第一話:転生者の××野郎
神様、私はただ夜中にジュースが買いたくなって自動販売機まで行っただけなんです。
ボタンを押した瞬間、自動販売機がパックリと縦に割れて食べられるとか聞いてません…。
『… …ぃ、おい…』
あ、人生終わったわ、などと考えてる時間なんて全然なかった。きっと事故で死ぬ時はこんな気持ちなのかも。
『… おい、聞いてんのか異世界人。お前もダメそうなやつなのか?』
「えらーすきん、って、なに…。 人を、いきなりダメ扱い…、なんて、ひどくない…??」
私に声をかけてるらしい言葉に思わず反応してしまった。どうやら、体は無事… らしい。
自動販売機に飲み込まれた後、目を開けるとそこは壁も床も真っ白な部屋の中だった。
その中で特に目立つのは、ファンタジー漫画でありそうなごてごてとした装飾が眩しい両手剣だ。
刀身は青く発光しており、刃の部分はうっすらと透けている。
何かの力を纏っているのか小さな風を起こしており、周りにある土埃が舞っていた。
それは勇者が来るのを待つがごとく、床に… ………刺さっていない。
なぜか壁にある。しかも周りは亀裂だらけで、まっすぐでなく斜めに突き刺さっているようだ。
まるで誰かが適当にぶん投げて剣をそのままにした、と言った風貌に思わず眉をひそめた。
ここはどこなんだろう。本当に。
『そりゃあここに来てもすぐ… って、お前は大丈夫そうだな。少しだけだが、…期待できる。』
「ええ… 何言ってるの…。というか誰だよ、話しかけてるやつ…。」
『目の前にいるだろ、… ここだ。ここ。つーかお前の恰好だっせーな。』
「寝る寸前だったパジャマ女子になんて口聞くんだ… 親の顔が見てみた… …ここ?」
近所どころか家から数歩の自動販売機に行くのにわざわざ着替えなどしない。パジャマにつっかけサンダル、何が悪い。
女子高校生なら身だしなみ云々…など聞き飽きた話だ。なんなら冬は制服の下にジャージを履きたい。男子生徒のズボンなんかを引っぺがしたいくらいだ。
そんな別のことを考えつつ、ここ、と言われ辺りを見渡すも何もない。目に入るのはチカチカと剣の柄についている青い宝石が光ってるくらい…。
… ………いや、ここが(たぶん)体のいい夢の世界だからって剣が喋ってるなんてそんな…。
訝しむも好奇心に負けて剣に近づき、つん、と柄の先っぽをつついてみる。
『… オレ様に許可なく触ろうとすんじゃねーよ、パジャ・マジョシ。』
「まさかの名前扱い!!違うよ!! … っていうか本当に剣から声する!!
ということは… ガチな異世界転移系!?今!? 普通トラックに引かれたりするもんじゃないの!!?」
『うっせーぞパジャマジョ、さっそくだが、お前にはやってもらわなきゃいけねーことがある。』
「話聞かずにごり押しやがったこいつ…。え、なに。魔王を倒せとか無理難題来る? それとも高難易度な攻略対象落とせとか?
この世界が冒険ファンタジーなのか恋愛ゲーかで私の命運決まるんだけど。」
剣から何言ってるんだこいつ、みたいな呆れたため息が聞こえた。
いいじゃないか、漫画とか小説みたいな展開にテンション高くなったって!
正直夜中にこんなことがあり夢見心地な気分もあって、現実味が沸かない。
パジャマ姿なのもあって、明晰夢?とやらを今見ていて目を覚ましたらベッドの上でしたオチがありそう。
目の前にある剣を見るとファンタジー要素が強い世界なのかもしれない。
少年漫画じみた冒険ものや俺強な冒険ものも結構好きだが、私がそんなことをすると考えるとなかなかに厳しい。
そんなことを考えつつ、じーっと剣を見つめると舌打ちされた。うら若き乙女になんてことをするんだこいつ。声的に男っぽいし、口調が荒々しいのもきっと育ちの悪さから来てるな。
『失礼なこと考えてる顔してんじゃねー。… いいか、よく聞け。
お前はとある目的を達成するためにこの世界へ呼び出された。いわば、お前のいう“イセカイテンイ”というやつだ。』
「… さっきも聞いたけど、目的って?」
『この世界をめちゃくちゃにしやがった奴らをぶっ飛ばしてほしい。
そいつらのせいでオレ様はこんな場所に突き刺さったままだし、他の連中も迷惑被りっぱなしだ。』
何かを思い出したのか、チカチカと先ほどより早めに宝石が煌めく。
声でしか感情表現しないのかと思ってたが、宝石からも感情らしいものが漏れてるらしい。
それよりそんな話だけじゃよくわからない。もっと詳細を聞かねば。
「魔王退治系か…。文化部である私の身体能力じゃ厳しいヤツでは??転移特典とかないの?」
『とくて… ってのは知らんが、オレ様を使わせてやる。喜べ。
身体強化、属性耐性付与なんかはオレ様がフォローすりゃ、どんだけお前がブヨブヨでも動けるだろ。』
「フォローはありがたいけど、なんでそんなひどいことをさらっと言えるんだお前…。こちとらうら若き乙女だぞ。」
『ハッ、オレ様の近くにゃガキしかいねーっての。』
剣が何歳か知らないけど、ガキ扱いはひどい。
高校生は子供か大人かわかんないぐらいの微妙な歳なんだぞ。その辺繊細なんだからな!
それより使っていいなら、この剣に触っていいんだろうか。
ちょっと気になってたんだよなぁ。選定の剣!みたいな感じで。
… まぁ床じゃなくて壁に刺さってるし、もし抜けなかったらぶん投げた人がどんだけ怪力だったんだろうって感じだけど。
『勝手に触ろうとする前に、お前が協力するかどうかの返事をしろ。
先に言っておくが、協力しねーとお前は元の世界に帰れないんだけどな。』
「なぜ触ろうとしたのがバレたし…。しかも選択肢ないやつじゃん…。私が協力した後なら帰れるの?
… なんとなくこういう転移ものって帰れないのが鉄板じゃない?」
『顔に出てんだよ。… 目的達成すりゃ絶対帰れる。つーか呼び出しといて帰れませんとかどんな召喚の仕方してんだ。
… ま、オレ様はそういうとこまでフォローばっちしな天才だからな。』
えへん、と剣が胸張って自信満々にしている幻覚が見えた気がした。
ナルシストか、すごいキャラしてんな? すごい剣はイマドキこんな感じなのだろうか。
そんなことを思っていたら『協力するんだったらさっさと手に取れ。その顔キモイぞ。』とか言われる。
ひどい話である。この剣が擬人化してたら思わず金的キックをするところだったじゃないか。
気に障ったので少し乱暴に自分の胸より高い位置にある柄を握り、引き抜こうと足を踏ん張ると剣から光が放たれた。
位置が位置だったためその光を直視してしまい思わず目をつぶるも、数秒でその光は収まる。
何が起こったか確かめるように剣を見るが…、その剣がない。
「えっ、消え… えっ……… 言うだけ言って消えたのかあの無礼男!!」
『お前こそ無礼だクソアマ。手の中見ろ、手。
一番使いやすい形に変えてやった。ありがたく思え。』
「… …………はぁ!!?ちょ、これ、… ……メリケンサック!!メリケンサックじゃん!!」
言われて手の内を見れば、キラキラと輝くシルバーでできた自分の指にピッタリサイズの… メリケンサックがあった。よく見れば先ほど剣にあった宝石が埋め込んであり、あの生意気ったらしい声が聞こえてくる。
こんなかわいい女子高生になぜメリケンサックを選ぶのか、これがわからない。
今の私の装備はパジャマ、つっかけサンダル、メリケンサックという不審者極まりない姿だ。
… ファンタジー世界(仮)への異世界転移モノとしてこれはどうなんだ?
例え振り回すのが難しくても、剣を持つのはちょっと憧れてたのに…。
そんなガッカリ感も顔に出していたらしく、『お前に合わせてやったのになんだその顔は。不満を漏らしても変えないからな。』とのお言葉を貰った。ロマンに憧れる心がわからない鈍感野郎め…。
思わず恨みがましい目でメリケンサックを見つめていたのだが、バキ、という何かが壊れる音が耳に入りそちらの方を見ると剣が刺さっていた壁がバラバラと崩れており、冷たい風が入ってくる。
――――――――… 壁の向こう側にあった外…、そこは白く長方形の高い建造物が数多く立ち並び、飛行船が何かの宣伝を吊り下げ、空飛ぶ車のような機械がいろんなところを飛び回っている景色だった。
潔癖な白で囲まれたそこは、ある意味今この状況の中で一番現実らしい場所とも言えた。
どう見たって、そこはファンタジーのふの字もない。想像した自然豊かな場所でも、素朴な洋風建物があるわけでもない。
まるでそこはSF、つまりサイエンス・フィクションな…
「… ……なに、この、近未来的世界は…。」
思わず漏れた言葉に、手にハマったメリケンサックが答える。
嫌気がさしているような、昔を懐かしむような、複雑そうな声だ。
『… ひでぇありさまだろ。本当は緑あふれてた森だったんだぜ、ここは。
トレントたちを切り倒し、エルフやコボルトたちを洗脳し、ゴブリンやオークたちを殲滅し…、もうここにゃ面影もない。
ここは全部、死体の上でできてる。嫌になるような“白の墓場”だ。』
「なんで、こんな… ……無茶苦茶っていうか、こんなことしたのって…。」
青い宝石が、怒りをにじませるように赤が混じり紫色へと変わる。
心の底から憎しみを、怒りを、そしてどこか悲しみを滲ませた声で私にその存在を告げた。
『お前と同じ異世界にいた記憶を持ったまま生まれた“変わり者”、
―――――――… “転生者”。』
その存在は、自分が知っている名称。
先ほどまで感じていた期待を打ち砕くような衝撃が体に走る。
男の声は複雑そうな声で、吐き捨てた。
『そいつらが… お前がぶっ倒すべき敵だ。
クソッタレな神がよこしたくだらん奇跡のせいで、この世界は終わりかけてる。
この世界の住人だけじゃどうにもならんとこまで来ちまった。
剣には剣を、魔法には魔法を、 … 異世界人には異世界人を。それがオレ様たちの結論になった。だから、お前は呼ばれたんだ。』
少しだけ、私は何も言えなくなった。
ここにきて知らない人の尻ぬぐいなのかとか、言いたいことはたくさんあった。
けれど、ここから見える白の世界の… その先人たちがやらかしたことの壮大さに何も言えなくなる。
どうにか絞り出していった言葉は、独り言のようなものだった。
「… …………誤り… それが、ここで異世界の人って、意味、なんだね。
なんでこんなことなっちゃったんだろう、ここ…。なんか、夢ならみんな仲良くしてるとか… そんなもっと楽しい場所にしてほしかったなぁ。」
ファンタジーな世界を想像していただけに、ここ一番のガッカリを受けて少し視線を下す。
何をのんきな、とばかりな視線(?)を向けたらしいメリケンサックの宝石はチカチカと煌めくもハァと大きなため息をついた。
『… パジャが夢だと思うならそう思っとけ。』
「あっ、名前認識そのままなの!!? だから私はパジャマジョシって名前じゃなくて…」
『今からお前はパジャだ。異世界の名前を使えば、転生者はすぐお前が同じ異世界から来たとわかるだろうからな。』
だからってその名前センスはないと思うなぁ…!! パジャマが名前の由来って!!パジャマ姿は不可抗力だ!!
でもサンダルのサンダとかにならなくてよかった!!
いろんな感情が混ざった顔をしていたからなのか、メリケンサックからくすくすと笑い声が聞こえる。
まさかわざとか、わざとなのかこの悪魔め。
「そういうメリケンサックの人の名前は何だよ…。自己紹介してないぞそういえば…。」
『メリケン… 語呂が悪いな。扱いづらい。パジャマジョシ、パジャは使ったからジョシ… マジョ… …ジャマ、ジャマー… …。
オレ様はジャマー様でいいぞ。パジャ。』
「うわ、聞いた人の目の前で偽名作りやがった!!」
『うっせー。オレ様は超有名人だから偽名じゃないと面倒なんだよ。察しろ。』
異世界人にそんな無茶ぶりはひどい。剣の有名人とか知らないし。
ジャマーと名乗ったそいつは『それと、そろそろ構えとけよ。』とまるで世間話の一つかのように話をつづけた。
構えるって何を!と勢いのままつっこみかけた言葉は、部屋中に響き渡る亀裂音に思わず飲み込んでしまう。
『この部屋を魔法で支えてたオレ様が抜けたから、崩れて落ちるぞ。』
「―――――… それを先に言え!!!この無能メリケン!!!」
その声を皮切りに、バキと足元が崩れた。
どこかに掴まろうにも手すりすらなかった白い部屋はなすすべなく崩れていっており、自分を救う手立てには一切なりえない。
どう見たって地面すら見えないまま空中に投げ出された体と、『オレ様を離すなよ』と軽く言われた言葉にすがりつくように握りしめたメリケンサック。
夢なのに夢じゃないそんな感覚に眩暈がする。落ちる夢ってそういえば不安の象徴らしいね!などというアホらしい豆知識が脳裏をよぎった。
こんな目にあう異世界に呼ばれた理由がここに来た転生者のせいだというのなら、八つ当たりさせてほしい。
「転生者のっ、バカ野郎―――――――!!!!!」
まるでやまびこのように、落ちる間は建物の隙間中そんな声が響いていた…。
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