アラングレイスの来訪
◇
結局、わたくしの猫耳と尻尾がとれたのは、猫耳と尻尾がはえた翌日になってからのことでした。
騎士団の執務室で動けなくなってしまったわたくしを、シャルジール様は抱き上げて馬車まで運んでくださいました。
尻尾はスカートの中に隠れていたのですが、猫耳はばっちり騎士の方々や大神殿の方々に見られてしまいました。
それはいいのですが、たまたま通りかかった法王ラース様にまで「アラングレイスの妹君、シャルジールの妻のリミエルですね。ずいぶん可愛らしい姿です」とにこやかに言われてしまい、それはそれは恥ずかしかったのです。
法王ラース様は口髭のはえた壮年の男性で、いつもにこやかで穏やかな、皆のお父様みたいな方です。
そんなラース様に、大変な姿を見られてしまいました。
シャルジール様が「色々ありまして」とこたえると、ラース様は「細君の一大事なのですから、今日はもう帰りなさい」と、シャルジール様に帰宅を命じたのです。
わたくしはシャルジール様の腕の中で体を小さくしていました。
いたたまれない気持ちになりながら。
「シャル様の評判が落ちてしまったらどうしましょう、わたくしのせいで……」
「猫耳のはえた妻を抱いて歩いて落ちる評判などなさそうなものだが」
「で、でも、シャル様の真面目なイメージが……」
「私のその真面目なイメージというものが、あまりよくないのだと思っている。むしろ、多少愉快なところがあったほうがいいのではないかな」
「愉快、ですか?」
「少なくとも、ただただ真面目だと思われるよりはいい」
シャルジール様がそんなことをおっしゃるものですから、わたくしは思わずくすくす笑ってしまいました。
最近のシャルジール様は熊猟師になるとおっしゃったり、わたくしのこのような姿を受け入れてくださったり、もちろんもともと素敵でしたが、さらに素敵です。
帰ったあとも、わたくしはそれはそれは大変でした。
侍女たちに囲まれ、お義母様に触られ、シャルジール様はわたくしと寝室に篭り切りになり。
なかなか経験できないことを経験したようなのです。
翌朝、猫耳も尻尾も消えましたが、わたくしの体力も消えました。
猫耳をはやすというのは大変なことなのですねと思い知ったわたくしは、数日ぐったりしていました。
愛して頂くというのは、なかなかどうして、体力がいるのですね。
ここのところ、切実にわたくしの体力のなさを思いしっています。
わたくしは疲れ果てていましたが、シャルジール様はお元気でした。
わたくしに対する遠慮や我慢をやめてくださったのは、とても嬉しいのです。
ですが、シャルジール様は騎士。
だからでしょうか。
わたくしは朝、起き上がることができなくてぐったりしているのに、シャルジール様はお元気に、むしろいつもよりもお元気な様子で「それでは行ってくる、リミエル」とおっしゃってお仕事に向かわれました。
わたくし、できれば騎士の妻として早起きをしてしっかり支度をして、「いってらっしゃいまし」とお見送りをしたかったのですけれど、できませんでした。
シャルジール様は気にしなくていい、むしろこちらこそすまない――と、謝っておいででしたけれど。
このところのわたくしとシャルジール様は、以前よりもずっと親しくなった気がしています。
ご迷惑をかけてしまったこともありましたけれど、頑張ってよかったように思います。
闘技大会に参加するためにお兄様が聖都にやってきたのは、そんなある日のことでした。
聖都の公爵邸から遊びに来きてくださるとのお手紙があり、わたくしはそわそわしながら来訪を待っていました。
お兄様とお会いするのは、シャルジール様との婚礼の儀式以来です。
お兄様は幼い頃に両親を失ったわたくしにとって、親代わりのような存在です。
ずっと一緒にいましたから、離れてしまうのは少しばかり寂しいものでした。
ですが、それと同時に安堵してもいたのです。
お兄様はよく色々な女性とデートをなさったりしていました。
特定の恋人をつくらず、婚約者も奥様もいません。
きっと女性が好きなのだと思います。
特に問題になったことはないのでいいのですが、わたくしはお兄様にとって邪魔なのではないかなと思うこともありました。
わたくしがいるせいで、お兄様は自由に振舞うことができないのではないかしら、と。
だからこそ、よく外に出てお酒を飲んだりデートをしたりするのではないのかしら。
なんて――考えていたものですから。
シャルジール様と結ばれて家から出ることができて、お兄様に迷惑をかけることもなくなったので、ほっとしたというわけです。
お兄様の来訪を、ミニットさんが教えてくださいました。
シャルジール様ももうお仕事から戻られていて、お兄様をおもてなしするための夕食やお酒の準備を使用人の方々がしてくださっています。
シャルジール様と共に玄関までお出迎えに行くと、そこにはお兄様の姿がありました。
自分の兄の見た目を褒めるというのもなんですが、アラングレイスお兄様はたおやかで優し気な美形です。
わたくしと同じ桃色がかったブロンドの髪に、薄紅色の瞳。すらりと背が高くて、細身の男性です。
「リミエル、シャルジール。久しいな!」
お兄様はにこやかに笑って両手を広げました。
わたくしが近づくと、ぎゅっと抱きしめてくださいます。
香水の甘い香りが鼻腔をくすぐります。お兄様のお気に入りの、ベルガモッドの香りでした。
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