幼馴染だからって付き合って当然とか思っていた俺、マジで危機感持った方がいいって‼
幼馴染でいつも一緒にいた相手がいたからって、何も考えず付き合えると思っている奴。
危機感持った方がいいって! マジで危機感持った方がいい。いざ危機感持った時が遅すぎたまであるから!
まだ着慣れない高校の制服の襟を正しながら俺は青い顔でインターフォンを押した。すぐに扉が開き、髪をアップにまとめダイナマイツッなボディをエプロンにギリギリ収納したような上品な女性が出てくる。
「あら~。お迎えなんて久しぶりね。ちょっと待ってね、春陽~、ノブ君が迎えに来てるわよ~」
奥から「まって~」とい間延びした声が聞こえ、しばらくしてトーストを咥えたまま、幼馴染の少女が出てきた。
元々天然パーマぎみだった栗色の髪は跳ねており、ただでさえ細い眼をさらに眠そうにしばたいている。
「ん~。おはよう~ノブ君~」
「……本当にトースト咥えて登校しようってやついるんだな。おはようハルヒ」
「今日はちょっといい食パンだったから食べたかったの。お母さん、行ってきます」
ハルヒのお母さんに見送られて出発した。美味しそうにバターをトーストを食べるハルヒを横目で見る。中学三年くらいからグッと大きくなった胸元に……俺よりも少し高い身長。昔は、ずっと小さくてプクプクだったくせに。いつのまにか大人っぽくなっていた。
「ノブ君?」
細めを微かに空けて髪と同じ栗色の瞳がこっちを見ていた。うっ、じっと見ていたのがバレたか……。
「あっ悪い……」
なんでかしどろもどろになってしまう。少し前までこんなんじゃなかったのに……胸を刺すこの危機感が羞恥の感情と混ざって動けなくなる。挙動不審な俺を見てハルヒは首を傾げた後に、何かに気づいたように目をギュッと閉じたり、口をモゴモゴさせる。そして、トーストこっちに差し出した。
「一口だけだよ。美味しい食パン。ずっと見てるんだもん」
「いらねぇから!」
「そなの?」
ならばとハルヒはリスのほうにホッペを膨らませてパンを食べきった。仕草は昔のまんまなんだよなぁ。俺達が通う高校はバス通学なので、バス亭で二人で並ぶ。
「ね、ノブ君?」
「なんだ?」
「なんで、久しぶりにお迎え来てくれたの? 子供じゃないからやらないってずっと言っていたような? どうだったっけ?」
「……別にいいだろ?」
言った後に心の中で頭を抱える。ここで、ハルヒと一緒に通学したかったとでも言うべきだろうが!
ハルヒはいつも通り何も考えてないようにぽわぽわ雰囲気全開で、俺の気持ちなんて何も気づいていないようだ。
俺がハルヒとの関係性に危機感を持ったのは昨日のことだ。入学してすぐに仲が良くなったクラスメイトの男子と馬鹿話をしていた時のことだ。何かのきっかけで話題がハルヒのことになった。
「なぁ、ノブ。お前、陽波と仲良いよな」
「ハルヒ? あぁ、幼稚園からの付き合いだからな……なんだよ」
少し身構える。小学生のころ、ハルヒは引っ込み時間でマイペースだったからクラスで少し目立っていた。友達が上手く作れなかったハルヒは幼馴染の俺にべったりでそのことを揶揄われたことがある。中学でも似たようなことがあって、いつからかハルヒとは学校では距離を置いていた。
「あいつ、めっちゃモテるよな。休み時間にお前と仲良く話してるの、結構話題になってるぞ」
「マジ? ハルヒがモテる?」
晴天の霹靂だった。いや、だって、あのハルヒだぞ。食べるばっかで、どこか抜けていて、勉強もスポーツも目立つほどじゃない。
「え? お前、知らなかったのか?」
他の男子も意外そうに俺を見ている。
「だって陽波って誰に対しても優しいし、小動物っぽさあって可愛いじゃん。見ていて落ち着くし」
「そうそう、とにかく色んなことも頑張ってるし、女子達も陽波のこと餌付けしているよな」
教室の隅を見ると女子達が固まっており、ハルヒはその中で女子達からお菓子を貰って幸せそうに食べていた。いつも俺にべったりだったハルヒは今は誰からも好かれるようになっていた。
「それに……オッパイでかいしな」
一人がふざけてそんなことを言う。
「おい、人の幼馴染を変な目で見るなよ」
確かに、いつからかプクプクだった体つきはメリハリのあるスタイルへと変貌していた。正直……気になるけど意識しない様にしていたのだ。
「わかってるって、つーか、そんな感じなんだ。結構いろんな奴が陽波のこと狙ってるらしいぞ」
「う、嘘だろ」
「マジだって、高校で彼女欲しいって皆思ってるし、陽波は誰に対しても優しいだろ。押しに良さそうだし、割と告白されているんじゃないか?」
ハルヒが……誰かと付き合っている場面を想像する。昔のあいつならいざ知らず、今のあいつなら誰とでもうまくやれそうだ。俺よりもずっと背の高いイケメンと……。そんな想像をしてブンブンと顔を横に振る。
「そんなことないっつーの。毎朝バスで顔を合わせるけど、そんな話していないからな」
「幼馴染だからって告白のことなんて言うわけないだろ。つーか、お前ってわかりやすいよな」
「うるへー。兎に角、ハルヒはただの幼馴染だから」
そんな話があった後、放課後にハルヒが靴箱で話しかけてきた。
「あっノブ君、いた~」
走っているのに歩いているのとほとんど変わらない速度で駆け寄って来る。
「勝手に帰ったら探すでしょ~」
「いや、別々に帰ることもあるだろ」
なんて言ってみるが、実はハルヒが寄って来てくれて嬉しい。クラスメイトとの話のこともあってハルヒとの距離感に安堵した。やっぱハルヒがモテるなんて噂だよな。
「そうだっけ。いつも一緒に帰っていたよね?」
揶揄われるのが嫌で別々に帰ったりもするようになっていたが、ハルヒのイメージではいつも一緒らしい。一度ついた印象が中々変わらないのもハルヒの昔からの特徴だ。
「いや、中学の時から違っただろ。まぁ、いいや今日は一緒に帰るか」
「うん~。最近おもしろいアニメある?」
下駄箱から昇降口を出ると夕日が差し込み、風がハルヒの髪を靡かせる。栗色が茜に溶けるその姿が綺麗で寂しくなる。いつも通りに話しているのに、俺は背が小さくてハルヒはどんどん可愛くなって……置いて行かれるような気持ちになる。
「ノブ君?」
「いや、最近見れてないんだよな」
「え~。ノブ君から面白いアニメを教えてもらいたいのにな~」
「自分で探せよな」
今はこれでいい、この距離感のままで……。
「陽波さん。ちょっといい?」
後ろから声がかけられる。襟に付けたバッチの色で二年生だとわかる。誰だ?
「あっ、え~と……吹奏楽部の、先輩の~」
グヌヌとハルヒが相手の名前を思い出そうとしていた。初対面ではないらしい。ちなみに、ハルヒは料理研究部という部活未満のサークルに所属している。
「林原だ。二人で話がしたんだけど……」
ちらりとこっちを見られる。
「いいですよ~。ノブ君先に行っててね」
「お、おう」
林原と名乗った先輩とハルヒは校舎裏の方へ向かっていった。……このままバス停でハルヒを待つか?
いや、まさか、でも……我慢できなくて俺は二人を探しに校舎裏へ行くことにした。二人はすぐに見つかった。後者裏の林の前で林原がハルヒと割と近い距離で立っている。ハルヒの表情は影で見えないが林原の顔を見て、悪い予感が当たっていたことがわかった。
「陽波さん、俺と付き合ってくれ」
胃がギュと縮んだ気がした。だけど、まっすぐに告白した先輩は悔しいけど、カッコイイと思った。
「……付き合いですか? どこに? ハッ、料理部の依頼ですか~」
ガクっと林原がずっこける。うん、ハルヒ、お前が悪いぞ。
「いや、そう言う意味じゃなくて、なんというか陽波さんと男女の交際がしたいといことなんだ」
「……」
ハルヒはたっぷりと20秒は静止して、ペコリと頭を下げる。
「ごめんなさい」
「そっか、いや、わかってた。他の男子も陽波さんに断れたって知ってたから……でも、告白せずに一緒にいようとするの、卑怯かなって思って」
……胸が痛い。人の告白を覗いてしまった罪悪感もあって俺はその場を離れた。バス停の前に言って先程のことを思い出す。
ハルヒが告白を断ってくれて安心した。そして、先輩がかっこよかった。男として、負けた気がした。
『卑怯かなって』その言葉が頭の中でガンガン鳴り響く。他の男子からも告白されていたとも言っていた。そんな話は聞いてない。当たり前だ。俺はたただの幼馴染でハルヒと付き合ってはいないのだから。
バスがやってきてドアが開く。振り返ってもハルヒは来ない。一人でバスになって、家に帰って鞄を投げ捨ててベッドに倒れ込む。
「俺は卑怯者だ」
天井に向かってそう言った。投げた言葉振ってきて胸に刺さる。
机の引き出しから中学の時の修学旅行のアルバムを取り出す。自由行動の時、俺はハルヒと一緒に京都のお寺を回っていた。小学校の遠足も、その前もずっとハルヒと一緒にいた。今、こんなに胸が痛いのはあいつのことが根限り好きだから。幼馴染だからって、昔のダメなアイツじゃないことくらい、俺の背中にばっかいたアイツじゃないってこともわかっていたのに。
何も考えず、一緒にいれるなんて、何の保証もないのに。
ハルヒが良い奴だって、優しくて、料理が下手だったのに練習して上手くなったことだって、俺は誰よりも知っていたはずなのに。
頬を強く叩く。まだ間に合うだろうか?
君に好きだって伝える権利はあるだろうか?
いつまでも一緒にいたいのならば行動しないといけない。
「つっても、何をすればいいんだろう?」
告白するにしても……どうすればいいのかわからない。ただ伝えるだけでいいのか?
誰かに相談なんかできないし。そうだ、ネットで調べてみよう。
鞄からスマホを取り出してネットでそれっぽいキーワードを入れる。
「告白の方法……ん? なんだこれ?」
それは恋愛についてについて書かれていたタイトルは『恋愛は常に危機感持った方がいい!』というもの。興味を引かれてサイトを開ける。しかし、内容はピンとこなかった。
だけど『危機感』という単語だけはしっくりと来た。そうか、俺には危機感が足りなかったのか。
スマホを開いてIINEを送る。
『明日、一緒に通学してもいいか?』
この一文を送るのに何十分もかかる。昔はもっと簡単に誘えたのに。
『いいよー』
と、タコのスタンプと一緒に返信が届いた。なぜタコ?
……というわけで、今に至る。バスに乗って横に座った。最近は離れて座ることも多かったから横に座るのを嫌がられないか不安だったが、ハルヒは気にしていないようだった。……男として意識されていないんだろうな。
「ノブ君。お菓子食べる」
「お前、朝ごはん食べたばかりだろ?」
「そっか~。エヘヘ」
ハルヒがクスクスと笑う。
「なんで笑ってるんだ?」
「え? 私笑ってた?」
「ずっと笑ってるけどな」
ハルヒは基本的にいつも笑顔だ。細目だからそう思うのかもしれない。
「お母さんが笑う門には福来るって言ってたからね」
「ハハッ、いつの話だよ」
こちらが緊張しているのにハルヒがそんな調子だからいつもみたいになってしまう。
「え~、でも笑顔は大事だよ。……ふぁ」
「眠いのか? そういや、朝も眠そうだったな」
「うん……」
言いながらそのままハルヒは眠ってしまいそうだ。
「寝ててもいいぞ。ひとつ前で起こすから」
「せっかく、一緒の登校……ぐぅ」
ガクンと寝てしまった。おいおい、周囲に人もいるってのに幸せそうに涎垂らしやがって……。
でも、寝ているその顔をみると胸が温かくなる。こんなことなら入学してからずっと一緒に登校すればよかった。これからは危機感持っていこう。
「それにしても、流石に寝すぎじゃないか?」
夜更かしでもしていたのだろうか? その顔を見てじわじわと実感していく……うん、やっぱ好きなんだよな。これからは揶揄われたって、ハルヒと一緒にいるんだ!
※※※※※
前日、陽波宅の晩御飯の様子。
「あら、ハルちゃん。機嫌が良さそうね~。ご飯山盛りにしてあげる」
見るからにぽやぽやなハルヒ母が大盛にご飯をよそう。
「わ~い」
「ハッハッハ、何かいいことがあったのかいハル」
そしてこれまた人の良さそうな糸目のハルヒ父がハルヒに尋ねた。
「うん、ノブ君からメッセージが来て明日一緒に学校に行こうって誘ってくれたの~」
「あらあら、良かったわね」
「相変わらずハルはノブ君と仲が良いな。良いことだ、向こうのお父さんとも今度飲みに行くからよろしく頼んでおくよ」
「うん、私はノブ君と結婚するからね~、花嫁修業もがんばってるもん」
「ノブ君なら、もううちの子みたいなものだし、安心だな」
「そうね。ハルちゃんとは幼馴染だし安心ね~。もう告白はしたの?」
「え~、恥ずかしい……でも、大丈夫。私とノブ君は幼馴染だもん。幼稚園の時、結婚しようねってって約束したもん」
「あらあら、それなら大丈夫ね」
「そりゃ大丈夫だろう。さぁ、ご飯を食べようか」
「は~い、いただきまーす」
そんな感じのぽやぽや一家によるなんの危機感もない会話が続く。
その夜、ハルヒは楽しみで眠ることができず寝坊してしまったのである。
……これは、特に持たなくていい危機感を持ってしまった少年と危機感ゼロの天然少女のすれちがいの恋の物語。
アイデアが浮かんで来たので、つい書いてしまった。
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