで見送った。梨奈と部屋でどんな話をしたかは思い出せない。頭の中がいっぱいで、何を話したのかすら記憶が曖昧だった。ただ、彼女の笑顔や、あの優しい声が耳に残っていた。
数日後、フィットネスクラブからの帰り道、偶然梨奈とイケメンが一緒にいるのを目撃してしまった。思わず足を止め、心臓の鼓動が高まるのを感じた。
「やっぱり……彼とはいい関係なのか?」
不安と嫉妬が一気に押し寄せてきた。真一は彼女を信じたい気持ちと、彼女が他の男と親密なのではないかという疑念との間で葛藤していた。遠くからその二人をじっと見つめる。
しかし、よく目を凝らして見ると、そのイケメンの腕を組んでいたのは梨奈ではなく、別の女性だった。梨奈はその女性と何か楽しそうに話しているだけだった。なんだか拍子抜けした気持ちになりつつも、安堵が胸を満たしていった。
「どうやら誤解だったみたいだ……」
真一はホッとしつつも、その場からバレないように立ち去った。
後日、真一は梨奈と会った時、ついに思い切ってその日のことを聞いてみることにした。内心ではもう大丈夫だと思っていたが、それでも確認せずにはいられなかった。
「あのさ、この前、フィットネスクラブの帰りに見かけたんだけど……一緒にいた男の人、誰かな?」
梨奈は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔で答えた。
「私の友達の彼氏のジュン君ですよ。心配させちゃいました?」
その答えに、真一は少し肩の力が抜けた。
「ジュンか……じゃあ、ようちゃんって誰?」
ふと浮かんだ疑問が、口をついて出た。
梨奈は一瞬驚き、目を見開いた。
「どうして真一さんが『ようちゃん』を知っているんですか?」
真一は少し居心地悪そうに答えた。
「実は、前にうちに来た時に、梨奈のスマホに『ようちゃん』って人からの通知が来たのを見ちゃったんだ」
梨奈はしばらく黙っていたが、やがて笑顔を浮かべた。
「そうだったんですね。『ようちゃん』は洋平、私の弟です。子供の頃からのあだ名なんです」
その答えを聞いた瞬間、真一は思わず深く息を吐いた。安堵感が全身を包み込んだ。やっと疑念が晴れ、彼女が他の男と関わっているわけではないことが分かった。
「そうだったんだ……弟さんだったんだな……」
「私には真一さんだけで十分ですよ。心配しなくて大丈夫です」
梨奈のその言葉に、真一は胸の奥から込み上げる喜びを感じた。彼女が自分だけを見ている――それが何よりの証拠だった。梨奈にもう他の男性が寄り付かないようにするためにも、彼女をしっかりと自分のものにしなければならない。
真一はその決意を固めた。結婚という言葉が頭をよぎり、彼女との未来を考える。そして、ついにその時が来た。
「あのさ、梨奈……大事な話があるんだ」
真一は口を開き、梨奈をじっと見つめながら、その言葉を口にしようとした。胸の中に抱えた感情が一気に溢れ出しそうになる。これからの二人の未来を思い描きながら、真一は一歩踏み出す覚悟を決めたのだった。