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リジーとグラディウス



 シェルジールとエダとは、医務室で会話をしてからというもの、少し親しくなった。

 二人がどう思っているのかはわからないが、私にとっては親しい者たちである。

 司法の塔にこもってばかりいるのがいけないのだ、たまには街に散策にでも行くといいと二人に言われたので、余暇をつかって街に出るようになった。


 そして、私は運命の出会いをしたのである。

 街の図書館に足を運んだのは、どのような蔵書が保管されているのか興味があったからだ。


 広い図書館には熱心に本を読んでいるものたちがいる。

 奥に進んでいくと、本も読まずに何かを熱心にノートに書きつけている少女がいた。


 それが、リジーである。

 一体何を書いているのだろうと、私は彼女の手元を覗き込んだ。

 それは、どうやら物語のようだった。

 頼りになる騎士の男性と、純粋な少女の物語で、騎士の男性は逞しく、少女は小柄だと書かれていた。


「……いいな」


 私は思わず呟いていた。

 物語に出てくる男性はシャルジールで、少女はリミエルににている。

 二人の姿を想像して、胸が高鳴った。

 あの時と同じだ。


「え……っ、えっ、いつからそこに……!?」

「君は、辺境伯家の娘。名前は、リジーだったな。君は物語を書くのが好きなのか?」

「見たのですか、見たのですね、いつの間に」


 私の声が聞こえたのだろ、警戒心を顕にしながらノートを両手で隠すリジーに私は尋ねた。


「体格のいい男性と、小さな少女の恋愛が書かれている。まるでシャルジールとリミエルのようだな。私は、私の友人のシャルジールと、その思い人のリミエルについて考えると、胸がざわつくのだ」

「と、突然、横恋慕の話をされても……」

「そうではなく、二人を遠くから眺めたい、という気持ちなのだが」

「リミエルのことが好き、という話ではなくてですか?」

「そういうわけではない。リミエル嬢一人について考えても、愛らしいな、とは思うが胸がざわめくことはない。隣にシャルジールを置くことによって、どうにも落ち着かない気持ちになる。そして、君の書いているこの物語。素晴らしいな。私が求めているものがここにある気がする。もっと読ませてくれないか?」

「あなたはグラディウス猊下ですよね……? 人のノートを盗み読みした挙句、なんですか……」


 私はどうしても、どうしてもリジーの書いた物語の続きが読みたかった。

 何度も頼んで頼んで、頼み込んで、リジーは折れた。

 リジーの目の前でノートを読む私に「書いた話を目の前で読まれるとか、拷問じゃない……?」と、リジーは呟いていたが、私は物語に夢中だった。


 シャルジールに似た男性は逞しく、リミエルに似た女性はひたすらに可憐だった。

 物語に没頭している時、私は日頃の退屈さを忘れることができた。

 胃も痛くなかったし、むしろ晴れ晴れとしていて、心がほかほかした。

 

 私は、リジーの話がもっと読みたい。

 そういうわけで、リジーを手元に置くために求婚をして、結婚まで漕ぎ着けた。

 そしてリジーの紡ぐ物語の感動を私が独占するのは間違っていると思い、ハニーシュガートーストを食べていた時に出版することを提案したので、ハニーシュガー先生という作家名をつけた。


 リジーと結婚してから、司法の塔は退屈な場所ではなくなった。

 そして、今も──。


「ね、猫耳、猫耳ですって!? リミエルに猫耳が!?」

「ねこみみとは」

「猊下、猫耳です! 猫耳! こうしてはいられません、見に行きますよ、猊下!」


 エダが司法の塔までやってきて、リミエルに猫耳が生えたと教えてくれた。

 それを聞いた途端にリジーが興奮気味に、私の袖を引っ張る。


「ねこみみ、とは猫の耳のことだろう」

「そうだよ、猊下。なんと、僕の作った健康食品の試作品の効果で、リミエルに猫耳が生えたわけだよ。まさか猫耳がはえるとは思わなかったなぁ。ちょっと元気になる薬、だったんだけど」

「エダ様、尻尾は、尻尾は生えているのですか!?」

「尻尾はどうかなぁ。今、二人で執務室に篭っているから、こっそり覗けばわかるかもしれない」

「覗きなんてはしたない……なんて言うと思ったら大間違いです! 猫耳と聞けば黙っていられません、ね、猊下!」

「リミエルに猫の耳がはえている、ということか。それは……いいな」

「いいですよね」

「あぁ、いい」

「見にいっちゃう?」

「行きます」

「行こう」


 エダと私たちが騎士団の執務室に向かうと、扉の前には侍女がいた。

 侍女が、まるで恐ろしい門番のような顔で立っていて、わらわらとやってきた私たちを睨め付けた。


「ミニット、リミエルは中にいるの?」

「はい、リジー様。さては、覗きですね」

「話が早いわね。猫耳を、見たいの。是非に。後学のために」

「……仕方ありません。リミエル様のお可愛らしい姿を見られたと知れたら我が主人は怒るでしょうから、内緒ですよ」

「ありがとう、ミニット」

「リジー様には、いつもリミエル様を主役に、素敵なお話を書いていただいておりますので。ですが、私は一応見張りをしていましたが、内鍵が掛かっています」

「それは僕に任せるといいよ」


 エダがにこやかに言う。

 何をするのかと思っていると、エダは鍵を取り出してゆっくり回した。


「これはね、執務室の鍵のスペア。一応僕もシャルジールに何かあった時のために、一本持っていてね」


 私たちは、エダに向かって一斉に親指を上げた。

 薄く開かれた扉から中を覗くと、ソファの上に猫がいた。

 猫ではない。

 あれは、頭から猫の耳をはやしたリミエル嬢だ。

 そのリミエル嬢の猫耳や尻尾を、シャルジールがとても幸せそうな顔でそれはもうぐりぐり、ふわふわ、もさもさと触り続けている。

 シャルジールの体にすっぽり抱かれるほどに小さいリミエル嬢と、猫耳と、恥ずかしそうな顔と、揺れる尻尾。

 

 この世の天国が、ここにはあった。


「とても、いいな……」

「猫耳とはいいものなのですよ……」

「そういうものなんだねぇ。ミラーニス嬢がリミエルちゃんをいじめ始めた時にはヒヤヒヤしたけど、猫耳が全てを解決したってわけだね。僕のおかげだね」

「エダ様、その話、詳しく」

「私も聞きたい」


 幸せそうな二人に水を刺すのはよくないので、ひとしきりいちゃいちゃしている二人を見学すると、私たちはその場を離れた。

 ミラーニス嬢と何かしら、一悶着あったらしい。

 彼女は騎士たちは自分のものであるというような、少し傲慢なところがあったから、シャルジールがリミエル嬢と結婚したことが許せなかったのだろう。


 これはこれで、胸がざわつく。

 普段誰にも冷たい態度を取らないシャルジールが、ミラーニス嬢に怒っている姿を見たかったなと、エダの話を聞きながら思った。



お読みくださりありがとうございました!

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[一言] 行為中じゃなくて良かった、、、!
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