ミラーニス様との和解
リジーからお手紙を貰いました。
司法の塔でお茶会をするというご招待のお手紙です。
お友達からお呼ばれをするのは、いつだって嬉しいものです。
「シャル様、リジーからお茶会のご招待をいただきました。行ってきてもよろしいですか?」
「構わないが、リジー様と二人か?」
「いいえ、ミラーニス様もご一緒のようです」
「それは、いけない。リミエルは先日、ミラーニス様になにをされたか……」
「特になにもされてはいません。わたくしが勝手に、嫉妬したり悲しい気持ちになっただけで」
お手紙をシャルジール様に見せると、シャルジール様は難しい顔をなさいました。
寝室手前のリビングルームのテーブルには、琥珀色の樽酒が用意してあります。
わたくしはお酒のグラスを傾けるシャルジール様の隣に座って、その精悍な顔をじっと見つめました。
気を抜くと、頭の中がシャル様かっこいいです……で、埋め尽くされてしまいます。
気をつけないといけません。
「ひどい罵倒をされてきたのだろう?」
「愚鈍とか、鈍間、とか。それはわたくしにも自覚があるからいいのです。シャル様がわたくしを庇ってくださいましたし、悲しい気持ちは嬉しい気持ちに変わりましたもの」
「しかし」
「ミラーニス様は、謝りたいとおっしゃっているようです。そのお気持ちを、踏み躙りたくはありません」
「……わかった。リミエルの、その優しいところを私は好ましく思う。しかし、何かあれば私に言うんだ。隠し事はしない。約束だ」
「はい、もちろんです」
シャルジール様はわたくしの手を取りました。
自然と唇が重なり、口の中に樽酒の独特な木の香りが広がりました。
舌先をくすぐるように触れ合わせて、口蓋をざらりと舐られます。
わたくし、それだけで力が抜けてしまいます。
くたりと力の抜けたわたくしの体を、シャルジール様はソファにそっと寝かせてくださいました。
覆い被さるように、もう一度唇がかさなります。
寝衣のスカートをたくし上げられて、大きな手のひらが形を確かめるようにわたくしの足を撫でました。
膝を包み込み、膝裏を撫でて、肉付きのいい太腿に触れます。
「シャル、さま……」
深い口づけをされると、わたくしはすぐに力が抜けて、何も考えられなくなってしまうのです。
胸が苦しいぐらいに高鳴って。
体があつくなって。
唇が離れると、わたくしは呼吸を乱しながらシャルジール様を呼びました。
これ以上ないぐらいの優しい瞳で見つめられると、シャルジール様のことで頭がいっぱいになります。
「わたくし、口づけで、いつも……動けなくなってしまって……」
「あぁ。そうだな。可愛いよ」
「あ、あの、変ではないですか?」
「いや。むしろ好ましいな」
「……シャル様は、こういったことが、お上手なのだと思うのです」
シャルジール様は女性から人気がありますので、扱いにも慣れているのでしょうか。
「それは、褒めてくれているのだろうか。嬉しいよ」
「褒め言葉に、なるのですか……?」
「下手といわれるよりは。リミエル、なぜ君は、私を煽るのが上手いのだろうな。無意識だとしたら、心配になってしまうな」
シャルジール様は少し低い声でおっしゃって、わたくしの足の付け根を撫でます。
私はそれだけで、すぐにまた、お話をすることさえ大変になってしまうのです。
「と、いうことがありました」
司法の塔、青空の下。
用意されたテーブルに座って、わたくしはリジーとミラーニスとお話をしています。
ミラーニスがわたくしに謝ってくださって、わたくしもシャル様をミラーニスから奪ったようになってしまったことを謝りました。
けれどそれは誤解だそうです。
ミラーニスはわたくしが羨ましかったのだと言いました。
どうやら、ミラーニスはお兄様のことも好きだったようでした。
お兄様は女性が好きなので、きっと喜びます。お兄様に伝えると提案すると、ミラーニスは「絶対やめて」と言いました。
残念です。ミラーニスのようなしっかりした女性なら、お兄様の遊び癖も治るかと思うのですけれど。
というわけで、わたくしたちは和解して、お友達になりました。
お友達の印として、お互いを気やすく呼び合うようにしました。
リジーとわたくしだけ、仲良しという感じがするのもよくありません。
ミラーニスがわたくしを嫌わないでいてくれるのなら、仲よくしていきたいのです。
だって、同級生ですし。大神殿にいる同い年の女性は、リジーとミラーニスだけなのですから。
「それで、その先はどうなったの?」
リジーがわたくしの話をすごい速さで手元の大きめのノートに書き留めながら、真剣な面持ちで尋ねます。
ミラーニスは頬を染めて、やや厳しい瞳でリジーを睨みました。
「これ以上は夫婦のプライベートでしょう。聞き出すのはいけないわよ」
「大切なことよ。これは、大切なことなの。シャルジール様はそのままソファで最後まで……? それとも床? まさかテーブル? バルコニーというのも捨てがたいわよね」
「抱き上げてベッドに運んでいただきました」
「答えるんじゃないわ、リミエル!」
わたくし、ミラーニスに怒られました。
でも、以前のような少し怖い怒られかたではありません。もう少し優しい感じです。
お友達というのはいいものですね。リジーと二人だけも楽しいですが、ミラーニスがいてくれると、また雰囲気が変わります。
「ベッドかぁ」
「いけませんでしたか……?」
「いけなくわないわ。でも、たまには変化球があっても……」
「友人夫婦に何を期待しているのよ。リミエル、あなた何か聞きたくて、赤裸々に夫婦の営みについて話をしたのではなくて?」
そうでした。わたくし、相談があるので昨日のことをお話ししたのです。
そうしたら、リジーがすごい勢いでノートとペンを用意したのでした。
お悩み相談に気合を入れてくれるリジーは優しいのです。
「その、あの、口づけだけで、体がぐったりしてしまうのは、大丈夫なのか心配なのです。わたくしだけなのでしょうか。リジーやミラーニスはどうですか?」
「あぁ、それを聞きたかったのね。リミエルからシャルジール様のことを話してくれるなんて、すごく大サービスって思ったんだけど、その質問はね」
「リジーは、猊下とキスをしますでしょう?」
「するけど」
「では、どうですか、その……」
「それはね、リミエル。猊下のプライドに関わる問題だから、言えないわ」
「猊下のプライドに……」
「そう。だから、あまり聞いてはだめよ。言うのも、私とミラーニスの前だけにしましょうね。そうじゃないと、自慢に聞こえるからね」
わたくしはびっくりしました。わたくしの悩みは、自慢に聞こえるのですね。知りませんでした。
「そうなのですね……わたくし、自慢しているように聞こえるようなことを……だからミラーニスはわたくしを嫌って……」
「違うわ。そうじゃない。それはあんまり関係ないっていうか……私の前ならしていいわ。そういう話。悪くないもの」
「悪くないのですか……?」
「ええ、悪くないわ」
「ミラーニス、恋愛もしないでそんな話ばっかり聞いていると耳年増になるわよ」
「でしたらやっぱり、お兄様を紹介します」
「いや、大丈夫だから。これ以上何か問題を起こすと、それこそお父様から勘当されてしまうわ。大人しく、お見合いの釣り書を見るわよ」
ミラーニスはシナモンバタークッキーをほおばって、ため息をつきました。
リジーが「一緒に見てあげるわ。選んであげるわよ」とにこにこしながら言うのを、ミラーニスは激しく断っていたのでした。
ミラーニスと、無事に仲直りができてよかったです。
シャルジール様もきっと喜んでくださいます。
でも、詳しい情報は得られませんでしたけれど、シャルジール様はやっぱり口づけがお上手なのではないでしょうか。
他に比べる相手もいませんし。わからないことですけれど。
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