寝取り宣言
◇
闘技場控え室には、既に各国の代表が集まっていた。
闘技大会とは各国の威信をかけて行われるものである。式典の意味合いは強いが、武力を誇るという意味ではどの国も本気であり、国力を誇示するために出場者の衣服にまで趣向を凝らす。
私もアラングレイスたちも、この日のために仕立てられた新しい騎士服を着ている。
白を基調に金の飾りが入った、神の祝福を受けたミシュラミア王国らしい衣服である。
「シャルジール!」
開会の儀式をラース様が行い、その後私たちの挨拶となる。
それまでの間、生真面目なエルディンは瞑想を行い、陽気なキースはアラングレイスと好みの女性について話をしていた。
私は今日使用する模擬刀の確認をしていた。
今日はリミエルも応援に来てくれている。情けない姿は見せられない。
そんなことを考えていると、突然粗雑に扉が開かれたかと思ったら、ずかずかと入ってきた男が私の名前を大声で呼んだ。
私の前に立っているのは、ルシウス・シュタイゼル国王陛下である。
シュタイゼルの王は、他の国の王とは違い自らが闘技大会に出場する。
本来なら部下たちにその役割を任せるものなのだが、血の気が多いルシウス様はじっとしてはいられない性質らしい。
前回大会の時も出場していて、手合わせをした記憶がある。
あの時は、私が勝った。相手が国王陛下といえども、手を抜かないのが礼儀である。
ルシウス様は、今回は勝つと私に宣言しに来たのだろうか。
前回の時にかなり悔しそうにしていたことを覚えている。
私は立ち上がると、礼をした。他国の王と話をするのに、座っているわけにはいかない。
「ルシウス様、お久しぶりです。声をかけていただけるとは、光栄なことです」
「シャルジール、前回の大会の時にお前は嫁を連れて来なかったな」
「嫁……?」
突然何を言い出すのだろう、この人は。
今は亡き祖父の、シュタイゼルの血が色濃く出ている私は、ミシュラミアの中では大柄な方である。
その私と同じぐらいの背丈のあるルシウス様は、まだお若い。
年齢も私と同じぐらいだっただろうか。明るく快活で、嫌味のない人物だと記憶している。
だが、まさか唐突にリミエルについて尋ねられるとは思っていなかった。
ルシウス様の背後には、今日の出場選手たちがずらっと並んでいる。
話をしていたアラングレイスとキースが、何事かと寄ってきた。
「妻とは、結婚してまだ一年です。前回の大会の時は結婚前でした。婚姻前の婚約者を他国に連れて行ったりはしません」
というのは建前である。
アラングレイスも私も出場するのだから、リミエルも連れて行ってもよかったのだ。
エルディンの婚約者だったラキュアは同行していた。
だが、私はリミエルを連れて行かなかった。
闘技大会とはその性質上、男性が多い。
私は、他国の男たちにリミエルを見せたくなかったのだ。
「妻とは、リミエルのことだな」
「なぜ、名前を?」
「いいか、シャルジール。あのような可憐な女性は、俺のそばにこそいるべきだ」
「は?」
なにを言っているんだ、この人は。
そもそも、どうしてルシウス様がリミエルを知っている?
「子供はいるのか」
「いませんが」
「ならば尚更いい。結婚して一年ではまだ傷も浅いだろう。俺は闘技大会に優勝してリミエルをもらう」
「申し訳ありませんが、理解できません」
「だから、お前からリミエルを奪うと言っている」
「……わざわざ私を怒らせに来たのですか、ルシウス様」
「違うぞ。私は卑怯なことはしない。奪うからには、きちんと伝えなくてはいけないだろう。お前からリミエルを奪い、俺の妻にする。五人目の妻だ。リミエルは故郷から離れてしばらくは悲しいだろうが、すぐに俺の虜になるだろう」
何を言われているのだろうか。
この人は、ちゃんと共通言語を話してくれているのだろうか。
私は突然夜空に放り出されたような気持ちになった。意味がわからなすぎる。
「ルシウス様、シャルジールの嫁に惚れたんですか。それは俺の妹でもあるのですが」
「そうか。ではアラングレイス、お前は俺の義兄ということになるな」
「嫌です」
「そういうな」
「陛下。なぜそんな話になったのかは理解できませんが、リミエルは渡しません。勝つのは、ミシュラミアです」
「残念だが、今回勝つのはシュタイゼルだ! 皆、俺が嫁を連れて帰るために死ぬ気で戦え!」
シュタイゼルの出場者たちから、「おぉ!」という威勢のいい声があがる。
人の嫁を奪う宣言で、上がる士気とはどうなのだろうか。
颯爽と控え室から出ていくシュタイゼルの兵士たちと、ルシウス様を、私は唖然と見送った。
唖然としていたのは一瞬で、次の瞬間沸々と怒りが湧き起こってくる。
「……ふざけるな」
「おぉ、団長が怒ってる」
「それは怒りもするだろう。ふざけた男だ」
私の背後で、キースとエルディンが小さな声で話をしている。
「どこかでリミエルを見たのだろうか? まぁ、リミエルは可愛い。気持ちはわかる」
「団長、俺たちが勝ちます。大丈夫です」
「僕も頑張りますよ。リミエル様が奪われたら、団長、一人でシュタイゼルに乗り込みそうですし」
「……奪われることなどない。勝つのは私たちだ」
絶対に負けられない理由ができてしまった。
元々負ける気などなかったのだが。
それにしても──リミエルは大丈夫だろうか。もしルシウス様に何かされたのだとしたら。
──それは、とても許せることではない。
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