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猫耳がはえた嫁と職場でいちゃつく男



 ◇


 リミエルが可愛い。

 いや、リミエルはいつだって可憐なのだが、なんだろうかこの可愛らしい生き物は。


「シャルさま、だめ……っ、みみ、だめなの……」

「駄目か」

「はぃ、触ったらわたくし、変な、感じがして……」

「では、やめても?」

「やだぁ」

「…………やだ……そうか、それなら仕方ないな」


 リミエルを膝に乗せて、猫耳の付け根を撫でたり揉んだり、わしわし触る。

 とろんと蕩けた瞳で私を見つめて、ふるふる震えるリミエルがいじらしい。

 薄桃色の瞳が潤み、目尻に涙が溜まっている。

 桃色に上気した頬に、柔らかそうな唇が、甘い吐息を漏らした。

 

 触るのをやめようかと尋ねたら、やだと言われた。

 それはつまり、触って欲しいということだろう。

 私は聖職者である。いくら嫁が可愛いとはいえ、職場でリミエルに触れるなど──。


 しかし、口付けぐらいはいいのでは。

 触っているのは、体ではなくて、耳と尻尾だからいいのでは?

 人は誰しも、猫を見ると撫でたくなってしまうものなのだ。犬も然り。

 つまり、私が今リミエルを撫でているのは、不可抗力である。


「しゃ、る……さ……っ、尻尾、そんなに触ったら、とれてしまいます……っ」

「取れるのだろうか」

「わ、わかりません、けどぉ……」

「ふわふわだな、リミエル。なんて毛並みがいいんだ。可愛い。どうしてここは執務室なのか。……それにしても」


 この呪いのような何かは、いつとけるのだろうか。

 私としては、このままでも構わないのだが。


 リミエルのふっくらした唇に誘われるように唇を落として、その首筋に軽く歯を立てる。

 スカートの中に入れた手で尻尾の付け根を触ったり、尻尾をきゅっと掴みながらしごいたりする。

 耳よりも尻尾の方がやや艶々している。

 ふわふわの中に芯がある。あまり強く握ると痛いだろう。

 耳は薄く、毛の生えた裏側も、桃色の皮が顕になっている内側も、ツルツルすべすべしていて触り心地が非常にいい。


「にゃあ……っ」

「ぐぁ……」


 これは、だめだ。

 リミエルが小さな甘く可愛らしい声で、本物の猫のように鳴いた。

 この世の全ての可愛さを煮詰めて出来上がったような私の嫁の罪深さに、私の理性はすでに崩壊寸前だった。

 いや、しかし。

 職場だ、ここは。


「……ん?」


 ふと、人の気配を感じて私は冷静さを取り戻した。

 ちらりと視線を扉に向けると、内鍵を閉めたはずの扉が薄く開いている。

 私は気づかないふりをしながら、リミエルを撫で続けた。

 私の可愛いリミエルを見せるのは嫌だ。本当は、見せたくない。見せたくはないのだが。


 見ているのは、リジー様と、グラディウス猊下の、ロマンス小説夫婦。

 それから羽毛よりも口の軽いエダ。

 ミニットは、有能である。わざと、三人に扉を開くことを許可したのだろう。


 リジー様は今日の顛末を、小説に書くだろう。

 それが出版されればそれが私とリミエルのことだと、分かる者には分かるはずだ。


 騎士の妻で猫耳が生えたものなど、王国中探したとしてもリミエルぐらいしかいないのだから。


 エダは誰彼構わず今日のことを話すだろうし、リジー様の書いた本で、私の噂はさらに広まるはず。


 私が猫耳のはえたリミエルを執務室に連れ込んで、口には出せないようなことをしていたという噂が広まれば、ミラーニスのように、私について勘違いして無意味に憧れを抱くような女性は減る。


 私が執務室で強引にリミエルを組み敷くような男であると知られれば、今までの私の偶像も、崩れるはずだ。


 エダには、八方美人と言われていた。

 誰にも優しく、公平に振る舞うのが私のあるべき姿だと信じていた。

 だが、それがリミエルを傷つけるのだとするのなら。


 私は、愛に惑った愚かな男だと思われても構わない。

 

「しゃるさま……?」

「この猫耳は、いつ取れるのだろうな。もちろん、私は今のままのリミエルでも構わない。ずっと、耳と尻尾がついていてもいい。どのような姿でも、私のリミエルが愛らしいことには変わりないのだから」

「……っ、はい……わたくし、シャル様のこと、大好きです……」

「……こんなところで、君のこんな場所に触れている男でも?」

「強引なシャル様も素敵です……わたくし、嫌な女なのに、咎めないで、許してくださいました。優しくて、強引で……あぁでも、お仕事中、なのに。シャル様の評判が……」

「君は嫌な女などではないよ。嫉妬をしてくれたのは、嬉しい。君は傷ついていたのに、私は喜んでしまった。私の方が、嫌な男ではないか?」

「嫉妬というのは、よくない感情です。でも、喜んでくださったのですか……?」

「もちろん。愛しい女性に嫉妬をされるというのは、とても嬉しい。だが二度と、君を傷つけないと約束する。私は君と出会った時からずっと、君しか見ていないんだ、リミエル」


 耳元でそう囁くと、リミエルはもう話すこともできなくなったのか、こくこくと何度も小さく頷いた。



お読みくださりありがとうございました!

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