淡白で誠実で少しつれない夫
夕方、シャルジール様がお帰りになられたので、わたくしは玄関までお迎えにあがりました。
「おかえりなさいませ、シャルジール様。今日もお仕事は、大変でしたか?」
「帰りました、リミエル。今はもうすぐ行われる各国の要人を招いての闘技大会の準備をしているだけで、さほど忙しいということはありません」
シャルジール様はいつも丁寧にわたくしに話をしてくださいます。
わたくしよりも頭が一つ分かもっと高い位置にある顔を見上げて、わたくしは微笑みました。
今日もわたくしの旦那様はとても格好よくていらっしゃいます。
寸分の乱れもない黒を基調にした軍服に、騎士団長の証である勲章が輝いています。
腰の剣を、執事のスラームさんが預かり、使用人の方が部屋へと運んでいき、上着も受け取ります。
シャルジール様はわたくしと並んで歩きながら軽装になると、髪を結んでいた組紐をほどきました。
組紐は、わたくしが編んだもので、シャルジール様はいつも身につけてくださいます。
家に戻ると髪をほどくシャルジール様の姿は、家のものとわたくししか見ることができないのだなと思うと、少し、くすぐったいような気持ちになります。
「リミエルは、何か困ったことはありませんでしたか?」
「とても楽しい一日でした。今日は、リジーが遊びに来てくれたのです」
「グラディウス猊下の奥方ですね」
「はい。古くからの友人なのですよ。わたくしが十歳の時、大神殿でのラース様のお誕生日会に連れて行っていただいて、その時にリジーとは出会ったのです。同い年ということで、仲良くなりました」
「そうですか。あなたが十歳というと、私は十五。士官学校に入ったころですね」
「シャルジール様も、士官学校でお兄様と出会ったのですよね」
「ええ。アラングレイスとは、同級でしたから」
シャルジール様は懐かしそうに目を細めました。
それから「あなたの一日が、楽しいものでよかった」とおっしゃって、わたくしの手を取って手の甲に軽く口付けてくださいました。
夕方は、軽い夕食を取って湯浴みをして、寝所に向かいます。
日が落ちると屋敷の燭台の蝋燭に炎が灯りますが、蝋燭は高価ですし、暗くなる前にたいていのことを済ませてしまって、あとは眠るだけというのが、王国の夜の過ごし方です。
リジーの言っていたセクシーなお洋服というものはまだ準備ができていないので、わたくしはいつもの白い足元までを覆うワンピース型の寝衣を着て、ベッドに入りました。
明日も早いので、シャルジール様も遅くまでお酒を飲んだりすることもなく、わたくしと共に眠ることが多いです。
お兄様は、日付が変わるまでお酒を飲むことが多いのですが、シャルジール様は真面目な方なので、そういったことはしません。
お兄様もシャルジール様を見習ったらいいと言ったら「絶対嫌だな。友人としては好きだが、シャルジールのようになりたいとは思わん」と、肩をすくめていました。
「シャルジール様、おやすみなさい」
「リミエル、おやすみなさい。明日も、あなたの一日が平和でありますように」
天蓋のある大きなベッドに二人で並んで、わたくしとシャルジール様は挨拶をします。
眠る前の挨拶が終わると、シャルジール様は目を閉じてすぐに寝てしまうのです。
わたくしも、眠ることは好きですし、寝つきもいいものですから、シャルジール様の穏やかな寝顔を見たり、規則正しい呼吸の音を聞いていると眠くなってしまって、すぐに眠りに落ちてしまうのですけれど。
今日は少し、わたくしの気持ちをお伝えしてみようかと思いました。
リジーにも、アドバイスをもらったばかりですし。
「シャルジール様」
「どうしましたか、リミエル」
「わたくし……そ、その」
「闘技大会の話ですか? 私も参加しますので、リミエルには見に来てもらえると嬉しいですね。各国の騎士団長との手合わせがありますから。余興のようなものですけれどね」
「は、はい!」
「それが終われば少し自由になりますから、一緒に過ごしましょう。他国の食事も振る舞われますし、商人たちも来ますので、珍しいものが買えるのではないかと思います」
「わぁ、楽しみです」
どうしてわたくしの言いたいことがわかってしまうのでしょうか。
わたくしは、闘技大会の後の他国の方々との交流会に、一緒に参加できますかと尋ねようとしたのです。
シャルジール様の提案に、わたくしは嬉しくなってしまって、笑顔を浮かべました。
シャルジール様はわたくしの手をそっと握ると、「おやすみなさい、リミエル」ともう一度言いました。
「はい、シャルジール様、おやすみなさい」
闘技大会は、三年に一度のお祭りですから、聖都も大神殿もとても賑やかになります。
楽しみに思いながら、シャルジール様と共に過ごすことを想像していると、小さな寝息が聞こえてきました。
もう、眠ってしまったみたいです。
もう少しお話がしたかったのに。
シャルジール様はわたくしにあまり興味がないのでしょうか。
もしかしたら、お兄様の妹だから、義理を果たすために娶ってくださったのかもしれません。
そう思うと、少し寂しい気持ちになって、わたくしはシャルジール様と繋いでいる手に、きゅっと力を込めました。
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