闘技大会と各国の要人の来訪
街にはたくさんの人があふれています。
いつもよりも露店の数が多く、馬車の中にまで様々なお料理の香りが漂ってくるようでした。
今日は闘技大会です。各国から来訪した商人の方々が、それぞれの国のものを売ってらっしゃいます。
ガラス製のランプや、グラス。水タバコのパイプや、アクセサリー。
乾物や、果物などもあります。
いつも美しい聖都ですが、周辺諸国の方々もあつまっているせいか、異国に迷い込んでしまったようでした。
闘技大会は、大神殿の剣の塔の敷地内にある闘技場で行われます。
普段は聖騎士団の入団試験や、昇格試験のためにつかわれている場所です。
シャルジール様やお兄様はもうすでに闘技大会の準備に向かわれていて、わたくしはきょろきょろしながら大神殿の前の広大なお庭を歩いています。
こちらにもたくさんの露天が出店していて、闘技大会を見学に来た方々も多く、いつもよりも賑わっています。
礼拝に来る方々でいつも橋に行列ができているぐらいなのですから、それよりも更に賑わっているとなると、少し歩くだけで人波にさらわれそうになってしまうぐらいなのです。
わたくしは機敏に歩くのが苦手です。
それなので、人混みもあまり得意ではありません。
人の波をすり抜けて歩くこともままなりませんし、なんせ少し歩くだけで人にぶつかってしまうぐらいなのです。
人の多さに圧倒されていたせいでしょうか、いつの間にかミニットさんとはぐれてしまっていました。
ミニットさんには、「はぐれないように気を付けてくださいね」と言われていましたのに。
困り果てたわたくしは、とりあえず剣の塔に向かおうと足を進めました。
目的地は闘技場。今日はシャルジール様の応援に来ましたので。そちらに行けばきっとなんとかなるでしょう。
ミニットさんも先に行っているかもしれませんし。リジーやミラーニス、それからラキュアさんにも会えるでしょう、きっと。
といっても――。
「どうやって、前に進みましょう……」
ひしめきあっている人々に追い出されるようにして、わたくしは人の波からはじき出されて露店の横まで来ました。
露店では、美しい硝子細工のアクセサリーが売っています。
宝石ぐらいに磨かれたガラス細工で作られたティアラや首飾りが、陽光に照らされて虹色に輝いていました。
思わず目を奪われるほどに綺麗です。
「それが気に入りましたか、お嬢さん。それはシュタイゼル硝子。砂漠の国シュタイゼルは、金がよくとれます。金のチェーンにシュタイゼル硝子を並べた首飾りなどが、お嬢さんの細い首には似合いそうだ」
唐突に話しかけられて、わたくしはぼんやり硝子細工を眺めていた顔をあげました。
いつの間にかわたくしの前に、見上げるほどの偉丈夫が立っています。
話しかけられるまで気づかなかったのが不思議なほどです。
シャルジール様よりも濃い褐色の肌に、銀の髪。
砂漠の熱い日差しを避けるための白を基調にした布地の多い、けれど風通しのよさそうな衣服。
ざっくりひらいた胸元には、金の細い首飾りが輝いています。
華美な印象ですが、その肉体や顔立ちの精悍さのせいか、それでも上品な印象の方でした。
「はじめまして。わたくし、リミエル・ギルフェウスと申します。あなたはどなたですか?」
「ルシウスと申します」
「ルシウスさん」
「ええ。店主、この首飾りをリミエルに」
「えっ、あの、いただけません……初対面の方にアクセサリーを買っていただくなんて、できません」
わたくしは慌てました。
そんなにわたくし、物欲しそうに見えたのでしょうか。
お金に困っているわけではありませんし、シャルジール様以外の男性に何かを買っていただくわけにはいきません。
「受け取って頂けませんか? 俺の心は、一目見た瞬間からあなたの虜になってしまったというのに」
「あ、あの……」
ルシウスさんは一体なにを言っているのでしょうか。
この方はもしや、女性が好きなのでしょうか。どこからどう見ても、シュタイゼルの方です。
シュタイゼルには褐色の肌の方が多く、わたくしのような白い肌の女が珍しいとか、そういった理由で。
ナンパを――。
これは、ナンパ……!
噂にはきいていましたが、はじめてです。道を歩いていて男性に声をかけられるなんて。
そもそもわたくし、男性との交流がとても少ないのです。
昔からそうなのです。やはり、お父様とお母様が早くになくなっていますから、公爵家のうまれといえども遠巻きに見られていたような記憶があります。
アラングレイスお兄様は女性が好きですけれど、黙っていても女性から寄ってくるところがありました。
だから、お兄様がナンパをしていたというお話は聞いたことがありません。
それとも、シュタイゼルではこういったことはよくあるのでしょうか。
「わたくしには……」
シェルジール様という素敵な旦那様がいるのですと言う前に、ルシウスさんの手がわたくしの腰にまわり、引き寄せられます。
ぞわっとした悪寒が背筋をはしりました。シャルジール様にならいくら触れられても嬉しいのに、他の男性に触れられると――なんだか嫌な感じがします。
「闘技大会でシュタイゼルは優勝をします。優勝した国には、褒美が与えられるのですよ。なんでもね。俺は、あなたが欲しいと頼もうかな」
「そ、それは困ります……わたくしは……」
「何をしているのですか。その女性は、お兄様の大切な方です。その手を離しなさい」
この方はシュタイゼルの要人なのでしょうか。
そうすると、あまり失礼な態度もとれません。
困っているわたくしに、救いの手が差し伸べられました。
強い口調で注意をしてくださったのは、シャルジール様の妹のラキュアさんでした。
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