今夜は熊鍋です
すっきり爽やかな目覚めでした。
わたくしは朝はあまり得意な方ではないので、いつも少しのんびりしてしまうのですが、今日も目覚めた時にはすでに日が登っていました。
高い天井から床まである大きなカーテンの隙間からは朝の光が差し込んでいます。
このカーテンはかなり重たいので、わたくしは開くことができません。
ミニットさんなどは軽々とカーテンをまとめて、ターコイズの揺れるタッセルでひとまとめに止めてくださるのですけれど。
ふかふかの白いベットや、たくさん並んだわたくしのための飾りのついたクッションから離れがたく、わたくしはしばらく薄目を開いて、ぼんやりしていました。
ぼんやりしながら昨日のことを思い出して、クッションを抱きしめて顔を埋めました。
(愛しているって言っていただいた。わたくしだけって、言っていただいた……!)
昨日の、エスメラルダさんから購入した食材と、ドリンク剤のおかげでしょうか。
シャルジール様のご様子はいつもと違うようでした。
なんというか、いつもよりも色気があったような気がしましたし、いつもよりも野生的なような気もしました。
浅黒い肌が僅かに赤く染まって、頬や首筋を汗が流れ落ちるのが、荒い息づかいが、とても素敵でした。
そして、私に「シャル様」と呼ぶように、言ってくださいました。
「ふふ、嬉しい……」
とてもとても、距離が近くなった気がします。
親しくなれたような気がして、嬉しいのです。
わたくしこの調子で、頑張らなくてはいけません。
「……シャル様?」
もうお仕事に行かれたのでしょうか。
それもそのはずで、わたくしはいつもお言葉に甘えて、朝はすやすや寝てしまっているので、起きるとすでにシャルジール様がお出かけになった後、ということも多くあります。
それも、あまりいけませんよね。
お言葉に甘えすぎていました。妻として、今日はだめでしたけれど、明日から早起きして、お見送りして差し上げなければいけません。
「……ふぁ」
わたくしにしては、寝起きにしっかり覚醒することができました。
いつも、半分目覚めているけれど半分寝ているような状態が、三十分は続くのだと、お兄様に言われていましたので。
私には自覚がないのですが、きっとそうなのでしょう。
半分目覚めているわたくしの口に何かを入れると、美味しそうに食べるのが面白い、とも言っていました。
目覚めたらどういうわけか、口の中にお菓子が入っていたことが何度かあるのです。
あれはいけません。せっかくのお菓子ですから起きている時に食べたいと思います。
お兄様はそのような悪戯をするのですが、シャルジール様はお兄様とは違いますので、そんなふうにされたことはもちろんありません。
シャルジール様が真面目な方でよかったです。
そうでなければ、寝ながらものを食べるというはしたないところを見せてしまうところでした。
「リミエル様、おはようございます」
「おはようございます、ミニットさん。シャルジール様、……シャル様は、もうお仕事に出かけたのでしょうか?」
「ええ、おそらくは。リミエル様。旦那様と以前にもまして仲良くなられたようで、嬉しいです」
「昨日、ミニットさんがお買い物に付き合ってくれたおかげです」
「いえ、とんでもない。勿体無いお言葉です」
朝の挨拶と共に部屋に入ってきたミニットさんは、礼儀正しくお礼を言うと、わたくしを連れて鏡の前に行きます。
数人の侍女たちが、わたくしの朝の支度をしてくれます。
髪をとかして、顔をふいて、服を着替えさせて──諸々の準備を終えると、わたくしは部屋を出ました。
「旦那様は朝が早いのですが、今日に限っては私たちが目覚める前にもう出立なさったようで。何か、騎士団で問題でも起こったのかもしれません。旦那様のことですから、大丈夫だとは思いますが」
「そうなのですね。……心配です」
そんなことをミニットさんと話しながら部屋を出て、ダイニングに向かおうとすると、玄関ホールにお義父様とお義母様がいらっしゃいました。
いつも穏やかで優しい方々なのですが、なんだか慌てた様子で、開かれた扉の前に立ちすくんでいます。
「お義父様、お義母様、おはようございます」
「リミエルさん、大変だ」
「リミエルちゃん、大変なのよ……」
何事かと思い、私は二人に駆け寄りました。
ミニットや、他の侍女の方々や、使用人の方々も、私たちのそばへと駆け寄ってきます。
扉の前にたどり着いたわたくしが見たものは、何頭もの仕留められた熊を背中に担いで、それはもう、背中に、山のように担いでこちらに熊のお化けみたいな姿で歩いてくる、シャルジール様の姿でした。
「シャル様……ど、どうされましたの? 熊ですね……!」
「狩に、出ていた。……狩に出て、ひたすら熊を狩っていたら、この数に……命を無駄にするわけにはいかないから、担いできた」
「まぁ、すごい……! シャル様、素敵です。お強いのですね……!」
全部シャルジール様が仕留めたのでしょうか。
お一人でこの数の熊を、一晩で仕留めてしまうなんて、なんてお強いのでしょう。
わたくしが駆け寄ると、シャルジール様は担いでいた熊を、公爵家の館の前の広い前庭に、どさどさと降ろしました。
「……リミエル……私の、天使」
「シャル様……もしかして、一晩寝ずに、熊を……?」
シャルジール様は私をぎゅっと抱きしめて、それからずるずると地面に倒れていきました。
「シャル様、シャル様……!」
疲れと、眠気の限界だったのでしょうか。
気絶したシャルジール様を、わたくしは抱きしめて、これは看病をしなければいけないと密やかに情熱を燃やしました。
私の背後ではミニットさんとご両親が「今夜は熊鍋だな」「余った熊は売るといいわよ、高く売れるから」「わかりました」と、冷静に話し合っていました。
さすが、歴代の騎士団長を務める家の方々は、熊に慣れているようです。
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