さらなる忍耐
わたくしはなんだかふわふわしたまま、シャルジール様に抱かれて浴室に連れて行かれました。
「旦那様、奥様は私たちが」
「いや、いい。今日は私が、リミエルのことは全て行う」
「さようでございますか」
私を心配したミニットさんが声をかけてくれましたが、シャルジール様にやんわりと断られました。
シャルジール様を見送りながら、ミニットさんや侍女たちがわたくしに向かって、親指をあげたり、ガッツポーズを作ったりしてくださいます。
皆さんには、わたくしの意図が知れ渡っているようです。
わたくしも皆さんにむかってひそやかに合図をしようとしました。
親指をあげるのははしたないので、オッケーサインをつくろうとして、はじめてなので戸惑ってしまい、形を間違えました。たぶん、狐さんになりました。
「……!!!」
侍女たちが床に倒れています。狐さんによる攻撃です。
――わたくし、お酒を飲んでいないのに酔っているのでしょうか。
もしかしたらヤーモリスのエキスにはそういった効能があるのかもしれません。
「リミエル、体に、異変はないですか」
「ないです。ふわふわして、少し気持ちいいのですよ」
「そうですか」
「わたくし、どこにむかっているのでしょう。湯浴みなら、ミニットさんたちと一緒に」
「今日は私にまかせておいてください。あなたを一人にするのは、不安です」
「な、なにかしでかすと思われているのでしょうか……?」
やはりばれているのでしょうか。
わたくしが、お食事にあれやそれやを仕込んだことについて。
「そういう意味ではありません。ただ……」
「ただ?」
「いえ、なんでもありません」
シャルジール様はわたくしを脱衣所につれていき、手早く服を脱がせてくださいました。
わたくしはとても恥ずかしく思っていましたが、今までこんなことはなかったものですから、もしかしたらこれが情熱的な愛というものなのでしょうかと思いながら、大人しくしていました。
シャルジール様はご自分も服を脱ぐと、わたくしを抱き上げて浴室に入っていきます。
そして、わたくしを訓練兵の湯浴みのように的確に洗ってくださり、すごく無言で浴槽に入ると、そしてこれから戦にいくのでしょうかというぐらいに的確にてきぱきと体を拭いてくださりました。
すごく、軍隊、という感じでした。
もっと、甘い雰囲気を期待していたわたくしは、恥ずかしく思いながらも若干がっかりしました。
何かがすごく違う気がするのです。
男女が二人、お風呂の中で裸なのですから、もっと何か、あるのではないかしらと思うのです。
もっと、何か。
例えば、キスをしてくださるとか。
抱きしめてくださるとか。
抱きしめて「リミエル、もう我慢できない」とか言われて、そのまま――みたいな、何かがあってもいいと思うのです。だって、夫婦なのですから……!
わたくし、魅力がないのでしょうか。
それとも、シャルジール様にはもうすでに他にそういった相手がいらっしゃる、とか。
「……リミエル、これは」
わたくしが落ち込んでいると、シャルジール様の硬い声が聞こえました。
いつの間にかわたくしはベッドに運ばれていて、シャルジール様がわたくしの隣に座っています。
このまま寝かしつけられるのでしょうと思っていたのですが、シャルジール様は横にならずに座ったまま、何かを凝視しています。
そこには、瓶が並んでいました。
ベッドサイドのテーブルに、瓶がずらりと。
わたくしは、はっとして起き上がって、それに手を伸ばしました。
もう、全てが恥ずかしくて悲しくて情けないのです。
シャルジール様には他に好きな相手がいらっしゃるのかもしれません。好きな相手か、もしくは、何人もの恋人がいて、女性には困っていないのかもしれません。
こうなったら、わたくしが、マヌカハオウドリンクを飲んでしまおうと思いました。
だって、拒絶されたら悲しいですから。
「待て、リミエル」
「待ちません! シャルジール様、それは肌つやのよくなる栄養剤なのです。ですから、わたくしが飲むのです」
「駄目だ」
「どうしてですの」
「これは、私が全て飲む。あなたは飲んではいけない。あなたが用意してくれたのだろう、私のために」
「……シャルジール様、わたくし」
「結婚してから、私は家を留守にすることも多いし、仕事で遅くなることも多い。朝も、早い。だから、私を心配して、あなたは力のつく食事を準備してくれたと考えているが、違うだろうか」
「……っ」
シャルジール様は瓶をあけると、ずらっと並んだマヌカハオウドリンクを五本、全て飲み干しました。
そんなに飲んで大丈夫なのでしょうか。
わたくしは、不安に思いながら、けれどシャルジール様によい方がいる可能性もまだ考えていて、悲しくなってしまって涙をぽろぽろこぼしました。
「リミエル、どうしたんだ? 飲んではいけなかったのか」
「シャルジール様、いつもと違うお話の仕方……わたくし、嬉しいです。けれど、他の女性の前では、そのように自然に振る舞うのですよね。わたくしよりももっと大人で、色っぽくて、魅力的な女性たちがいるから、シャルジール様はわたくしに興味がないのですよね……」
「何故そうなる……! そんなわけがない……私はリミエルだけだ、興味がないなどと……」
シャルジール様は口元をおさえて、うずくまりました。
すごく具合が悪そうです。
やはり五本は、多すぎたのではないでしょうか。
「シャルジール様、大丈夫ですか……?」
「問題ない。大丈夫だ、この程度……リミエル、私はあなたを愛している。あなたを、大切にしてきたつもりだ。話し方は、この方がいいのならなおす。だから、あなたも私を、シャルと、呼んでくれないか」
「ええ、シャル様……!」
「リミエル、あなたのお陰で私はとても元気になったよ。明日からも頑張れそうだ。寝なさい」
「はい!」
心なしかぜえぜえしているシャルジール様に、よしよしされて、わたくしは素直にベッドに横になりました。
何か違うと思いましたが、シャルジール様に愛していると言われて嬉しかったので、今日の所はこれで満足しておくことにしました。
あまり、わがままを言うのはよくないことですから。
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