忍耐と忍耐とそして忍耐
わたくしは、シャルジール様のお帰りをわくわくしながら待ちました。
とてもお元気になるお料理をお食べになったシャルジール様は、もしかしたらわたくしに、情熱的に愛を囁いてくださるかもしれません。
朝も昼も夜も、愛していると言われて、「君がいないと耐えられない」なんて、抱きしめていただけたらと思うと、落ち着かない気持ちになって、わたくしはシャルジール様を待ちながら玄関のホールをうろうろしていました。
「リミエル……待っていてくれたのですか?」
「シャルジール様、おかえりなさいまし!」
小一時間ほどそうしていたでしょうか、扉が開かれてお帰りになったシャルジール様を、わたくしは思わず満面の笑顔で出迎えました。
「なにか、ありましたか」
「いえ、とくにはないのですけれど、今日はシャルジール様を待っていましたの。そういう気分だったのです」
「とても嬉しいです、けれど、帰りが遅くなる日もあるので、待たなくていいですよ、リミエル」
「お帰りを待つ時間も、楽しいものです。あっという間でした」
「……そうですか」
シャルジール様は、優しく微笑んでくださいました。
いつものように上着や剣を使用人に預けて、わたくしと共にお食事に向かいます。
階段をあがるわたくしの足取りは心なしか軽く、シャルジール様に「今日は楽しそうですね、リミエル」と言われるほどでした。
ダイニングルームはいつも美しく整えられていて、太い蜜蝋の蝋燭が灯る燭台や、薔薇の花の飾られた花瓶などがテーブルの上に置かれています。
向かい合って座ったわたくしたちの元へ運ばれてくるお食事は、普段とそれほど変わりないように思えました。
さすがに、ハブール酒の瓶がおかれたり、ヤーモリスが姿のまま置かれたり、マヌカハオウドリンクの瓶が置かれたりはしていませんでした。
食前酒と共に、オニオンスープが置かれます。これにヤーモリスが入っているのでしょうか。
見た目だけではよくわかりません。
夕食はスープとパンぐらいですから、スープに入れて煮込むヤーモリスの姿焼きは、食材としてはちょうどよかったのではないかと思います。
「……リミエル、この酒は」
「お、お酒、お酒がどうかしましたの……?」
シャルジール様は、食前酒を一口飲んで眉をひそめました。
わたくしは、声をうわずらせながらなんとか誤魔化しました。
わたくしの意図に気づかれたら恥ずかしいですから。とはいえ、ハブール酒は、聖都の皆様はよく飲まれているようですから、隠すこともないかもしれませんけれど。
あぁでも、シャルジール様はとても真面目な方ですから、そういったものを嫌がるかもしれませんし。
やっぱり、隠しておいた方がいい気がしています。
「いえ、……少し、変わった味がすると思いまして」
「そうなのですね。わたくし、お酒のことには詳しくないので、わかりませんわ。わたくしもたまには飲んでみようかと思います」
「駄目です」
「駄目ですか……」
わたくしはしょんぼりしました。
シャルジール様は、わたくしがお酒を飲むことを嫌がるのです。
十八歳になればもう成人ですから、飲酒はしても構わないのですけれど。
ですので、わたくしはまだお酒を飲んだことがありません。
リジーさんは、酔ったふりをして甘えてみるのもいいと言っていたので、試してみたくはあるのですが。
わたくしがそれとなくじっと、それはもうじっとシャルジール様の様子を観察していると、シャルジール様は視線に気づいたように「どうしましたか」と尋ねながら、グラスのハブール酒を一息に飲み干しました。
シャルジール様の肌は浅黒いので変化が分かりにくいのですが、心なしか頬が赤くなっているような気がします。
「飲んではいけないのかと、思いまして……」
「たぶん、これはハブール酒ですね。度数がかなり強いので、はじめて飲む酒としては適していません。甘い果実酒などならまだいいですが、これは、やめておいたほうがいい」
「そうですの……」
「リミエル、酒が飲みたいのですか?」
「は、はい、わたくしももう大人ですから!」
「では、今度、飲みやすいものを買ってきましょう」
「ありがとうございます、シャルジール様」
シャルジール様がスープを口にするのを見守って、わたくしも目の前に置かれたオニオンスープを一口すくって飲みました。
味は、いつもの美味しいオニオンスープですけれど、どことなくハーブの味がします。薬膳味、とでもいうのでしょうか。
後味が、少し草っぽいです。それが爽やかで、深みがあって美味しいです。
飲んでいると、心なしか、体がぽかぽかと温まった気がします。
「……リミエル、このスープは」
「美味しいですね、シャルジール様。……なんだか、体があついです。あつくて、ふわふわする感じがします」
「大丈夫ですか、リミエル。……確かに、少し、妙な感じがしますね」
シャルジール様はそう言って、額に手を当てると溜息をつきました。
苦しげに首元のボタンを外すと、太い首とはっきりとした鎖骨が露わになります。
わたくしはドキドキしながら、その様子を見ていました。
シャツの下に隠れているシャルジール様のお体はそれはもう逞しくて、王国では珍しい浅黒い肌色とも相俟ってとても男らしいのです。
シャルジール様の肌色が浅黒いのは、シャルジール様の今は亡きお爺様が、隣国である砂漠の国シュタイゼルの姫を娶ったからでした。あちらの国の人々は、褐色の肌をしています。
その血を継いでいるシャルジール様の肌は浅黒く、それが銀の髪と相俟ってとても素敵だと、シャルジール様に憧れる女性たちは口をそろえて言うのです。
「シャルジール様、……わたくしも、熱いです。……あつい」
目が覚めると、エスメラルダさんは言っていた気がするのに、あつくてぼんやりします。
困り果てたわたくしは、自分の手で、頬や胸元などをぱたぱた扇ぎました。
「リミエル」
「は、はい。シャルジール様、……その、あの、わたくし」
低い声で名前を呼ばれて、わたくしはびくりと震えました。
もしかしたら、お食事に精がつくものを仕込んだのがばれてしまったのでしょうか。
怒られるのかと思って、きちんと謝罪をしようとすると、わたくしの体はふわりと浮いていました。
「湯浴みをして、もう寝ましょう、リミエル。……少し、酔ったようだ。私は酒には強い方なのだが」
よかった、ばれていなかったのですね。
わたくしはシャルジール様の首に抱きついて、頬をすり寄せました。
咽頭がごくりと上下に動くのをぼんやりと眺めながら、そういえば大切なことを言っていなかったことを思い出しました。
「シャルジール様、わたくし、シャルジール様が大好きです」
「……っ、私もですよ、リミエル」
シャルジール様の体が震えた気がしましたが、そんなことよりもお姫様抱っこをしてもらったことが嬉しくて、わたくしはうっとりしながら目を閉じました。
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