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第5話 敵の提案

 文昭儀。文は姓氏であり、昭儀は女官の地位なので、名前は鳳英というらしい。

 もっとも後宮の妃たちはある種の敬意と嫉妬をこめて、文昭儀あるいは文氏と呼んでいる。


 もともと文氏は、南方の商家の生まれだという。大順帝国が南方の独立勢力・魯王朝を滅ぼすと、文氏は奴隷として連れ去られ、後宮に入れられた。


 そのとき文氏は数え年で十三歳。幼いとすら言える年齢であり、また身分も最下層からの出発だった。

 だが、その可憐な美貌は当時からかなり目立った。


 さらに文氏は悧発で聡明で。他者の歓心を買うことを得意としていた。当時の星祖新武帝の寵妃・李賢妃に取り入り、その侍女として出世し、二年後には「美人」という妃の称号を得る。


 そして、皇帝の寵愛を得て娘を産んだ。新武帝は美貌以上に、頭の良く話の面白い女性を好んだから、一時の文氏は李賢妃を追い落とすほどの勢いだったという。


 ところが、当時の皇太子をめぐる争いに、李賢妃が巻き込まれ、別の妃に呪詛を行った罪を問われる。


 賢妃は庶人、つまり平民に落とされて、後宮からも追放された。その侍女だった文氏も連座して尼寺に幽閉されることとなる。


 そんな彼女が復活したのは、新皇帝が即位した半年後。たまたま尼寺に訪れた新帝は、ひと目見て文氏を気に入り、後宮に連れ帰ったそうな。


 もちろん、柱国大将軍の夏策真ら重臣は反対した。先代皇帝の妃を娶るなど、倫理的にありえない。

 けれど、普段は優柔不断な新帝陛下は、珍しく強い意思で文氏を後宮に入れると、昭儀という高い妃の地位を与えてしまった。


 起こった事実はこれですべて。裏で何があったかはわからないけれど、今上皇帝陛下はよほど文昭儀に骨抜きにされているらしい。


 梨鈴は言う。


「お父様たちは、蒼華を身代わりを立てることに賛成してくれると思う。でも、文昭儀は――」


 どう動くかわからない。

 文昭儀の今の地位は、皇帝陛下の寵愛があってこそのものだ。皇帝を失えば、彼女は明日にでも後宮から追い出されかねない。


 ということは、敵対する夏氏一派の意を受けて、わたしが皇帝の身代わりになるなんて許せないだろう。


 わたしたちがひそひそと話していると、突然、人影が現れた。

 梨鈴がびくっと震える。廊下の向こうから歩いてきたのは、文昭儀だった。


 彼女は美しい豊かな肢体を自慢するように、妃としてはやや露出の多い、ゆったりとした服で歩いていた。黒いつややかな髪が衣服にかかる。


 文昭儀がにっこりとわたしたちに微笑む。


「あら、おふたりとも相変わらず仲がよろしいのですね」


 梨鈴は怯えるように、わたしの後ろに隠れてしまう。いつもは大貴族の娘らしく堂々としている梨鈴だが、文昭儀だけは本当に苦手らしい。年相応の少女になってしまうのだ。


 代わりにわたしはうやうやしく頭を下げる。


「昭儀様こそ、ご機嫌うるわしく幸甚です」


「周才人の淹れるお茶、とても美味しいとか。今度ぜひご相伴に預からせてくださいね。周才人のことをあたくしも皇帝陛下によろしくお伝えしておきますから」


 さりげなく、文昭儀は自分が寵愛されていることをアピールする。同時にわたしのような落ちこぼれ妃のことも、ちゃんと覚えているのだという言外の意味もある。


 文昭儀は皇后になろうとしているのかもしれない。後ろ盾のない彼女に必要なのは、絶対権力者の皇帝の愛であり、次に後宮の女性たちの支持だ。


 最大のライバルの梨鈴を追い落とす。そのためには梨鈴派の妃を自派に引き入れたい。


 わたしは梨鈴様個人のことは大好きだけど、その取り巻きとは距離を置いている。権力闘争には興味はないし、わたしは美少女を愛でたいだけなのだ。


 なので、厳密には梨鈴派ではないのだけれど、だからこそ文昭儀からしてみれば与し易い相手に映るかもしれない。


「少し二人で話したいことが。周才人」


 文昭儀は声を低める。わたしは梨鈴とのあいだに用があると言って、断るつもりだった。ところが、梨鈴はわたしと文昭儀を見比べると、「よ、用事があるので」と言って逃げ出してしまった。


 文昭儀は美しいだけじゃなくて、黙っているだけでも迫力がある。圧迫感に耐えられなくなったのだろう。


 わたしは困ってしまう。

 それにしても、文昭儀は何を言い出すのだろう?


 昭儀は微笑んだ。


「そんなに警戒しないで。貴方のことは取って食べたりしないから」


「他の妃はとって食べたりされるんですか……?」


「場合によっては」


 文昭儀はくすくす笑いながら言う。この人が言うと、冗談に聞こえないのだけれど……。

 それにしてもきれいな人だな、と思う。先代皇帝陛下と今上皇帝陛下が夢中になるのも理解できる。


 見とれていると、文昭儀は突然、わたしの肩に手をおいた。


「しょ、昭儀様……?」


「あたしは貴方を評価しているの。だからね、貴方を陛下に、昭媛にしていただくよう推薦しようと思うの」


 文昭儀はさらりと、わたしを今よりはるかに高い地位につけることを提案した。



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