ラキュア・エルゼナ
シャルジール様によく似た銀の髪に、空色の瞳に白い肌をした美しい女性が、ルシウス様の腕を掴んでいます。
ラキュアさんはぎろりとルシウスさんを睨みました。
「聞こえていましたか。リミエル様はシャルジールお兄様の大切な奥方です。その手を離しなさい」
ルシウスさんはにこやかに笑いながら、わたくしから手を離しました。
「なるほど、あなたはシャルジールの妻だったのですね。だから、俺のこの容姿を見ても驚かなかった、と。この肌の色も珍しくはないということですね」
「ルシウスさん、他国の女性が珍しいのもわかりますが、あまり気安く肌に触れるのはよくありません」
「俺は本気ですよ。なるほど、シャルジールのね。それはいいな。なおさら燃えてしまう」
「人の嫁を奪おうとするなど、悪趣味ですよ」
腕を組んだラキュアさんが、冷たい声で言います。
「人のものほど欲しくなるものですよ」
ルシウスさんはひらひらと手を振って「それでは、シュタイゼルが優勝した暁には、リミエル、あなたをもらいます」と言って、去っていった。
「全く、困ったものです! お姉様、大丈夫ですか? なにかいやらしいことはされていませんか?」
「ラキュアさん、ありがとうございます。びっくりしました……」
「あれはルシウス・シュタイゼル様。シュタイゼル王国の国王陛下ですよ」
「えっ」
「驚く気持ちも分かります。こんなところに国王陛下がうろうろされているとは思いませんものね」
シュタイゼルの国王陛下は、あのような顔立ちだったでしょうか。
一度遠目に見たことがあるような気がするのですが、その時は宝冠を被り顔を隠していたのでした。
シュタイゼルの出身で、ルシウスと名乗れば国王陛下だとわかりそうなものなのですけれど。
はじめてのナンパに動揺していたせいか、頭が回りませんでした。
「気づきませんでした、情けないですね……」
「気にすることなどありません。あのような淫らな。ラース様はあのようなことはしませんもの。まったく、腹立たしいことです」
「そうですね。でも……冗談でもあのようなことを言われると、困ってしまうものですね」
「いえ。お姉様、困ったことになりました」
「困ったことに?」
「シュタイゼルは一夫多妻制の国です。だから、ルシウス様はおそらく本気です。お姉様を第五夫人にしようとしているのですよ」
ラキュアさんが囁くように言いました。
わたくしは目を丸くして、息を飲みました。わたくしは既婚者です。シャルジール様のお傍を離れる気はありません。
「ラキュアさん、わたくし、シャルジール様の妻です」
「シュタイゼルでは王が妻にと望めば、たとえ既婚者であっても後宮に入らなくてはいけません。まぁ、そんなことをしたら国が乱れる原因を作るだけなので、常識的に考えるとしませんけれど」
「それなら」
「シュタイゼル国内ではそうでも、闘技大会の優勝国にはなんでも好きなものが与えられるのが慣例です。ルシウス様がお姉様をと望めば、お姉様は褒章品としてさしだされるのですよ」
「そ、それは、こまります……」
「お兄様は負けません。だから大丈夫だとは思いますけれど……」
わたくしとラキュアさんはお話をしながら、少し人の減った通路を抜けて、闘技場へと入りました。
闘技場入り口では、リジーとミラーニス、エダ様が待っていてくれました。
「ねぇねぇ、リミエルちゃん。聞いたよぉ」
エダ様がそれはそれは嬉しそうに話しかけてきます。
「リミエルちゃん、ルシウス陛下に見初められたんだって?」
「あ、あの、そんなことはないのです……ど、どうして、知っているのですか?」
「だってさ、さっきルシウス陛下が大きな声で、聞け! 皆、俺はこの地で運命の女性をみつけた! 必ず優勝して、リミエルをシュタイゼルに連れて帰るぞ! ――とか、言ってたんだよね」
「リミエルといえば、リミエルだわ。リミエル以外にいないもの」
「シャルジール様といい、ルシウス様といい、リミエルにはシュタイゼルの血に好かれやすいのかしら……」
リジーが興奮気味に、ミラーニスが心配そうに言います。
わたくしは両手で顔を隠しました。
そんな大きな声で――シャルジール様のお耳に入ってしまったらどうしましょう。
わたくし、他の男性と逢引きするふしだらな女だと思われてしまったら――。
「違うのです、わたくし……ミニットさんとはぐれてしまって、露店の前でぼんやりしていたら、急に話しかけられただけで……」
「な、泣かないでリミエル。大丈夫よ、別に誰もあなたの不義なんて疑っていないから」
「そうだよ、リミエルちゃん。リミエルちゃんがシャルジールのことを大好きなのは知っているし」
「そうよ、リミエル。私も、以前はあなたにつらく当たってしまったけれど……あなたが浮気なんてできない人だと、私たちはよくわかっているのだからね」
皆がわたくしをはげましてくれます。ラキュアさんが勇気づけるように、わたくしの背中に手を置きました。
「今頃、お兄様やアラングレイス様、エルディンもキースは……どうだかわかりませんが、ともかく怒っていると思います。怒りは力になりますからね。我が国が優勝すること間違いなしです」
わたくしはこくんと頷きました。
シュタイゼルが優勝しなければいいのです。きっと大丈夫。だってシャルジール様はとてもお強いのですから。
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