寝込みを襲う、猫耳で
シャルジール様を、使用人の皆さんが体を拭いて綺麗な服に着替えさせてくださり(獣臭かったのですね)、寝室に運んでくださいました。
朝からすやすや眠っているシャルジール様を見るのは初めでです。
わたくしは、今日は騎士団のお仕事はお休みすると、ミニットさんに頼んで神殿へとお手紙を書いて伝えてもらいました。
理由は、なんて書いていいのかわからなかったので、悩んだ末に『このところ疲れていらっしゃるようで、具合があまりよくないのです』ということにしておきました。
活力のみなぎる薬を飲んだら元気になりすぎて、熊を朝まで仕留めていて倒れましたとはとても書けませんでした。
ロラムお義父様とサフィアお義母様は、執事のセルグリアムさんに命じて、熊を一頭だけ残して獣取引所へと運ばせています。
わたくしがお二人のそばを通りかかると、ロラムお義父様は満面の笑みを浮かべました。
「リミエルさん、二十六頭のツキノーワル熊だ。この儂でさえ、全盛期は一晩で十頭の熊を捕まえたのが最高記録だったというのに。シャルジールは新記録を打ち立てたぞ!」
「ツキノワール熊は捨てる所がないから、獣取引所ではかなり高額で取引されているのよ。一頭おおよそ五十万ダラスね。解体して売る場合もあるけれど、手間を考えれば獣取引所に持っていくのが一番ね。鮮度も落ちないし」
「売った金はリミエルさんにあげるから、新しいドレスでも買うといい」
「そうね。リミエルちゃんが好きに使うといいわ。だって、シャルジールの仕留めてきた熊なのですもの」
いつもお上品な二人なのに、熊を見て何故かわくわくしている様子があります。
わたくしは微笑ましく思いながら、「十頭も十分すごいです、お義父様」と言うと、「サフィアは十五頭だ」と教えてくださいました。
サフィアお義母様は、コロコロ笑いながら、「まぁ、昔の話よ」とおっしゃっていました。
サフィアお義母様も僧兵の出身なので、かなりお強いのです。
わたくし、戦えないことが申し訳ないのですが、「リミエルさんは戦わなくていい」「リミエルちゃんのことは、我が家のものたちが全員で守っていくから、戦う必要はないのよ」と、慰めてくださいます。
二人とも、とてもお優しいのですね。
ところでわたくしは、とても張り切っていました。
シャルジール様と結婚してから、シャルジール様の具合が悪いというのはこれがはじめてなのです。
リジー……いえ、ハニーシュガー先生のご本によりますと、具合の悪い男性を女性が看病するというのは、恋愛においては定番中の定番。
女性の優しさに触れて、体も心も弱った男性は恋に落ちたり。
もっと言えば、「もう我慢できない、君が欲しい……!」と言って、二人はよい中になったりするのです。
ハニーシュガー先生のご本は、そういった胸キュン描写も多く書かれているので、わたくしなどは読むたびいつもドキドキしてしまいます。
そして、場合によっては背後に誰かいないか、ご本を読んでいるわたくしを、誰かに見られていないかと、少しやましい気持ちになることもあります。
やましいことなど何もないのですけれど。
一度、お兄様に奪われて、声に出して読まれた時は、恥ずかしさのあまり死んでしまうかと思いました。
お兄様は笑いながら「リミエルはこういった歯の浮くような台詞を言う男が好きなのだな」と言っていました。
お兄様をぱたぱた叩くと、お兄様は嬉しそうに笑っていました。
わたくし、幼い頃に両親を亡くしておりますから、お兄様がお父様のようなものなのです。
お父様がわりのお兄様にからかわれるのは、恥ずかしいですし、くすぐったいことでした。
それはともかくとして、看病といえば、お粥です。
「ミニットさん、わたくし、おかゆを作りたいのです……!」
「それは構いませんけれど、おかゆですか」
「はい。看病といえばおかゆ。具合の悪い殿方に、おかゆを食べさせて差し上げるのがよい妻の務めなのです」
「そういうものなのですね。では、料理人たちに頼んでみましょう。旦那様は具合が悪いわけではないと思うのですが、リミエル様がおかゆがいいというのなら、おかゆを食べるべきです」
わたくしは、料理人たちから調理場をお借りして、料理長さんに教えてもらいながらおかゆを作りました。
「リミエル様、ヤーモリスの串焼きがまだ残っています」
「ハブール酒もありますね。米をハブール酒で煮て、ヤーモリスの串焼きを細かく刻んで入れましょう」
いつの間にか集まっていた侍女の方々が提案してくれるので、わたくしはそのようにしました。
料理長さんや料理人の方々が何故か少し顔を赤らめてソワソワしています。
ミニットさんが皆さんを睨みながら「リミエル様ではしたない妄想をしたら処す」と言いました。
処すとは、どういう意味なのでしょうか。わかりません。
お料理ははじめてでしたけれど、皆さんが優しく教えてくれたので、あっという間に『ヤーモリス入り、米のハブール酒煮込み』が出来上がりました。
味見をしようとすると、皆さんに「ダメです」「ダメです、リミエル様!」「絶対に美味しいので、味見など必要ありません」と、激しく注意されてしまいました。
味見は、諦めることにしました。
わたくし、看病用のお洋服へと着替えました。
ドレスでおかゆを食べさせるのは少し違うと思いましたので、リジーさんのアドバイス通りに、侍女の方々にお仕着せをお借りすることにしたのです。
侍女服に着替えたわたくしに、執事のセルグリアムさんが、秘蔵の猫耳を貸してくださいました。
秘蔵の猫耳とは、侍女の方々のつけているヘッドドレスに、何故か黒猫の耳がついているのです。
何故なのかはわかりません。
セルグリアムさんは「昔、使用人たちの忘年会で、僕がつけて踊りました」と言っていました。
セルグリアムさんは真面目そうな大人の男性なのですが、愉快な方のようです。
わたくしは、特性おかゆと、侍女服で、シャルジール様の寝るベッドの隣に座って、今か今かとお目覚めを待機しています。
時刻は、昼過ぎ。
色々していたら、こんな時間になってしまいました。
そろそろ起きるでしょうかと、目を閉じていても彫刻のように美しい顔を眺めていると、シャルジール様の瞼がぴくりと動きました。
お読みくださりありがとうございました!
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