第三話:この世界って××××しかいないのでは
まだ普通の人間とか獣人とかの女性に囲まれたいのは理解できる。ハーレムあるあるだもの。
だけどそれは人型の話だ。獣耳、いや、たとえ全身モフモフであっても二足歩行してたら、人によるが四足歩行でも人語を話して入ればハーレム… かもしれない。
… だが、
「さすがにスライムはない!!どこに性的魅力を感じるのかわかんない!!!!
もしやこれがここのメジャーなの!?どうなのジャマー!!!」
『隠れろっつっただろアホ女ぁ!!』
思わず声が出た私に向かい、抑え気味の小声でジャマーがツッコミを入れる。
そしてぽそりと、『… …ちなみに蠢く水はどっちかつーと人ってよりは主従関係になれる獣枠だから、あんなの普通じゃねーよ!』と解説を入れてくれた。やっぱり変態じゃんかよぉあいつ!!!
そうやって騒いだせいか、男の動きがピタリと止まる。
慌てて口を閉じるも、もう遅いのだろう。メリケンサックをつけた右手を構えて警戒していたら、相手は小さく「… フゥ」と小さく息を吐いた。
… なんかスッキリした顔してない? と、よぎった考えを先読みするかのように、ジャマーが『あんまりツッコミ入れるとこっちが火傷するぞ。やめとけ。』と重苦しい声が遮る。… 何のことだ。
ジャマーに気を取られていたら、グルッ、と首につられるように体を回して男が顔をこちらに向けた。しかしその目に私たちを映している様子はない。
顔を向けられたことでその男の風貌がはっきりわかる。
そいつは顔の片側に割れた仮面をつけており、顔半分が見えない。その仮面は無表情をイメージしているのだろう、男の顔に張り付いたようなニタリとした違和感のある笑顔と相まって不気味だ。
20代後半くらいの男性にしては少し長めの前髪や襟足の髪をしていて、仮面から溢れている黒い液体が髪に絡んで顔にべったり張り付いており、まるで幽霊のようで気味が悪い。
背丈は自身より頭一つ以上高くひょろっとした様子で、服装は魔術師を主張するようなローブを着ているが裾が短く、下も動きやすそうな七分丈ズボン… で思いつくのは現実でいう昆虫博士みたいな、現地活動しやすそうな恰好みたい?
『――――… ぼーっとするな、パジャ!!』
小声でこちらへ叫ぶジャマーの声にハッとする。…そうだ、こいつさっき私の方を向いていた!!
見つかる、と思い緊張が走ったところ、自分たちを隠すように誰かがその場に飛び出してきた。
後ろから見えるのはふわりと広がる黒いスカート… いやワンピース?フリフリ?
いや、あれメイド服だ!! 裾の長いクラシックなメイド服着た人が出てきた!?
「… ロイエル様、私です。」
そのメイドさんはスカートについた塗り絵のような葉っぱを払い、私たちの前へと踏み出していた。
それにより見える世界が彼女の後ろ姿だけとなり、男の姿が見えなくなる。
… が、その声色はこちらの耳にも届くほどねっとりと響かせていた。
「あぁ、ファイテかぁ…。 オキャクサマかと思ったんだが、違ったみたいだねぇ。」
「お取り込み中に失礼しました。」
彼女が優雅に頭を下げるその姿勢は自然で、陽光で透ける銀の髪がこぼれて見える巻き角の鋭さはなんとも言えな… あれ、ツノ?
作り物…? にしては、立派というか、ツノのデコボコが深くて年季があるように見える。
それに、あの男と違って黒い液体が流れている様子がない。一番まともそうだ。
… ツノが生えてる以外。
「昼食の準備ができましたのでそれを伝えに来ました。
お疲れでしたら、時間をずらしましょうか?」
「… いーや? ちょうどいいタイミングだったよ!
すぐに向かう。後は任せたよ。彼女たちの世話も頼む。」
「わかりました。」
よっこいしょ、と軽い声で起き上がったらしい男はぺちゃりぺちゃりと音を立ててその場から去っていく。
離れていくことでやっと見えた、遠くなっていく背は黒い泥と緑の粘着液だらけだ。
… 正直汚いとしか言えない。下流で生き物集める泥だらけの小学生ならまだ許容できる汚さだが、どう見ても成人男性。
あれが、転生者…?
「あの」
「ヒッ!?」
またぼーっとしていたようだ。ツノ付きメイドさんが至近距離まで近づいていたのに気づかなかった。
… っていや、待て待て待てっ!!
「ちっっっっかっ!!!」
『なんでその距離で気づかねぇんだよむしろ。』
「鼻先寸前ガチ恋距離に人がいるとか思わないじゃん!!」
声かけろよジャマー!と叫びながら後ろへ足を引きずるように下がれば、『かけたわアホ!』と罵倒される。聞こえなかったみたいだ!ごめん!!
メイドさんは私たちがギャーギャー叫ぶのをじっと眺めていた。また距離を詰めるような様子はない。
しゃがんで茂みに隠れていた私に合わせて地面についた膝をあげ、色紙でできた草がついたスカートをまた払っている。
「… 驚かせてしまってすみません。
貴女様は… どちら様でしょうか? 」
「あっ、えっとぉ… そのぉ… なんというかぁ…。
… ジャマー、どう言えばいい…??」
『オレ様たちはここの転生者をぶっ倒しに来た侵入者だ。』
「ド直球!!」
言い詰まったので助け舟を期待すればまさかの宣戦布告。何言ってんだこの男!!
突然こんなことを言われたメイドさんは緑色の目を見開き、きょとんと眼を丸くさせる。
クールビューティー系のお顔でもそんな風にすると可愛いネ! … じゃなくて!
「明らかにあっち側の人じゃん!!
そんなこといきなり言って、さっきの変質者呼ばれたらどうするんだよ!!」
『うるせぇ、手間ぁ省けていいだろーが。』
「手間とかの問題じゃ…!」
言い合っていれば、ギュルルルと間抜けな音がなる。
… 確認せずともわかる。私のお腹からだ。昨日からずっと食べてなきゃそりゃあ鳴るよ。
恥ずかしくて口を思わず閉じ、右手にはめたメリケンサックを見ればハッと鼻で笑われてる気がした。
お前が叫ばせたせいだよ!!お腹に力こもっちゃったんだよ!!
「… お話の前に、何か軽食をお持ちしましょうか。」
「気遣われちゃったよ!!初対面のメイドさんに気遣われちゃった!!
ジャマーのせいだかんね!!乙女に恥かかせてぇぇぇぇ!」
『お前のどこが乙女だ。落ち着け。
つーか、渡りに船のくせに俺へ八つ当たりすんじゃねぇ。』
恥ずかしさのあまりメリケンサックをぶんぶんと振り回すが、なんともないらしい。冷静に諭されてしまった。… 叫んだ原因お前だっての!
それを見たメイドさんが耐え切れずといった様子でクスクスと笑い始めたのを見て、顔が赤くなるのと止められない。
ふと笑って動く彼女の頭を見れば、ぴょこりとヤギのような獣耳が見えた。
銀色の髪に隠れていたらしいその耳はその感情を表すかのようにパタパタと揺れている。
あれ、と感じた違和感に思わず下を向く。メイド服の長い裾から見える足に靴はなく、特徴的な曲がりのある脚線と特徴的な蹄が目に入った。
その視線に気づいたのかコホンと小さく咳が聞こえ、慌てて顔をあげる。
すでに彼女は笑いが止まったようで、先ほどのように冷静で淡々とした様子に戻ったようだ。
「… 食事の前に、こちらへどうぞ。
ワタクシは確かに… お客様方の目当てである“転生者”様のメイドですが、攻撃や騙し討ち等をする気はございません。
元ドゥミラバ家メイド、ファイテの名と誇りにかけて誓いましょう。」
「自分で言うのもなんだけど、こんな怪しいヤツにご飯恵ませていいの…?
なんかいろいろご迷惑かけてすみません…。えーっと… ファイテ、さん?」
「ファイテで大丈夫です。敬語も必要ございません。
… 彼らに見つからず、ここに来るまで大変だったでしょう…。」
憐れみ交じりの声に首を傾げ、彼らってのは?… と聞こうとする前に背を押されてしまう。
彼女と共にその場を動き始めれば、黒い液体が混ざりかけているスライムたちがペタンペタンと跳ねながらついてきた。
昨夜の襲撃を思い出して若干緊張する… のが背中にいるメイドさん、ファイテに伝わったのか、子供相手に話すような優しい声色で説明してくれる。
「大丈夫ですよ。あの子たちは泥に侵されておりません。
あの方に直接触れられておりましたが、蠢く水はその体のほとんどが水分。体内生産する毒や酸、体外から侵蝕してきた黒い泥などを体内排出することに優れた種族でございます。
よってワタクシたちのような“被膜袋種”より、泥に耐性があるといえます。」
「スキン…? 皮膚…って意味じゃないよね。多分… 種族とか人種?」
「ジンシュ、というのはわかりませんが、ワタクシのようなツノや毛皮を持つ“獣毛族”、ツノや毛皮などがないあなたのような“平滑族”、魔力が強く長耳の… 今はもう、見ることのない“森祀”族などの方々が“被膜袋種”にあたります。
スライムたちには劣りますが、他の種族より泥の侵蝕されにくいという特徴があり…
… “転生者”がああなった以上、耐性の優劣など… もはや有用性は皆無かもしれませんが。」
スキンといえばそういやジャマーが私のことを聞く時に異世界人って呼んでたな… などとぼんやり考えていたら、ファイテが顔を俯かせた。
今更だがよく思い出せばあの男… 転生者の仮面から黒い泥っぽい液体が流れていた気がする。
… もしかして転生者が一番泥に強かったりしたのかな。そうなると今の現状ってかなりやばいような…。
「お客様、こちらです。スライムたちの横へどうぞ。
… ちなみにこの子たちの大半は肉を食べませんので安心してください。」
「それ食べる種類もいるってことですよね…?安心要素どこ…。
… 後、なんでここに…? なんかこう… 牛とか馬とかいそうな飼育場の入り口って感じなんですけど…。」
「牛や馬の畜舎はまた別にございますが、ここはスライムの畜舎です。
あの方が外へ連れ出す時以外はほとんどここで生活してます。」
「… やっぱ動物園って名前にしては現代アート展とか牧場っぽくない??」
『そんなこと言われてもオレ様は元々のものを知らないっての。共感できるわけねーだろ。』
ジャマーがうんざりとしたツッコミにそれは確かに、と思わず笑ってしまう。
家族旅行で見たのか、学校行事で見たのか、はたまたテレビで見たかは定かじゃないけれど… 、記憶にある牧場の風景ととても似たような場所に連れてこられ、今まで見てきた不自然な風景よりほっとしてしまった。
… まぁ元々ファンタジー世界だと考えれば、ここも不自然なんだろうけど!
呆れた雰囲気を出すメリケンサックから顔を上げると、私が使う聞きなれない言葉にファイテが目をぱちくりとさせていた。
その様子に『尻尾出しすぎだ馬鹿。』とジャマーに窘められてしまう。… だって言わずにいれなくて…!
そんなことをしていたら、はっとした様子の彼女は咳払いをして気を取り直す。
す、と彼女は両手を広げてきらりと水色の光を生み出し、「それでは構えてください。」と私に伝えて…
えっ、何に構えろと。
「―――――… “洗い落とせ”!」
「もしかして、まほ… ボババババババ!!冷たぁぁぁぁ!!!」
『おまっ、洗浄魔法を直接ぶちかますやつがいるかぁ!!』
ふわりと彼女の両手から生み出される気配に目を輝かせたはいいものの、勢いよく水が発射されるとは聞いていない!しかも冷水!!!死ぬ!!!
お庭のホースレベルの大きさならともかく、どう見たってバスケットボールほどある太さの水が体全体にかけられる。さ、避けようにも水圧で横にずれられない!
勢いに押されてアプアプする私の視界の端で、同じ水の量を当てられているはずのスライムたちが嬉しそうにきゃっきゃしていた…。あ、鼻に水がっ!!
「水が鼻にはいっ… ぐぇぇぇ、じぬじぬじぬじぬ!!!つめだい!!
ジャマーだずげでぇぇぇぇ!!ごんなじにかたば、やだばばばばばばばば!!」
『死にはしないが追い打ちがすぎるぞ!!助けるから待… 』
「… ……はい、綺麗になりましたよ。」
ジャマーが防護の魔法をかけかけたところで、水の勢いがピタリと止まった。
残るのはぐっちょりと全身を濡らした私と、先ほどより綺麗な緑の発色をしたスライムたち。
水を出そうとゲホゲホとせき込む私に代わって、スッキリとした様子のファイテにジャマーが文句を返す。
『いきなり何しやがんだ!綺麗にするにしてもやり方があんだろ!
… 攻撃や騙し討ちはしねーって言ったのは、嘘なのかてめぇ…!』
「洗浄魔法は攻撃や騙し討ちにはなりえません。水の勢いで吹き飛ばなかったのが答えでございます。」
『それなら先に前もって言うべきだろうが!ほとんど騙し討ちじゃねーか!!』
いいぞジャマー、もっと言ってくれ。
黒いドロドロがついてなくともやっぱりこの人って転生者の味方側なのかもしれない。
それなら話が早い。息が整ったらファイティングポーズだ!!と心に決めつつ、鼻に入った水を出し切って涙目になりながら顔をあげると…
ファイテさんは私の方を見て、宝石のような緑の目をトロンとさせうっとりとした表情を浮かべていた。
「いい悲鳴をあげる方だったので、少々意地悪をしたくなってしまい… つい…」
おっと涎が、と口元を拭う彼女を見て、思わず固まってしまった。
思いついた言葉が、ポロッと口からこぼれる。
「… …この世界ってやばいのしかいないのでは。」
『大きな主語でをまとめるな!!!』
その場どころか飼育場中に、ジャマーの渾身のツッコミが響いていた…。