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獣化の薬



 シャルジール様とルシウス様が、対峙しています。

 なんとも言えない緊張感が、闘技場に満ちています。


「──皆さま、長い間のお付き合いをありがとうございました。最終戦がはじまります」


 レザール様の涼やかな声が響きました。


「規定により、優勝国にはなんでも望むものを賞品として差し出すことが決まっております。今回、先に申請がありました。シュタイゼルからは、シャルジールの妻であるリミエルを差し出せと。そして、ミシュラミアからは、二度とリミエルに近づくなと」


 そ、そんな、堂々と言われてしまうと、とてもいたたまれないのですけれど……!

 皆の視線がわたくしに突き刺さっている気がします。

 恥ずかしいやら、何やらで泣きそうです。


「なんてことだ……!」

「そんなことが許されるはずがない!」

「聖王都自慢の仲良し夫婦の仲を割こうなどと……! 許されません!」


 一瞬、観客席がしいいんと静まったかと思ったが、激しいブーイングの嵐が巻き凝りました。

 どういうわけか、皆さん大変お怒りになっているようなのです。

 わたくしとシャルジール様を、そんなに心配してくださっているのでしょうか。

 皆さんからそんなふうに思われていたなんて、わたくし、知りませんでした。


「あ、あの、皆さん……」

「それは、こうなるわよね。元々シャルジール様は優しくて強い皆を守る騎士団長として評判だし、最近では猫耳のはえたリミエルと職場でいちゃいちゃしていたという噂が……これで男性人気もあがったわよ」

「確かに。お兄様は今まで、女性にばかり人気があることで男性からは多少嫉妬をされていました。ですが、今では嫁に猫耳をつけて興奮する趣味があるという噂が広まったおかげで、そういう可愛いところもあるのかと、男性たちからも共感を得られるようになり……」

「猫耳をつけたリミエルを可愛がることで好感度があがったのね……何がおこるかわからないものね」


 戸惑う私に、リジーやラキュアさんが説明してくれます。

 ミラーニスがしみじみ頷きました。「ちなみに私も一時期、二人の仲を引き裂く悪女ということで評判がとても悪かったらしいわ」と付け加えました。

 私の知らないところで、そんなことになっていたのですね。


「ずいぶん人気者じゃないか、シャルジール! そんなお前からリミエルを奪うとは、なかなか燃えるな!」

「悪趣味な男め。……あなたが国王陛下であろうと、私は手を抜きません。聞いた話によれば、リミエルの体にふれたそうですね。これが──真剣でないことが悔やまれます」

「少し触っただけだが、まぁ、俺が勝てば俺の嫁になり、抱くことになるのだ。お前よりも俺の方が、色々と具合がいいだろう。その日の夜に、お前のことなど忘れて俺に縋るようになる」

「…………はぁ」


 一瞬激しい殺気がシャルジール様から放たれたような気がしましたが、冷静さを取り戻すようにシャルジール様は息をつきました。


「な、なかなか最低なことを言うわね、一国の王様なのに。王様だからなのかしら……ラース様があんな人ではなくてよかった」

「本当に」

「ええ、本当に」

「ラース様は皆のお父様ですからね」


 リジーとわたくしたちは頷き合いました。

 ルシウス様が下品なほどに、ラース様の好感度があがっていきます。ルシウス様はラース様を見習った方がいいのです。


「それに、シャルジール様の方が絶対、凄いのです。わたくし、ぐったりしてしまって動けなくなることが何度もありますし、途中から覚えていないことも多くて……ともかく、凄いのですよ」

「そこまで聞いていないわ、リミエル。ありがとう、リミエル。最高」

「兄のそういったことを聞くのは少し……いえ、もちろん騎士ですからね、騎士とは夜も騎士なのです。騎士の騎士は騎士といいますか……!」

「ラキュア、落ち着いて。余計なことを言っているわよ。リミエルも落ち着いて。言わなくていいことを言っているわよ」


 リジーが喜び、ミラーニスがわたくしたちを注意して、わたくしとラキュアさんは顔を見合わせると、ボンっと音が出るぐらいに顔を真っ赤に染めました。


「騎士の騎士は騎士……心のメモ帳に書いておくわね……」


 リジーがいい笑顔でつぶやきます。

 ラキュアさんが両手で顔を隠して「忘れてください」と小さな声で言いました。

 エダ様がお腹を抱えて笑っています。


「いやぁ、面白いね。でもこれからもっと面白いものを見ることができるよ」


 そう、歌うように言いました。

 戦い開始の笛が鳴り、シャルジール様とルシウス様、お二人とも模造刀を構えます。

 踏み出す前にシャルジール様が、片手に持っている小瓶を掲げました。


「相手を殺さない限りは、模造刀の他に道具の使用も自由。これは、各国の軍事力を見せるための戦いでもある。だから私も、全力であなたの相手をします」

「その瓶は?」

「我が国の誇る頭脳、エダの作った新薬です」

「筋力増強剤か? その程度のもの、我が国にもあるぞ」


 シャルジール様は不敵に笑うと、その瓶の中身を一気に飲み干しました。

 変化はすぐに起こりました。

 シャルジール様の頭から狼のような銀の耳が、そして、膝までを隠す作りになっている騎士服を持ち上げるようにしてふさふさの銀の尻尾がはえたのです。


「か、かわい……」


 わたくしの猫耳と同じでした。

 それは狼です。狼の耳と尻尾でした。大変可愛らしい様子に、わたくしは胸を押さえました。

 なんて可愛らしいのでしょう。可愛らしくかつ、精悍です。ものすごく撫でたくなってしまいます。


「ふふ……! 見て、あれはリミエルちゃんが飲んだ薬を改良して作った、獣化剤だよ。獣の力を手に入れることができる薬だね。副作用はないから安心して。リミエルちゃんのおかげでできたといっても過言ではないから、あの薬を飲んだシャルジールが勝ったら、夫婦の愛の勝利、ということになるよね?」

「エダ様、素晴らしいです、エダ様……! ケモみみ萌えを理解していますね、エダ様!」

「うん。僕はあらゆるジャンルに精通した男だからね」


 リジーとエダ様がガシッと力強い握手をします。

 心なしか、グラディウス猊下も嬉しそうです。獣の耳が好きなのですね、皆。気持ちはわかります。


「なんだその姿は、ふざけているのか」

「ふざけてなどいませんよ。これは狼の柔軟性と素早さを手に入れることができる薬です。では、参ります」


 確かに、ルシウス様はお強いのでしょう。

 けれどシャルジール様の強さは、その比ではありませんでした。

 しなやかに跳躍して、襲い掛かり、ルシウス様の剣をひらりと避けて、荒野を駆けて獲物を追い詰める狼のようにルシウス様に斬りかかります。


 目視できないほどに素早く。

 息つくまもないほどに矢継ぎ早に。

 模造刀に打ち据えられて、ルシウス様は膝をつきました。


 勝敗は──ほんの一瞬。

 獣化の薬の効果とシャルジール様強さ、二つの力が合わさって、あっという間についてしまいました。


「勝者、シャルジール!」


 レザール猊下の声と共に、歓声が響き渡ります。

 わたくしのもとに駆け寄ってくるシャルジール様に、わたくしは観客席から飛び降りるようにして──抱きついたのでした。



 

お読みくださりありがとうございました!

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