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リミエル、こっそり仕込んでみる



 わたくし、もしかしたら今までシャルジール様の優しさに甘えていたのかもしれません。

 シャルジール様はお兄様の妹を娶ったのですから、シャルジール様にとってわたくしは女というよりは妹、なのかもしれません。

 

 わたくし、女として見ていただきたい。

 だってそうでないと、シャルジール様はそれはもう女性たちから憧れられていますから、もしかしたら、どれほど品行方正なシャルジール様でも、間違いを犯してしまう可能性もあります。


 わたくし以外の女性に愛を囁くシャルジール様を想像するだけで、悲しい気持ちになります。


 そうならないためにも、わたくしはシャルジール様にもっと、激しく求められたいのです。

 女性として、シャルジール様を満足させることができれば、夫婦仲ももっと円満になると思いますし。


 それを抜きにしても、わたくしはもっと、深く激しく愛されてみたいのです。


 というわけで、わたくしは侍女を連れてお買い物に出かけました。

 街に出かけることはあまりないのですけれど、今日は特別です。

 たまにはお料理の食材を見て、お夕食のメニューを提案したいのだと言うと、料理長さんたちは二つ返事で了解してくださいました。


 聖都の市場には、さまざまなものが売られています。

 人の声も大きくて、動き回る人たちも忙しなくて、見ているだけで元気になることができます。


「リミエル様、何か召しあがりたいものがあるのですか?」


 侍女のミニットに尋ねられて、私は小さく頷きました。


「わたくしが、というよりは、シャルジール様に召し上っていただきたいのです」


「何をでしょうか? 旦那様のお好きなものをお夕食のメニューにしたいということでしたら、言ってくださればこちらで用意しましたのに」


「ありがとうございます、ミニット。でも、少し違うのです」


「違うのですか?」


「ええ。シャルジール様は、お仕事でお疲れでしょう?」


「疲れていますでしょうか。私にはいつも通りの旦那様に見えましたけれど」


 ミニットは不思議そうに言いました。

 確かにミニットの言うとおり、シャルジール様はお疲れの様子など見せたことがない方です。

 長い遠征の後も、そんなことはなかったかのように、美しい佇まいでいらっしゃいます。

 髪も服装も乱れている所は、見たことがありません。


「お疲れの様子はありませんけれど、きっと疲れていると思うのです。だから、精力のつくものをたくさん食べさせてさしあげたいと思っておりますの……!」


 激しく求められるために、というのはわたくしも恥ずかしいですし、なんとか誤魔化しました。

 嘘をつくのはいけないと昔からお兄様に何度も言われてきたわたくしですから、嘘をつきなれていなくて、声がうわずって少し大きめになってしまいました。


 わたくしが大きな声を出したからでしょうか、市場を歩く人たちが足を止めて、わたくしたちに視線を送ります。

 ほとんどの人たちは一瞬わたくしたちを見た後に、また歩き出したのですけれど、人混みの中からわたくしたちに近づいてくる、妖艶な女性の姿があります。


「精力のつくものが欲しいのかしら」


 唐突に話しかけられて、ミニットが身構えました。

 女性は敵意がないことを示すように、両手をあげます。


「怪しいものではないのよ。ただ、精力剤ならこの私、エスメラルダの漢方店が一番だと思って声をかけてしまったの」


「怪しい店ではないだろうな」


 ミニットの口調が、硬いものへと変わります。

 ギルフェウス家の侍女たちは護衛も兼ねることができるように鍛えられているので、ミニットも侍女服の下に短剣を持っています。

 侍女の中では一番強いと評判ですけれど、今のところミニットが剣を抜くようなことは起こっていません。


「怪しい店ではないわよ。その服装はどこかの貴族様かなと思うけれど、お忍びで買い物中だと思うから、事情は聞かないわ。もしよかったら、おすすめの精力剤を買っていかないかしらと思って」


「是非!」


 わたくしは、すぐさま返事をしました。

 ミニットは不安そうでしたけれど、せっかく声をかけていただいたのですし。

 それに、エスメラルダさんという方はそれはそれは色香のある美女でしたので、わたくしは美しい花に引き寄せられるミツバチの気持ちを味わっていました。


 市場の一角に、エスメラルダさんは店を出していました。

 テーブルには不思議液体が入った瓶が並び、そのほか大きな瓶には植物の種のようなものや、乾燥した植物や、果実などが入っています。


「精力をつけたいのなら、一番はこのハブール酒ね」


「ハブール酒……!」


 わたくしは、両手で口元を押さえました。

 エスメラルダさんが手に持った酒瓶の中には、ハブールという毒蛇がはいっています。

 毒蛇のお酒なんて、飲んだら死んでしまうのではないでしょうか。


「ミニット、毒蛇は飲めるのでしょうか」


「大丈夫ですよ、奥様。ハブール酒は、街の傭兵たちなどはよく飲みます。力がつくのですね。度数の高いアルコールには解毒作用がありますので、長く漬け込むと毒も無害になるのです」


「まぁ、すごい」


「うちのハブール酒は、他にも精のつくハーブや漢方を一緒に仕込んでいるから、一味違うわよ」


 意味ありげな微笑みを浮かべで、エスメラルダさんが言いました。


「買います」


 わたくしは、ハブール酒を購入しました。力がつくというのは素晴らしいことです。

 シャルジール様は、若い騎士の指導もしますから、力はあるほどいいと思います。


「あとはヤーモリスの串焼きね」


 エスメラルダさんが次に取り出したのは、串に刺さった黒々としたヤーモリスでした。

 焼かれて、カピカピに乾いているように見えます。

 ヤーモリスは、小さなトカゲの一種です。食べられるとは知りませんでした。


「ずいぶんカピカピです」


「焼いたあと、長持ちするように乾燥させているのよ。スープに入れて煮込むといいわ。眠れなくなるぐらいに、元気になるわよ」


「買います」


 元気になるのはいいことですから、わたくしはヤーモリスの串焼きも買いました。


「それから、これはとっておき。マヌカハオウドリンクよ」


「マヌカハオウドリンク……?」


「ええ。マヌカハッチのロイヤルゼリーに数種類の漢方薬を混ぜて作ったドリンクで、覇王が降臨したと思うぐらいに力強く立派に、元気になると評判よ。三日は寝ずに働けるぐらいに、元気になるわね」


「覇王が降臨……」


「イメージね、イメージ」


 こればっかりはどういうことなのかよくわかりませんでした。


「ミニットさん」


「怪しげな薬ではないだろうな」


「違うわよ。マヌカハッチのロイヤルゼリーは、肌艶がよくなる精のつく食べ物だというのは知っているでしょう? それに、滋養強壮によくきく数種類の漢方を混ぜただけの自然食よ。変なものは入っていないわ」


「では、買います」


 わたくしは、マヌカハオウドリンクも数本購入しました。

 そして、料理長にお願いをして、購入した食材を夕食のメニューに取り入れてもらったのでした。



お読みくださりありがとうございました!

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